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ほどこし

まだ4〜5歳の頃である。
母親は私を一人置いて、
仕事に行っていた。

母親は、私の腹にロープをくくりつけ、
テーブルの足の所にロープを縛っていた。

トイレには行けるが、外には行けない。
そんな長さのロープであった。

母親がなかなか帰ってこないと、
お腹が空いて、ロープが緩み抜けれた。

すると、母親に内緒で、
アパートのお隣に駆け込む。
お隣には、老夫婦が住んでいた。

私は老夫婦にお腹減ったと泣く。

老夫婦はいつもおやつをくれた。
あまり食べさせるとあんたのかあちゃん、
嫌がるだろうし、あんたもロープに、
入れなくなるだろ?
ほら、すぐに帰りな。

と老夫婦はおやつをくれるのだ。

うん。ありがとう。じゃぁね。

と急いで帰ってまたロープを腹にくくり
横になって母親の帰りを待つ。

ある日の事、
いつも通り母親の帰りは遅かった。

はずである。

でも、まだ時間なんてわからない年頃。
知らずにお隣に駆け込んだその時である。

母親である、かあちゃんの怒鳴り声が、
響いて聞こえる…。

一瞬心臓が止まった。
背後にただならぬ気配がある。

ヤバい…かあちゃんだ…。
あれ?もうそんな時間だったの?
おかしいな…。

お隣のチャイムが連打される。
ドア越しだかすごい気迫が感じる。

老夫婦は、私を抱きしめてから、
はい、はい、今出ますから。
とドアを開けた。

かあちゃんは、老夫婦に、
お前らは何考えてるんだ!
勝手にコイツを連れてくな!

老夫婦は、
そんな事ないですよ。
ただね、おやつをあげただけですよ。

だが、かあちゃんは余計に怒鳴る。

あんたらに何がわかるんだい!
あたい達の事バカにしてんのか!
貧乏だからって可哀想とか思ってるのか!
そんなのいらないね。
ほどこしなんていらないよ!

私は罪悪感にさいなまれ、

かあちゃん違うんだ。
ばっちゃんもじっちゃんも悪くない。
悪いのはオイラなんだ。
オイラ…腹減ったらロープから、
抜けて、それで…。

かあちゃんは、何度も私を殴ってそのまま、
髪の毛つかんで引きずりながら、
家に私を投げつけた。

そして老夫婦に、
とりあえずだ、アイツの事は、
ほっといてくれないかい!
こっちは、こっちでなんとか、
やってんだ!
甘やかさないでおくれ!
ほどこしなんて、みっともない事、
されたくないんだよ!

老夫婦は、かあちゃんに謝っていた。

じっちゃん、ばっちゃんごめんよ。
オイラのせいで…。

泣きながら、
もう感覚のない頭を抱えて、
老夫婦が怒鳴られている現状を、
ただ、おのれのせいだと自分を責めた。

バタンッとドアが閉まる音がする。
そして…かあちゃんは帰ってきた。

倒れている私の髪を持ち上げ、
お前は本当にいやしいヤツだね!
なんだい!
物乞いみたいな真似しやがって!
と何回も頬を叩かれた。

口の中が切れて血が出ても、
かあちゃんはやめてくれない。

腹も減ってて、もう気を失いかけてた。

すると、胸ぐらを掴んで
いいかい!
二度とかあちゃんを裏切らないんだよ!
お前は、大人しく待ってればいいんだ!
そのぐらいできるだろ?おい!
わかったかい!

気を失うかわからない感覚の中で、
泣きながら、
…はい…わかりました…ごめんなさい…。
と言って記憶は途切れる。

気がついたのは夜中である。
かあちゃんは起きていた。

慌てて起き上がるとフラッとして、
また倒れた。あれ…力が出ない。

よく、マンガである様な星みたいな、
何かが、くるくるとまわっていた。

かあちゃんは…泣いていた。
背中しか見えなかったけど、
あきらかに泣いているのだ。

…かあちゃん?

そうつぶやくと、
かあちゃんはそばに来て、

かあちゃんがこんなにバカじゃなかったら、
お前にこんな苦労をかけずに済んだだろう。
ごめんよ…こんなかあちゃんで…。

お前の事、本当はすごく大事に想っている。
大好きだし、かあちゃんの宝物なんだ。

なのに、こんな事ばかり…。
お前を苦しめてばかりだ。

泣いて謝るかあちゃんに、
なんて声かければいいのか、
考える力もなくただ、
かあちゃんをずっと見つめ、

笑顔で、
かあちゃん腹減った…。
そうつぶやいていた。

かあちゃんは料理は苦手である。
家事一般全て苦手なのだ。

すると、一口に切られたリンゴを
かあちゃんは食べさせてくれた。

かあちゃんの指は切れていて、
リンゴの皮はそのままで、
かあちゃんの血がついたリンゴ。

かあちゃん、すごくおいしいよ。
食べやすく切ってくれたの?
ありがとう、かあちゃん。

かあちゃんは泣きながらリンゴを
食べさせてくれた。

あのね、かあちゃん。
オイラもかあちゃんが大好き。

うん、うん、と泣きながら、
かあちゃんはリンゴを食べさせる。

かあちゃんの血と涙で、
リンゴはすごくしょっぱかった。

それから、ロープに縛られる事は
なくなった。

その代わり、
テーブルには、血がついたリンゴが、
切られて茶色くなって置いてあるのだ。

お隣の老夫婦は引っ越してしまった。

ずっと、老夫婦には、
申し訳ない事をしたと、
心の中でひっかかているのだ。

もう天に召されたであろう。
じっちゃん、ばっちゃん。
あの時は本当にありがとう。
そして、ごめんなさい。
あの時の優しさに、
ついつい甘えてしまってごめんなさい。

でも、おやつすごく美味しかったし、
すごく嬉しかったと記憶してます。

あの時のご恩は決して忘れません。

こんな形での謝罪をどうか、
お許しください。




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