女神を笑顔にする天才(前編)
秋風に吹かれて
2021年11月23日。これから2日間にわたって開催される『乃木坂46 真夏の全国ツアー2021 FINAL 東京ドーム』。開催地の東京ドームのある水道橋にぼくはいた。
……といってもチケットは手に入っていない。当日の駅で限定販売されているタブロイド紙の号外「高山一実卒業記念号」を購うためだ。売店の前で小銭と引き換えに2部、袋に入れてもらい、そのままドーム周辺を散策する。まだ夜の開演まで時間があるのに、すでにたくさんの人で溢れていた。名物の「のぼり」も、以前から使われている名前のみのものはあったが、新たに撮影されたとおぼしき写真入りのものは無かった。50音順で順番に見ていって、清宮(せいみや)と田村(たむら)の間に、「たかやま」のかずみんはそこにないのだ。
少し淋しい気持ちになって、東京ドームを後にした。
真夏の全国ツアー2021 FINAL東京ドーム1日目ライブレポ
時間になり、リビングのテレビで配信が開始されるのを待つ。しばらくのCMの後、会場風景が映し出される。影アナは高山一実、生田絵梨花、和田まあやの3人で、かずみんの噛み噛みで早口言葉につっかえるようなアナウンスは、とても「らしく」てよかった。
画面が映し出す東京ドーム観客席ではペンライトの紫色が星がまたたくようにしている。ぼくもあの中にいたかった。同時配信というシステムが一般的になったのは、本当によかった。
いよいよツアーファイナルのオープニング映像が流れる。そう、これは「真夏の全国ツアー」なのだ。11月までずれこんでしまったけれども、会場や画面の前の誰もが、熱い想いを抱いている。
宴の始まり
聴きなれた『OVERTURE』の高まりに合わせて、場内のペンライトが揺れ、スポットライトの光の筋が縦横無尽に駆け巡る。そして、黄金のバックグラウンドに女神たちのシルエットが浮かび上がる。
『ごめんねFingers crossed』センター遠藤さくら。ついに宴が始まった。
サビで全員が中央ステージまで駆けていく演出があり、最初から力強さにあふれている。2017年の東京ドーム公演では、大量の女子高生アクターが「走る」という超ド級のパフォーマンスが行われていたが、もうこの「走る」というだけでぼくは涙が出そうになる。この疲弊した世界を、星を、元気づけるために、女神たちは走るのだ。
さらに二度目のサビでは中央ステージから三方に伸びた花道へ分散し、『ジコチューで行こう!』『太陽ノック』『おいでシャンプー』ではトロッコが登場し、メンバーが会場内を手を振りながら移動する。
生田絵梨花の「みなさん楽しんでますか~! 今日は一日、『ポジピース!』な一日にしましょう。アメイジーング!」に。秋元真夏も再び場内に声を合わせるように「アメイジーング!」を煽る。
かずみんの卒業がかかっているかるからか、心なしかカメラが抜いてくれる回数が多く見える。
MCや投票により選ばれた人気曲が次々と披露され、1期生によるデビュー曲『ぐるぐるカーテン』は、いつもと別アレンジで始まり、ステージ中央で腰かけ肩を寄せ合う7人による静かで澄んだ歌唱。後半、曲が通常アレンジに変化し、盛り上がる中にもそれぞれが名残惜しさを際立たせる。
かずみんが卒業した後も、生田絵梨花、星野みなみの卒業が続き、1期生が4名に。そんなことを思っていたら続く2期生『ゆっくりと咲く花』は4人で、こちらも新内眞衣、北野日奈子の卒業が決まっている。メンバーも泣いているが、会場のファンもみんな泣いているのだろう、なぜならネット配信の向こう側にいるぼくでさえ、寂しさに画面を直視できないのだから。
3期生、4期生と続き、コロナ禍の2年を映像で振り返る時間に。「選抜メンバー」の重さが伝えられ、四方から現れた面々が中央ステージに集結。不動の求心力ともいえる齋藤飛鳥をセンターとした『Route246』。コロナ禍で活動が少なくなったエンターテインメント分野の復活を、これまた活動を減らしていた小室哲哉の復活に重ねるというコンセプティブなナンバー。
秋元康の強烈な歌詞でスタートする『僕は僕を好きになる』は、山下美月にとっての初センター曲であるとともに、優雅さとリズミカルさを兼ね備えた振りが特徴だが、この公演では間奏時にそれらをさらに深化させたペアダンスが添えられた。
それからはヒットナンバーの連続で、全員登場の『インフルエンサー』は、山下&与田のダブルセンターも大変に頼もしい。10年間を巻き戻していくかのような映像が差し挟まり、乃木坂46屈指の名曲と名高い『きっかけ』に繋ぐ。ドーム規模ならでは全員歌割りという演出で、ラストはキャプテン真夏に続いて久保、生田が伸びやかな歌声を披露し、全員歌唱へ…。
迫力のヒットナンバーたち
コロナ禍のライブで物足りないのは、ファンの大歓声とコールであるが、その不満を見越したかのように『Sing Out!』が配置され、割れんばかりのハンドクラップが会場を包む。齋藤飛鳥センターでありつつ、かずみんのフロント曲でもあることを再認識。そこからは『夏のFree&Easy』『ガールズルール』という選曲で、このライブがあくまで「真夏の全国ツアー」であることを否が応でも思い出させられる。
