見出し画像

命乞いする蜘蛛

糸に微かな振動を感じると、蜘蛛は八本の肢を巧みに動かし素早く移動する。巨大な幾何学模様の中央には小さな人の子がいた。逃れようと藻掻けば藻掻くほど粘糸が絡みつく。
「た、助けて…」
捕らわれた子の脇では、母が半狂乱になっていた。
「この子を助けて!代わりに私を食べても構いません!」
蜘蛛は母も糸で捕らえ、目の前で子を食べ、母も食べた。

蜘蛛は山の王だ。飽くなき食欲のまま獲物を喰い尽くす。十分な栄養を得ると交尾をし、交尾後に雄も食べ、卵を産んだ。生まれてくる子は父親似かしらと想像しながら、蜘蛛は卵の世話をした。

しかし、王国の滅亡は突然やってきた。我が子を奪われ、復讐の鬼と化した人間が山に押し寄せたのだ。刃物や燃える棒を振り回す群衆を前に、山の王は成す術がなかった。傷付いた蜘蛛は卵嚢を庇うように八肢を広げ「この子だけは見逃してくれ」と懇願したが、聞き届けられるはずもなく、山には巨大な蜘蛛の死骸と、生まれ出ることのなかった子の残骸が散らばった。

半刻の後、殺戮を終えた人間が立ち去った山の中に蠢く影が。地面に散らばった死骸を貪り食う影には、八本の大きな肢が生えていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?