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女神を笑顔にする天才(後編)

<前回までのあらすじ>
 アイドル小説家に道を照らされ、本当に作家となってしまったぼく。アイドルと同じ地平を眺めたい一心で、陰鬱とした時代を乗り越えようともがいているうちに、推しの「かずみん」がグループから卒業する日が来てしまう。東京ドーム2日目。配信に臨み、その瞳は何を見る……

※一連の記事は下記マガジンに束ねています。
https://note.com/sionic4029/m/mae74d1eb6131

真夏の全国ツアー2021 FINAL 東京ドーム2日目 ライブレポ

この世界がループしたとしても

 樋口日奈、伊藤理々杏、山下美月の影アナで開演した2日目。ぼくは東京ドームに、その場にいないことを後悔した。どの瞬間を切り取っても、最初で最後の光景になるからだ。

 ムービーが流れ、そして再び黄金の輝きをバックに女神たちが現れる。一曲目『ごめんね Fingers Crossed』、出だしの「♪ごめ、んね」で一瞬の間があき、遠藤さくらの目が光を宿し会場を貫く。「♪Fingers Crossed!」で会場全体のボルテージがトップギアに入った。

 怖いくらいの気迫。『ごめFin』の振りはテンポに合わせたテキパキとしたダンスが特徴だが、キレが違う。サビでカメラに抜かれたかずみんを見て、感動をおぼえる。

……ポニーテール!

 『ジコチューで行こう!』では「東京ドームのおまえら~やっほー! 今日はアメイジングでポジピースなライブにしましょうね!」と齋藤飛鳥が煽り、『太陽ノック』では、生田絵梨花と秋元真夏による「アメイジーング!」のコール煽り。『おいでシャンプー』では山下美月が「東京ドーム~! いいとこ~!」と、かずみんの名ゼリフ「いいとこ~!」をなぞる。

「♪おいでシャンプー 振り向いた時 スローモーションで揺れる髪」

 かずみんが右へ左へとステージを舞うたびに、束ねた髪が跳ねる。

 ぼくは「無かった青春」のことを、思い出す。

 曲順が1日目と同じという勿れ。こんなステージなら、たとえ世界がループに巻き込まれた日々の繰り返しになったとしても甘んじてぼくはそれを受け容れるだろう。『シンクロシティ』の中盤、フォーメーションから一気にステージ左右に広く並びなおす振りの優雅さに見惚れているうちにMCのコーナーとなり、瞬間的に5曲が過ぎ去ってしまったことに気づかされる。

 ここまで約20分。このスピードで、駆け抜けていってしまうのか。MCでは「ファイナル」が強調され、最後の最後であることを告げられる。

 ずっとこのままでいてほしい。ライブが延び、夏という季節ですらこの日まで延び続けることができたのだから、かずみんの卒業がずっと延びても、誰も困らないのに。

全部 夢のまま

 そこからの数々の曲は、昨日とセトリが変わっていたこともあって本当にいつもの乃木坂のライブという感じで、今日がかずみんの卒業ということを忘れそうになった。与田センターの『全部 夢のまま』が紡ぐ「♪ぼくの想像上で 君を愛していたい」というのは、ファン心理そのものだと思う。現実で別離が起こるくらいなら、何度も夢を見ていたい。

 けれどサビで転調して「♪全部夢だったなんて ズルい結末じゃなく」現実に引き戻される。樋口日奈から始まったMCでは、メンバーそれぞれがかずみんとの思い出を語る。「最後」と強調されるたびに、頷いていいのかわからなくなる。

 次にかずみんがステージに現れたときは、束ねていた髪を下していた。おおよそ開演から1時間半。宴も後半戦だ。

 期別の曲披露。昨日は1期生からだったが、今日は4期生『I see…』から。3期生、2期生曲がそれぞれ『トキトキメキメキ』『アナスターシャ』に差し替えられ、1期生が『失いたくないから』を披露したとき、先日のイベントでかずみんが独唱したことを思い出した。かずみんの意向でここに入ったんじゃないの。カメラもしっかりとかずみんのことを捉えている。

 三度映像を挟んで、選抜曲。ここからは昨日と同じ流れになり『Route246』からヒット曲が畳みかけるように披露される。やっぱり、ループでいい、全部夢のまま、過ごしたい。

 けれどループものの醍醐味というのは、同じ日常を繰り返すようでいて「何か違う」ところにある。『きっかけ』のそれぞれの歌唱パートでの力強さ、『Sing Out!』での会場全員の昂ぶり、『カールズルール』でのファンサ、『君に叱られた』でのセンター賀喜の感極まった表情……。『他人のそら似』はほんとうに結成10周年の集大成をぶつけられたという気になった。

 アウトロが繰り返される中でのMCで、かずみんは真夏から感想を求められ、「もう、最後の日ってこんなに楽しいんだ!ってびっくりしてます!」マイクを握る指がパタパタとはためいている。
 バラエティ番組で「手がうるさい」と言われがちなかずみんだから、きっとマイクを持っていなかったら、腕全部で表現していたんだろうな。

