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イギリス冒険記5

結局同居人は帰ってこなかった。

本当に生活のリズムが合わない人だった。私が起きて準備し部屋を出る時は寝ているし(もしくは寝たような姿勢でスマホを見ている)帰ってきた時もイヤホン装着でスマホを見ているので話すこともない。もしくはいない。この2週間の間にモノポリーのホールでバイトを始めたらしい。私は結局彼女の名前の発音に自信がないまま退去した。せめてと机に置き書きをしたけど、シーユーじゃなくてグッバイにしといた。

入居の時の、姦しくて言い訳がましい受付のスタッフに見送られる。何か聞いても大抵ダメで、その理由(というか言い訳)を、こちらがもういいといっても滝のように放出する人だった。フラットの多くが彼女のことを好いていなかった。大変だなと思いつつ、ロンドンにはこういう仕事をしてる人もいるんだなあと変な感慨を抱きつつ部屋を後にする。

まず向かったのは郵便局で、これは先にある程度荷物を日本に送っておくためである。茶葉の缶とか服とか本とかの嵩張るやつを、チェルシーでもらった箱に可能な限り詰めた。郵便の窓口のブラックのおばさんが、制度とかよくわかっていない私に丁寧に教えてくれる。ありがて〜と思いつつ長い道のりを経て手続き完了、費用は…と聞くと、これ一つ送るだけで1万円くらい!

調べたのではそんなにかからなかったけど!?と訴えると、それはロイヤルメールで、ひと箱2キロ以下でないと使えないらしい。私のは4キロで全然オーバーで全然アウト、2個にしたらロイヤルメール×2で5000円くらいになるみたいで、その方法でもう一度やってみることにした。長時間かけてくれたおばさんにごめんなさい…と恐縮していたけど、いいのよ!!とものすごい広い心で面倒見てくれた。イギリスに来てからこの人が一番優しい。

結局いい感じに発送できて、やれやれと思いつつGAIL's Bakeryというお店に行く。どうやらここのスコーンもうまいらしいので。ここは基本パン屋なので安いし、出てきたスコーンはデカかった。

右下は激重スーツケース

それからしばらく移動して「アートワーカーズ・ギルド」の建物に行く。閑静な住宅街、のうちのひとつの建物に人だかりができていて、入ってみると奥が広い。京都の長屋みたい。
これは水曜に会った「教授の先輩」に誘われたもの。彼女がここでコレクションを展示するらしく、良かったらおいでと言われていたのだ。アートワーカーズ・ギルドはその名の通り芸術関連の、もとは職人、今はデザイナーなどが所属するギルドで、創始者はかの有名なウィリアム・モリス。

奥の広間 なんかすげー

ギルドというもの、それとこれは個人的に集めたものを披露する会だったのだが、そのどちらもに強烈なイギリス人みを感じてクラクラする。
「何かを集めるというところにイギリス人は執着してるのよ」
「それがイギリス人のアイデンティティなの」
彼女は言う。

確かにイギリスは、集めるのが得意だ、と、滞在中に思った。
イギリスで有名で、名物とされているのは、ある程度の歴史的ランドマーク以外のほとんど全てが「収集物」に由来する。
例えば大英博物館やナショナル・ギャラリー、テート・ブリテン、自然史博物館やV&Aミュージアムなどの名だたる博物館。例えば毎週末開催され郊外の収入源になっているマーケット。ロンドン飯といえばで紹介される多国籍の料理は学食になるほどだし、ロンドンらしい服装として紹介されるのは古着だ。
そういえば地球の歩き方に「イギリス人は作るのは下手だが集めるのは上手」とあって確かになと思った。よく知られたことだがイギリスにはターナーまであまり有名な芸術家がいない。芸術に関してはフランスやイタリアに、ものづくりに関してはドイツやオランダに劣り、有名な何かのメーカーがあるということもない。ランドマークが美しいとはいえ教会建築はカトリック領域がやはり素晴らしいし、宮殿建築もベルサイユのような華やかさはない。何か有名で得意な料理があるというわけでもない。

しかし溢れ出るこのイギリスの、ロンドンの魅力は何なのだろう。ここまでボロカスに言っているようだが私はロンドンをかなり楽しんだ。お……?と思うところもあるが結構好きです。私はこの都市のどこが良いと思ったのか。

それはひとえに積み重なった歴史の重みであり、それに今でも気軽にアクセスできる状況であり、歴史に磨かれた収集物のセンスの良さであると思う。栄華を極めた大英帝国のプライドがロンドンに古今東西のモノを溢れさせ、人々の目を肥やし、磨かれた感性が生まれ、やがて世界のスタンダードを作っていったんだろう。
だからロンドンでは、「エッなにこれ!」とか「見たことないシステムだ…」とか「考え方が揺さぶられるぜ!」みたいな感想はあまり抱かなかったし、そういう意味での「海外らしさ」もあまりなかった。3日だけ居た台北の方がよっぽど感じたくらいである。
それは、日本で見るいろんなものの「元ネタ」になっているからなんだろうなと思った。あのアーケード。あのデパート。薬局の作り、デコレーション、美術館、ルール。
ただ、そのひとつひとつが「超本格派」であるというところが違いである。
そして、その本格派の風を、みんな楽しんでいるのではなかろうか。


