Mの告白-4

表参道でのデートのときだった。ブティックのショーウインドーに立ち止まって、りょうは髪を整えていた。りょうの映るショーウインドーの中には2体のマネキンが設置されており、今年流行の冬服をまとっている。りょうを挟んで絵になっていた。ところがその背後に映っている中年女性がそれをだいなしにしていた。目の下は弛み、くっきりとしたほうれい線、くびれのないウエスト。体型はダイエットで何とかなるかもしれないが、加齢はいかんともしがたい。これが現実なのだ。私は目を背けた

数ヶ月がたちついに預金通帳が底をついた。悪いことは重なるもので、実家にも簿記学校へ行っていないということがバレて父が激怒し一旦戻って話をしないことには送金を止めると言われたのだった。母に電話で「体調が悪いので、とりあえず1回だけ治療費を含めて送金して」と懇願した。このような状態になってもなおりょうに会いたかった。

りょうに会えない日が続くとその部分がちりちりと疼いた。塩水を飲み続けているような渇望に苦しんだ。

またしても彼女を指名し、ホテルでお湯を溜めている間目を合わさずに彼女がぼそっと言った。

「私、お店をやめようと思うんだよね。」

一瞬何を言われたのかわからなかった。目の前が真っ暗になる。

「まだしばらくいるって言ったじゃない。何か嫌なことでもあったの?」

「ううん。母が寝たきりになってしまって介護が必要なの。父だけでは手に負えないらしくって。横浜の実家に帰ってこいと言われてる。」

「お母さんそんなに悪かったっけ?」

「元々リウマチがあったけど最近悪化したの。

「もう会えないの?」

「母の具合が良くなったら戻ってくる。みすずさんには随分お世話になったし。」

「本当に戻ってくるの?」

「うん、約束する」

「絶対よ」指切りゲンマンした

その日は今まで会ったなかで最も長い時間愛し合った。だが終了を知らせる店からの着信音が鳴り、財布から万札を数枚取り出す頃には現実に引き戻された。帰りぎわに電話番号とアドレスを書いた紙をりょうのバッグにねじこんだ。

外に出ると雨が降っていた。冬から春へ季節が移りつつある。傘はホテルに忘れてきてしまった。とりに帰る気にもなれずそのまま駅まで歩いた。雨はどんどん激しくなっていった。寒さがヒールの先から染みていく。ずぶ濡れになった私を見て通行人が訝しげに振り返っていた。冷たさに気をとられているうちには心の痛みを顧みなくてよい。りょうは私の心の一部を持っていってしまった。

それから1週間、1ヶ月たっても彼女からの連絡はなかった。母親が病気という話も嘘だったのかもしれない。アドレスを渡したことを店長に話して、出禁にならなかっただけましだったのかもしれないと思う。私の日常もカラーから白黒へ戻りつつあった。仕事へ行く気にもなれず、日中はカーテンを閉めきった部屋の中で過ごした。あの数ヶ月間は夢だったのだろうか?りょうと愛し合った刹那、なりたい自分をりょうに投影していたのだろうか。

姿見を買った。床に置いて全裸になり、その上に横たわる。冷たさが心地よい。鏡に映った自分。重力に抗えずに垂れ下がった乳房、たるんだ腹を見た。りょうだけでなく今まで好きになった女性は理想化した自分だったのかもしれない。もしかしたら自分自身はりょうだったのかもしれないと嘯いてみる。想像するとぬらぬらした花弁から蜜が鏡へと滴り落ちるのが見えた。花瓶を落として鏡を割る。さらにハンマーで粉々に砕く。破片がきらめいて私を幻惑する。その上に突っ伏した。おびただしい血が噴出する。

どうやら頸動脈に破片が突き刺さったようだ。意識が遠のく中、りょうと呟いた。



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