「こんなに知らない気持ちにさせてくださってありがとうございます。今とっても幸せで、この幸せが突き抜けて、空まで行っちゃいそうなぐらい、幸せなんですけれども、それも、この後のライブにすべてぶつけたいと思います。みなさん、この後もよろしくお願いします!」

 メンバー全員が深々とおじぎをして、退場していく。あれだけ華々しかったステージの照明は落ち、モニターの明かりが薄紫色に会場を照らす。会場はペンライトの光が天の川のようにぐるりと包んでいて、アンコールを求める手拍子が聞こえ始める。

 次にステージが照らされるまでの5分ほどが、とても長く感じられた。

the Last Stage

 不意に映像が流れ始める。オーディション時の映像。有名な「ここで一句」のシーンや、初期キャンペーンでの西野七瀬を慰めるところ、そこから卒業を動画配信でお知らせするまでの、ファンなら何度も目にしている「名場面」が矢継ぎ早に繰り出され、最終参加作になる『君に叱られた』のレッスンシーンへと繋がる……。

「高山一実さん、卒業おめでとうございます。」

 拍手の中、『私の色』のイントロが聞こえると中央ステージにスポットライトが当たり、ドレス姿のかずみんが照らし出される。イヤモニから伴奏の音が聞こえていないのか、歌いながらも何度かかずみんは耳に手を当てる。そこからは順調に、情感たっぷりにソロ曲を歌い上げる。
 間奏でカメラが引くと、会場はきれいにピンクと水色のペンライトによって塗り分けられていた。かずみんはそれを見回して目に涙をためている。手の振りに合わせて、空中にレーザービームで「今の気持ち…。」「幸せです。」「ありがとう」の言葉が描き出される。

「『私の色』歌わせていただきました。上手に歌えませんでしたが、お聴きいただき、ありがとうございました」
 そこからのスピーチでぼくはびっくりする。かずみんは10年間の気持ちを言葉にできそうもなくて、小説を書いたという。会場のファンには印刷された短編が配られていたのだ。またしても会場に行けなかったことを悔やむ。

「ここにいる皆さん。そして今、見てくださっている皆さん。皆さんは幸せを作る天才です。天才と過ごせて私は幸せでした。どうかさようならではなく、これからもよろしくお願いしますと言わせてください。」

 ぼくには無い語彙。ぼくは誰かを天才だと心から思ったことはないし、これから先思うとしても、こんなにも人を幸せにする「天才」の言い方ができるだろうか? やはり彼女はまごうことなき作家だ。

 かずみんは中央からメンバー全員が待つステージへと歩いていき『サヨナラの意味』が奏でられる。涙があふれそうになっても、気丈に最高のパフォーマンスでソロをとる。
 続く『偶然を言い訳にして』では「いってらっしゃい」と送り出され、気球に乗って、ドーム内をすべてのファンへ手を振っていく。

 いろんなアイドルの「卒業」を知ってはいるけれど、こんなにも「ザ・アイドル」とも言うべき卒業式は、なかなか無い。

 この地球には、この日本には、乃木坂46というグループアイドルがいて、人々を励まし、勇気づけ、ときに狂わせながら、ぼくらを照らしている。

泣いたっていいじゃないか

 名残惜しむメンバーとのMC、最後の曲は、かずみんセンター曲の『泣いたっていいじゃないか』で、メンバー一人ひとりがかずみんに別れを告げ、和田まあやから大きな花束が贈られる。「乃木坂色だぁ!紫も大好きになったよ!」と。

「ほんとうに幸せでした。10年間。ほんとうにありがとうございました。」

 会場じゅうのファンが掲げる「卒業オメイジング」のフライヤー。

「みなさん幸せになってね。幸あれ、ポジピース!ありがとうございました」

 緞帳が下り、余韻を残さずに画面は「配信は終了しました」のメッセージに切り替わってしまう。

 ほんとうに、終わってしまった。

『君の名は希望』のラスサビで「♪こんなに誰かを恋しくなる 自分がいたなんて 想像もできなかったこと」のフレーズに差し掛かったとき、胸が痛んだ。

 アイドルへの憧憬を抱いた誰もが、推しへの気持ちを重ねずにいられない名曲。これを書いた作詞家は、ぼくよりもずっと年上のおっさんだ。 人というのは、大人になろうが、老成しようが、何かキッパリと人格が変わるタイミングがあるものではない。先ほど「無かった青春」と書いたが、若い時にのみ得られる感情があるのかというと、そうではない。
 ずっとループしている夏の日を、水道の蛇口から出しっぱなしの水を眺めて、その先に風が吹くたびに見える砂ぼこりに、止まろうものでもないのに何度も水を掬っては投げるように撒いてしまうような、それを繰り返しているということなのだろう。

 かずみんの短編『キボウの名』が特設サイトにて公開されていると知り、アクセスをする。

 そこに置かれていた小説を読んで、ぼくは運命のいたずらとも言える内容に、胸が高鳴った。

Next…

※この物語はフィクションです。

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