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イギリス冒険記3

平日が終わり、土曜日である。朝起きて共用のキッチンに向かうと日本人ナイスガイがリンゴを齧っていた。ちなみにナイスガイと言っているが別にむきむきだったり黒こげだったりするわけではない。表現が思いつかないのでこうしているだけで、彼は実際は結構ヒョロかった。
ナイスガイの退去日は今日で、食材を消費しているところだという。
「パッキングは終わりましたか」
「いやまだなんですよね」
「え、チェックアウト10時ですよね、あと1時間もないですけど」
「ほぼ終わってるので大丈夫です、多分」
彼のルームメイトであったイタリアのナイスガイは、気付かぬうちに昨日去ったらしい。彼の名前は聖人でしか聞いたことない名前だったので、頭の中での彼の服装は布を斜めに体に巻きつけたようなものだったが、実際には彼はトトロのtシャツを着ていた。
部屋に戻ってしばらくしたら廊下でガタゴト騒がしい音が立っている。もしやと思い出てみると、日本人ナイスガイの出発の時であった。

初めにあった時に多分名前を聞いたと思うのだがすぐ忘れ、その後聞くこともなく、あるところからお互いあまり踏み込まない暗黙の了解を共有していたような人だったので、もちろん連絡先も知らない。接続が尊ばれる社会で、なかなか稀有なことをしているなと思った。
「では」というナイスガイに
「お気をつけて!」と返すと
「またどこかで!」と返された。完璧である。

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平日疲れているので休んだらいいと思うのだがそれができない。ロンドンいち、と言われるマーケット、ポートベロー・マーケットは土曜日がメインなので、トコトコと見に行ってみることにした。
天気は晴天。普段は閑静で小さな通りらしいのだが、この時ばかりは大賑わいである。どこからか聞こえてくるモーツアルトは、絶対録音じゃないんだろ、誰か演奏してるんだろ、そういうところだよここは!と思っていたら本当に演奏していた。50mごとに1人、くらいの頻度でいる。ノッティングヒルの坂を登り終えたところでは、おじいちゃんトリオが陽気に演奏し人だかりを作っていた。本当に良いな。


ハウルの部屋みたい


全体を2往復くらいして、アンティークの指輪、アンティークのエナメルマグ、ビーズの指輪、母へのお土産のアンティークボタンを購入。マグを買うのをかなり迷ったのだが、これを買った後のホクホク感がものすごかったので多分買って正解である。

さてどうしようかな、とスマホを開いたところで気づく、Wi-Fi表示がない。ということは、Wi-Fiの電池が切れている!!
まずいな〜一回部屋に戻ろうかな、と考えたが、いやでも昔は地図でいけてたんだもんな!ちょうど手元には「地球の歩き方」があるし、ノーネットで過ごしてみることに決め、路線図を頼りにナショナル・ギャラリーを目指す。

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着いた。着くんじゃん。
トラファルガーという名前は、ONE PIECEのキャラの名前として一番よく知っているが、多分世界的にはこちらの方が有名、という広場に来た。晴れていて本当に良い。噴水の縁に大量に人が乗っかっている。よく見たらちびっこは水着仕様である。

ロンドンに来て1週間、私はここの噴水が変に気に入った。
噴水がというか、噴水のてっぺんから、目が離せなくなった。
本来形のない水に形を与えるという技術、あの高さまで登らせる技術、噴射の力と重力が釣り合うあの地点に、ここが昔世界を牛耳る大帝国だったことを思い出した。これは威厳の現れだったのだろう。




ナショナルギャラリーは、違う面での大英帝国を感じた。帝国の名の下に全ての美術品を集めようとするような、それを最も美しく見せる空間を作ろうとするような、それは威厳であり誇りであり傲慢さであると思うのだけど、何が言いたいかというと質、量ともにものすごいということが言いたい。


フェルメールがこの距離で見れるんだもんね


個人的に一番好きだったのは、レンブラントのポートレート群だった。
それまでの部屋で紹介されてきたポートレートの人物は皆胸を張ってむんと立ち、ピカピカの衣装と、自分を象徴する(あるいは、象徴としたい)モチーフを不自然に添えるものばかり。一方レンブラントのそれは自然……自然というよりくたびれていると言った方が近いけど。このポートレートを描かれるための特別なことは何もしていない、そんな空気があって良い。絵で表現しているというより人物の良い瞬間を写真で切り取ってるという感じ。




これは気になってもう一回見にきた時に気づいたのだけど、ほとんどみんな、顔の半分が陰になっている。肖像画において、それはあまりないことだと思う。大体は不自然なほど顔が明るい(レンブラントの、特にここに展示されていた作品たちは無名の人物を描いたものも多く、権力者を描くか庶民を描くかでやることが変わる、というのは、頭に入れた上で)。

建物もすごいのだが、これは写真に撮ってもあまり伝わらないので割愛。
代わりに「嘘だろ…?!」となった絵を見てください。


こんな色々ゆるゆるな聖母子がいてたまるか


この人多分、うざいけど良い人


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今後の予定をふわふわと考えていて、行きたいところと、起こりうりそうな可能性を鑑み、次の日は急遽ストーン・ヘンジに向かった。