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引越し先、残り5日間の滞在先は、地下鉄ジュビリーラインのゾーン2、スイスコテージ駅から歩いて4分、Palmers Lodge Swiss Cottageというところ。予約前に周囲の治安や夜の様子をめちゃくちゃ調べたし、中心部から遠いけどここにした。というのもここ、古いお屋敷をリノベしためちゃくちゃ雰囲気ある宿なのだ!


内階段、令嬢が降りてくるやつやんね


修道院みたいやな…という感想しかないベッド


外観はググったらすぐ出てくるのでぜひ。
ロンドン中心部よりも郊外の方がイギリスみが増すけど、このインテリアも加わって余計に「ロンドンいるなあ〜!」感をびしびしに感じる。滞在も終盤で。

引っ越しが落ち着いたら軽装で電車(これは地下鉄(underground)と同系列なのか、overgroundと呼ばれていた)に飛び乗り、サウス・アクトンという街に行く。滞在序盤にパブに連れていってくれた日本人のお宅にお邪魔するのだ。
しかし知らん土地の電車は本当に良いな。

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彼のお家は駅から歩いて5分ほどで、玄関を入ると奥様と3歳の息子さんが出迎えてくれた。席に着くなりいろんな種類のビールを頂く。初回で飲む人間だとバレたらしい。
息子様は知らん人間が来たことを面白がってくれたらしく最高にはしゃいでいた。水遊びに車遊びを全力でエンジョイした後、電池が切れたように寝た。
奥様はイギリスのカレー、ティッカマサラを作って出してくれた。「これはどれを食べてもおいしいよ」と言われた。なるほど、でもその前にこれめっちゃおいしいです。
息子様が寝室で爆睡する中、しばらくおしゃべりし、デザートとしてサイダー(りんごのお酒)をいただいて帰路に着く。なんて素敵な時間。

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翌日は念願のキュー・ガーデンズに行く。どう見ても雨、な天気予報を見なかったことにし出かけたが当然のようにドン曇りである。昨日行ったサウス・アクトンのもう少し向こう、その名もまさしくKew Gardensという駅で降りる。
ここに来たらなんと言っても温室でしょ!といそいそと温室に向かう。これが…本当に良く…
先述した通りイギリスにはいろんなものの「元ネタ」が溢れているのだがこれもまたそのひとつで、ああこれがモデルになって世界中に温室が広まっていったんだろうなと予想させるようなもの。しかしその一方で収集の密度や、細部に宿る装飾の「ガチ感」が、ここがただの植物園ではないことを伝えてくる。


そしてめちゃくちゃ広い。歴史ある植物園、とても広い、となると大きい木が至る所に立っていて、ドン曇りの空と不気味なコントラストを成す。恐々歩くもやはり雨が降り出して、トラムの駅にはトラムは来ないし、近くのティールームに逃げ込む。ここはいくつかあるキュー・ガーデンズの中のカフェの中でもまだお手頃な方。セルフタイプのカフェでスコーンとクリームをとり、お茶は駅前で買ったGAIL’Sの残りを飲む。ちなみにさっきの温室で1人でぼんやりしてる間に結構飲んでしまった。
ここ、建物が古いわけじゃないけどとても良くて、なんだろう、パナマ…みたいな…南国に欧州が建てた豪邸って感じがした。そして値段はしなかったもののここのスコーンが一番美味しかった。ザクザク系。

そんなこんなしてると次のトラムの時間になる。近くの小さなお屋敷の見学をしつつトラムに乗れば、嘘のように快適。隣になった60代くらいのマダムとその娘さん、の母娘と仲良くなる。オーストラリアからで、こっちに住む娘さんをたずねてお母さんがやってきたらしい。この2人めちゃくちゃオシャレで、娘さんがエスニックとフォーマルを混ぜた感じ、お母様は緑のジャケットに緑のシャツ、とかなりいけてる。イケすぎてて写真を撮らせてもらった。車窓からリスやキツネを見つけてはしゃぐ私を微笑ましそうに見ているのが視界の端で見える。名前を聞いたけど忘れてしまった。ここら辺ですっかり空は晴れ、光が差し込んでくる。同時にトラムが故障で停まる。歩きで帰ることにな李、母娘とここで別れる。
果たして晴れて木漏れ日に満ちたキュー・ガーデンズは信じられないくらい美しかった。なんなら、湿気で靄がかかり遠くはぼやけ、余計に綺麗である。これがイギリスの原風景か。果てしなく続くメイン通りの並木が本当に美しい。イギリスで見た一番美しい光景はこれであった。