ドームの宙を舞う気球ゴンドラも、アリーナを所狭しと駆け巡るトロッコも、とにかくドームというドームを全員全身全霊でエンパワーしようという強い迫力を感じた。
かつて、ぼくが2019年に初めて神宮球場で全国ツアーを体験したとき、本当に女神たちがこの世界に降りてきたのだと思った。あれから2年。ぼくは再び、女神たちによる宴を目にしている。
最新シングル曲『君に叱られた』は、センターに賀喜遥香を据えつつ、卒業する高山を裏センター(センター真後ろ)に配置するパフォーマンスで、そもそもかずみんがフィーチャリングされているようなものだが、異変は2コーラス目に起こった。
なんと賀喜と高山がフィーメーション交替し、かずみんがセンターになるのだ。なんという粋な計らい。コロナ禍を境に世代交代がきっとテーマとなっているだろう乃木坂46。間奏からのブリッジではフォーメーションが戻り、「原義」の通りに涙ぐみながら歌う賀喜の背中をかずみんが押す。MVでさえ涙腺が緩むこの曲で、ライブでこれを見せられたらたまらない。
過去も未来も、きっと推す
思い出に浸って立ち止まることを許さないかのように10周年の特別な曲『他人のそら似』が始まる。これは、恋人との再びの邂逅がテーマの歌詞で、初めて会ったはずの君に抱いた感情は、未来の自分が過去の君(すなわち今初めて会った君)に向けていたものと同一であるという、運命のファンタジーに彩られたものだ。
振りも、1作目の『ぐるぐるカーテン』からすべてのシングル表題曲の特徴的な振り付けを順にリミックスしてあって、矢継ぎ早に「アイドルとファンの10年間」を紡ぐ。
この歌詞とパフォーマンスに触れているだけで、推しと出会った過去と未来をすべて想起させる、とんでもない曲だ。仮面ライダーディケイドであり仮面ライダージオウだ。ほんとうに秋元康というプロデューサーは恐ろしい。簡単にファンの運命を固定してくるし、その通りに推させてしまう、生きさせてしまう。
完全に、ぼくはアイドル産業に絡めとられている。
これからもぼくはかずみんを推すし、その気持ちはきっと、ずっと未来もそうなんだ。そこから振り返って今を思い返しても、やはり同じ熱量で推していた(推している)という感想を抱くことになる。
一旦照明が落ち、会場のモニターには2行×5節の運営からのポエムが。最終行には「好きになってくれてアリガトウ」と。
それはこっちのセリフです。照らしてくれてありがとう。
アンコールでの感謝の渦
アンコールは、ベストアルバムリード曲の『最後のTight Hug』から。これはすぐ後に卒業する生田絵梨花のラストソングになる。「抱きしめるしかなかった」という若いゆえの別離への後悔。このフォーメーションには高山一実はいない。「かずみん卒業後だった"はず"の曲」だからだ。
この時間のパラドックスは、さっきの『他人のそら似』の歌詞にも即していて、未来となるだったはずの曲がセトリに入ってしまったというわけだ。そこにかずみんがいなくても、きっと3列目の右の一番はしっこにかずみんがいそうだし、そういう幻覚をもって、「抱きしめるしかなかった」と若さ故の別離を今更ながらに惜しむ。
ほんとうにこのグループアイドルの運営は、何を考えてこんなセトリを組んでくれたんだ。ありがとうございます、ありがとうございます。
齋藤飛鳥が「みなさんアンコールありがとうございます。zoo(かずみんの愛称)といくちゃんはずっといればいいのにねぇ」というセリフからの『僕だけの光』。
泣きはらしながら歌う姿を隠しもしない秋元真夏が何度も映し出される。
ラストに近づいたことを知らせる『ダンケシェーン』。生田絵梨花が「♪かずみんの温かいその背中が好きだった~」と歌い出しを決め、「♪今までありがとう」の節ではかずみんのアップ(カメラマンさん、スイッチャーさん、ほんと素晴らしい)。締めは真夏の「やっぱかずみんだな!」。
高山はそのあとずっと「ありがとう!え~うれしい!ありがとう!みなさんありがとうございます!」と連呼。メンバーからファンへ、かずみんへ、「ありがとう」の応酬。
MCでは真夏が賀喜→齋藤へとコメントを振るも、名残惜しそうにするのを生田がフォロー。齋藤飛鳥の一本締めと次回バースデーライブが巨大なスタジアムで行われるというビッグな告知を挟んでの『乃木坂の詩』。最初の『ごめんね Fingers Crossed』同様に遠藤がセンター。最初と最後をきっちり挟めるほど、遠藤のアイドル的な成長はすごい。舞台度胸だけの話ではない。
会場もメンバーも、紫色のペンライトを持って、沸き立っている。この日を飾る最後のMCで、真夏は「明日はかずみんをみんなを送る日になります!」と伝えると、それに応えるように、かずみんは手に持っているペンライトをしげしげと眺め「最初の頃はこれがガラスの棒で、その前は割り箸だった」と懐かしむ。
気づくと、メンバーが各々ステージの階段を降りて、去っていくシーンが映し出されていた。ほんとうに深いおじぎの山下美月、すべての感情を受け止めようとして複雑な表情を見せる遠藤さくら。
……そして、ほんとうに最後の日、かずみんの卒業の日が、やってきてしまう。
Next…