私は旅行中にする、さらなる旅行、旅中旅が好きなのだがこれももちろんその類に入る。ロンドンに来てから地下鉄には乗っていたが電車には乗っていない。ウォータールー駅から出る電車のチケットを買うと、往復で41ポンド。ちなみに最寄りの電車の駅からストーンヘンジに向かうバス代にストーンヘンジの入場料を合わせたものがセットで売られているのだが、これで36ポンド。トータルで77ポンド…14000円弱かかっていることになる。やめとこうか…と萎えかける足を奮い立たせて進む。

しかしこの電車はよかった。South Western Railwayという名前のこの電車、日本人が思い描くヨーロッパの現代の電車、そのまま、という感じ。脳内BGMはもちろん「世界の車窓から」である。

電車に揺られ2時間、着いた最寄りの街、ソールズベリーはドン曇りであった。ここからバスに乗り現場に向かう。ちなみにここではたまにストーンヘンジのことをStonesと表記していて面白かった。石。
ストーンに行くには、車がない限りこのルート、というのが決まっている。駅からビジターセンターまで/ビジターセンターでの入場料やガイド/センターからストーンまで を、一つの会社組織?で動かしている。このルート以外の選択肢がないって感じ。世界的な観光地は、なんかもっと情緒が入り込む余地を残した方がいいのではと思うほど、システム化された資本主義の中にいた。

さて石は、何がどう作用したのか、あまりにもシステマチックな環境に醒めちゃったのか、順路に従って進むとまずすごく近くから石を眺めさせられるからか、そもそも有名な世界遺産って意外とそんなものなのか、期待していたほどの圧倒感はなくて寂しかった。
しかしあれは順路の設定が悪いと思う。まず初めに遠くから眺めさせて、存在感をゆっくり伝えるような流れにすれば全然違うはずだ。

あと観光業者の手が入りすぎているのも問題だな…とか思いつつ、しかし満喫したという実績は欲しいので、日本から持ってきたクリーム玄米ブランでピクニック気分を味わう。ストーンがよく見えるベンチに座り、1時間くらいは見ていただろうか。後ろの大草原には大量の羊。



帰りのシャトルバスで近くの席になったのは、多分スペインやポルトガルからの3人組の女の子たちだった。私は彼女たちが大きな音でゲップをした時、イギリスにいてまだそこまで強く「帰りたい!」と感じていない理由がわかった。イギリス人は人がいるところで大きな音でゲップをしない。多分、それをしないことがマナーになっている。
そして日本人もやらない。この、「何をタブーとするのか」という質問にどう答えるかに、分かり合えるか分かり合えないかの大きなわかれめがあるような気がする。

この話を現地の日本人としてたら、「日本でいう「蕎麦を啜る」とかだよね」と言われた。その通りだと思う。我々は蕎麦を音を立てて啜ることをタブーとは感じないし、恥とも感じず、むしろ風流だと思う。その人は続けていう「中国の人はくちゃくちゃ音を立てて食べることが普通と捉えている」

これを聞いて私は、(食事の場において、分かりあうのは無理かもしれない)と思った。一方で、これを知っているということで、多少マシになる状況もあるだろうとも思った。

帰りのバスのガイドニキにソールズベリー大聖堂に行きたいんだけどと言うと、間に合わないと言われ、しかし見たかったのでダメもとで行ったらやっていた。しかも本来9ポンド取られるはずの入場料を取られない。るんるんで中に入るとちょうどサービスが始まるところだった。観光客向けの時間が終わった、ということだったらしい。
全然いい、むしろこの方がいいかも!と思うが、写真撮影や自由な見学は🆖だった。まあ良い…と思ったところで聖歌隊が登場。大人から小学生までいる、地域の聖歌隊というやつ。初めて見た!聖歌隊内での性被害を告発する映画の予告編で見たくらい!と、変な思い出し方をする。



英国1背の高い尖塔を持つ大聖堂で、生まれて初めての生の聖歌隊の成果を聞いた。全くキリスト教に感銘を受けたことはないが、確かに美しい。天上の世界を追い求めでキリスト関連の芸術は進化したのだなと1人ふむふむ…としていた。

帰りの電車は行きと打って変わって超満員で、席も空いてなくて連結部分のスペースに乗った。そこにもたくさんの人がいた。大抵は若人だけど少し年配の人もいて、しんどそうだった。1人のおばさまはラブラドールレトリバーを連れていた。出発のたびたつキィーーーとひどい音に毎度怯える犬をぼんやり見ていた。
1人、アジア系の男の子が乗っていて、ラブラドールを連れたおばさまと話していたのを聞いたところによると、彼は留学期間が終わって帰るところらしい。確かにからに大きなスーツケースを携えている。
この時初めて、帰るのか、いいなあ、と思っている自分に気づいた。なんだ、帰りたいのか?ちなみにこの後ロンドン上空を飛ぶ飛行機を見るたびに(いいなあ)と思うことになる。


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