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謎の訪問。

ある寒い冬のお話。

私は、インフルエンザにかかった。

かあちゃんは、耳が聞こえなく、一人暮らし。

私は毎月、決まった日に仕送りを持って、
かあちゃんのアパートへと向かうのだ。

インフルエンザにかかったのは、
ちょうどその日の前日かその前かぐらいである。

もちろん、当時は携帯電話もなければ、
我が家に電話すらない。
なぜなら、かあちゃんは耳が聞こえないからだ。

なんの音沙汰もなく、その日を迎えてしまう。

インフルエンザでぐったりしている私。
ぐるぐる回る頭で、かあちゃんの所に行かなきゃ
と現実と夢のさかいをさまよっていた。

そして、眠りについた。

目を覚ますと、そこにかあちゃんがいた。


私は慌てて、手話で自分の置かれている状況を、
伝えたが、かあちゃんはお構いなし。

なんだい!お前何してんだい!
みっともないねー!
根性が足りないんだよ!

とまくしたてて怒鳴る。

私は、
かあちゃん、感染るから離れて!
危ないから、お願い!部屋から出て!

と伝えても、お構いなし。

そんなもん、あたいなら、大丈夫さ!
お前…何か食べたのかい?病院には行ったか?
何やってんだよ!なさけないねー!

と、全然、話が通じない。
とにかく私は声を出さないで口をつむぎ、
手話だけで、かあちゃんを説得する。

そんなに、かあちゃんが嫌なのかい!
せっかく来てやったのに!
少しは労ってくれてもいいじゃないか!

確かに…。
かあちゃんがここまで来るのは大変だっただろう。
時間を見たら、午前八時過ぎだった。

かあちゃんは、夜に外には出ない。
三半規管が機能しなくて、暗いと歩けないのだ。

多分、夜明け、日が明るくなってすぐ、
私の所へと必死にむかったのだろう。

住所は知ってても、行き方までは、
知らないのである。

引っ越しは自分一人でやっていたし、
かあちゃんが来るのは今日が初めてなのだ。

電車もどの駅で降りるかも知らないはず。
そして、駅から降りてどの道を行けば、
私の住む場所に行けるかもわからない。

どうやって、ここに来れたんだ?
しかもまだ早朝である。
そんなに、時間はかかってない。

不思議に思い、かあちゃんに聞いてみた。

かあちゃんは、
そんなの勘だよ!
かあちゃんを甘く見ないでおくれ!
勘たよりにすれば、そんなの簡単だよ!

えー!かあちゃんの勘は鋭いが、
ここまでとは思わなかった…すげーな!

そんな私の思考までも、見透すかあちゃん。

お前の事が、心配で心配で、
居ても立っても居られなかったんだよ!
そんで、気付いたら、ここにいたんだ!
だから、帰りはどうやって帰ればいいのか、
まったく、わかんないんだよ…。

だから、お前が早く治ってもらわないと、
かあちゃんは帰れないんだよ!
だから、早く薬飲んで、寝て、治しな!

なんだか、不思議だな…。
布団で寝ている側に、心配そうに私を見てる、
かあちゃんがそこにいるなんて…。

これは…夢なのか…いや…違うよな…。

だって、かあちゃんすげー酒臭いもん。

かなり酒飲んでんじゃん。

多分、いつもは来るはずの私が来ないのを、
酒で紛らわして、心配なのも、酒に頼ったんだ。

よく、ここまで来れたな…。

ふと、かあちゃんの私物を見ると、
ワンカップ酒がたくさんあった。

おい!
こういう時って、果物とか飲み物とか、
私の為にと何か買うもんだろう!
なのに、酒しか買ってねーじゃねーか!
何か食べたのかい?じゃねーよ!
食べれる物くれよ!

余計に目が回って熱出そう…。

かあちゃんは、私を見て安心したのか、
酒を飲み過ぎたのか、いびきをかいて寝てる。

ふー。
とりあえず、薬飲んでオレも寝よう。

起きたら、そこらじゅうにワンカップ酒の、
空き瓶が転がっていて、かあちゃんは、
酒臭く酔って、絡んでくる。

おい!お前!どうなんだ!
大丈夫なのか!かあちゃん帰りたいんだよ!
早くしておくれよ!根性で治せ!このー!