この後、時間があったのでもう少し足を伸ばしてリッチモンド・ヒルに行ってみた。これもまた美しかった。森にところどころ屋敷が埋もれている。高級住宅街、宇多田ヒカルが住む街。ただただぼんやりして帰路につく。


リッチモンド・ヒルからの眺め

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ここから帰国まで2日間、実はフライトのキャンセルや再手配でもう1日増えるのだが、残りの期間は人と会ったり、見逃したものを見に行ったりして過ごした。
まずキューの翌日の月曜はクラスで仲良くなった中国人女子とランチを食べに再会。場所はメイフェア中心部、Mercato Mayfair。教会を改修したフードコートで、異常なまでに美しい。ここで私はタコスを食べた。彼女はステーキを食べていた。3600円くらいするやつ。先週のクラスの話とか、それぞれの国の文化への眼差しの話とか、将来どうしたいかとか。彼女はテンションが上がると距離感がバグってくるのだけど楽しくて好きだ。年末に京都に行くよ、と言われたので問答無用で会う約束をした(12月4日現在、年末に会う予定が作れた!しかも2日も)。この日は約束まで時間があったので、行きそびれていた高級デパート巡りをやった。Fortnum&MaisonとHarrods、どちらも大変に美しかったが一階の紅茶売り場の迫力が半端ではないF&M、エレベーターホールと(いわゆる)デパ地下が最高なHarrods、という感じ。ちなみにF&Mの近くに有名なアーケードがある。


Harrodsデパ地下にあるコーヒースタンド

火曜日は先週ライオンキング一緒に見にいった友人ともう一度会った。会う前にデリのサンド食べてきたよと話したらめちゃくちゃ羨ましがっていた(12月4日現在、彼女、食べに行ったそうです)。この日は自然史博物館とヴィクトリア&アルバート美術館をはしご。どちらも、どちらも、最高。

自然史博は大規模なドイツ・ロマネスク建築の大広間に巨大な鯨の骨格標本が泳ぐ、スチームパンク系厨二病患者が夢にみそうな様相を呈している。建築全体に施された、細々としたレリーフはよく見れば全て生物に関した形になっており、見慣れた植物モチーフはもちろん、魚や猿など、目を凝らせばギョッとするようなモチーフもあしらわれている。小部屋の一つ一つが濃密、なんで無料で見れるんだ。


V&Aは何がお目当てって、ここのセルフ式のカフェです。高い天井、ステンドガラス、奥まで続く部屋。食べ物はバカ高いが来る価値めちゃくちゃある。タイムスリップどころの話ではない。2人で一杯のカフェオレとスコーン、これで1時間くらい過ごす。

ふらふらと歩き回り、やっとの思いで取った「Les Misérables」を見、幕間に明日のフライトがキャンセルになったことを知って発狂したりした。結局その一晩を手続で溶かし(-8時間の時差ゆえ、日本のデスクとラグなしでやり取りしようと思うと夜眠れない)、やっと予定の次の日早朝のフライトを確保できた時には明るくなっていた。寒いのに十分に着ずに冷えたラウンジにいたから、軽く頭痛がする。

日中は、教えてもらったデザインウィークの一部を見に回る。棚ぼたの滞在延長、満喫しないと損だと思うも雨。しばらくぶりのセントラル・セント・マーチンズでびしょ濡れになる。早々に宿に帰り、もう部屋はないのでラウンジで寝て、夜の9時前に宿を出る。こうしてロンドン中心部を、雨の中薄いトレンチコートで抜け出す。ほぼ逃亡である。

10時過ぎにヒースローに着き、来た時と同じようにcafe NEROに陣取る。今度は迷うことなくクリームティーを選ぶ。


ついてくる塗りものたち



長時間の待ち・・・と思っていたけど、5時のフライトなので4時にはゲートが開くし、開いたらもうとんとん拍子なので意外と待ち時間は短かった。それでも6時間弱待っているが、もうそんな待ち時間には驚かなくなっていた。飛行機が飛び立つ。

大体まる1日くらいで家に着く。こう書くと意外と近いんだなと思う。技術が距離を縮めている。それは本当にそうだね。


イギリス紀行はこれにて終了、2023年度、後期は全然noteを更新しなかったし、従ってイギリス紀行も全然完結しなかったけど、やっと終わり。1人で色々いけるんだなと再認識した。その方が、脳内で色々考えられる。だからか、考察みたいなものがはかどった。自由に立ち止まることもできた。
楽しかった!と括るにはしんどいこともあったので、私はこの滞在のことについて聞かれたら「面白かった!」と言うようにしている。
これからあるかもしれない外国滞在の、少しの参考にできた気もするので、よしとしましょう。
お金を貯めます。

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