と、ポカポカと殴ってくる。

こんな、かあちゃんを見てたら、
私もなんだか、しっかりしなければと、
思えてきて、インフルエンザなんて、
気の持ちようだと、錯覚してました。

私は、
かあちゃん、わかった!
帰ろう!ほら立てるかい?
まだ日は明るいから、今のうちに帰ろう!

と、かあちゃんを連れて、電車に揺られ、
気を抜くとヤバいと思って、気を張って、
かあちゃんのアパートまで、着いて、
部屋に入った瞬間にぶっ倒れた。

近所の人達に助けられて、
病院のベットで私は寝込んだ。

点滴をしてもらい、
優しい対応のおかげで、元気になった。

次の日、
かあちゃんのアパートに行くと、
かあちゃんは甘酒を作っていた。

飲んでみたが、甘ったるくて酒粕が、
塊で喉の奥に入っていった。

かあちゃんは、機嫌良く、
どうだい?かあちゃんだって、
お前の為に、これぐらいできるんだよ!
遠慮しないで、ほら!飲むんだよ!

と、優しく強制的に飲まされる。

甘ったるくて酒粕が溶けてない甘酒。
これは…悪夢だ…。

時間をかけて、
コップに入った甘酒に、スプーンで、
ひたすら混ぜて潰して、酒粕を溶かす。
そして、やっと飲み干した。

私は、
かあちゃんの甘酒のおかげで、元気になったよ。
ありがとうな、かあちゃん。
ちなみにどうやって作ったの?
作り方知ってたの?
と聞いた。

かあちゃんは、
そりゃ、紙に甘酒の作り方って書いて、
店行ったら、店員さんが、教えてくれて、
ほら、紙に作り方書いてくれたんだよ!

私は、その店員の書いた文章を読む。
だが、肝心な分量やら、溶かすと言う文字が、
ないのだ。そりゃこーなるわー!

酒粕のパッケージの裏に甘酒の作り方が、
書いてあるに違いない!絶対だ!

店員さんは、めんどくさかったのか。
申し訳ないが、かあちゃんは、
こういった物には、ほんとーに、うとい。
ここで、あの鋭い勘が働かないのが悔しい…。

かあちゃんは、酒に飲まれて寝ている。

私は、それを眺めて、
しばらく胃がもたれた状態で考える。

はて、かあちゃんって何者なんだ?

本当に勘だけで、オレの家まで来れるのか?

しかもだ!あんな酔っ払っている状態で!

ありえない。私には理解出来ない。
親って皆そんなもんなのか?えー?ウソだ!
絶対に何かカラクリがあるに違いない。
ん?タクシーか?それなら納得出来る。

だが、かあちゃんはタクシーが苦手である。
会話が成り立たないと頑なに乗らない。

はっ!このワンカップ買ったコンビニ…。
珍しくここら辺では駅前にしかないはず。
やっぱり駅にはいたんだ…。

駅からも道が入り組んでいて、
なかなかここには、たどり着けない。

謎すぎるよ…かあちゃん。

酒に溺れて、寝ているかあちゃん。

んー!わからん!考えるだけ無駄だ!
それがかあちゃんだから、仕方ない!

かあちゃんを布団に連れて行って、
まだほろ酔いのかあちゃんに、
今日はありがとな、帰るわ!

と、伝えると家路に向かっている時、
はっ!と気付く。
やべ!仕送り忘れてた。

昨日もバタバタしてたから、
持ってきてない…めんどくさい…。

うーんと悩んで、
近くの銀行でお金を下ろして、
そのまま、かあちゃんのアパートに行くと、
かあちゃんは、補聴器も外して横になって、
本を読んでいた。

私の気配すら感じてない。
ふと、ここでドロボーが入ったら…。
と考えてしまう…不安だ。

そのままテーブルに仕送りを置いて、
ちょっと、大げさにラジオ体操してみました。

まだ私の存在に、まったく気付いてない。

そんな、かあちゃんの、姿を見てると…

私は透明人間?

そんな変な気分になりつつ、
気づかれないまま、私はアパートを出た。

数日後、掃除、洗濯、食べ物の補充の為、
かあちゃんのアパートに行った。

やはり…かあちゃんは…

インフルエンザにはならずに元気だった。




かあちゃんの謎が深まる出来事である。



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