見出し画像

ヤギ語り                              #8

ふぶきの 食欲が 本格的に旺盛になったのは 梅雨が明けてからだった。

梅雨入り前から 好んで食べたのは、桜や柿の葉っぱだった。
まだ 身体も小さかったので 木の葉には届かない。葉っぱをちぎって与えると、いくらでも欲しがった。


そして、この顔。
欲しい木の下で 上を向いて…。ずっと動かず、ただ木の葉を見つめる。
こうなったら、我々には 葉を取って与える、以外の選択肢がなくなる。
 
桜は、我が家にはなかったし、柿は5,6本、大きいのがあるのだが、大きすぎて我々の手も届かない。
 高枝切りバサミを 購入することにした。

息子は、新しい武器を手に入れ、日夜 ふぶきの求めに応じ、
ひたすら木の葉を採取した。
 息子の それまでの生活からは、考えられない運動量だ。
文字通り ‟箸より重いものを持ったことがない” という暮らしから、
1日6時間以上戸外を歩き回り、高枝切りばさみを振り回す。
ふぶきの ダッシュや 崖の駆け上り、にも付き合う。
 転んだり、木の幹や枝ですりむいたり、生傷や筋肉痛が絶えない。
真夏の炎天下で 真っ黒に日焼けし、彼は、どんどん逞しくなる。
 ふぶきと 息子は 競うように成長している。

夏が来て いっそう旺盛になる木々や、草たち。
ふぶきも 呼応するように食欲を増した。
 タイトルの写真は「カラムシ」という植物。道の端や空き地、どこでも見かけるこの草は、ふぶきの 大好物だ。
 毎年、同じところに大繁殖して、ピーク期には 道に張り出し通行の邪魔になり、秋にはその草に 真っ黒な毛虫がびっしりつく、あの草。刈ってもすぐに生えてくる、雑草中の雑草、だと思っていたこの草を、ふぶきは 無心に食べつくしてくれた。というか、足りなかった。
 夏の間の ふぶきの 主食になってくれたのは、この「カラムシ」と雑木の「いぬびわ」だった。
 「いぬびわ」は最初、息子が神社の裏山で見つけ、あまりによく食べるので、手の届く高さの葉を食べつくしそうだ、と私に報告し、探してみたら、うちの裏山にも10本以上発見したので、ふんだんに与えることが出来た。
 
それから、「くわ」も ふぶきの大好物だとわかった。
 家の敷地の国道に面した低い土手に 二本の雑木が生えていて、丁度、国道からの目隠しになっていたので、そのまま放っておいたら大きくなって、上の方が道路にかかって来たので 切った方がいいかな…と2,3年前から気になっていたのだが、その木が 「くわ」の木だった。
 息子が調べて 教えてくれた。そして、その実がとてもおいしい事も。


この地に暮らし始めて 13年が経った。
来たときは 家庭菜園をやってみたり、敷地の手入れも やっていたけれど、イノシシや、からすや、タヌキや、アナグマに、いいように荒らされて、刈っても、刈っても生えてくる雑草や雑木のパワーに打ち負かされて、
強大な自然のちからの前に、てもなく白旗を上げ、放置してしまった。
 「いぬびわ」を探すのに山に入った時、藪を切り払わないと 一歩も進めないほどに雑草と雑木に覆われていた裏山。
 「くわ」の木に近づくためにも、草刈が必要だった。
 この地に暮らしていても、この地と所縁を結んできたわけではないのだと、気付いた。
 この地は「借地」だ。好きに使ってよい、言っていただき、ほんとに、好き勝手に使わせて頂いている。

 「財産」を持てば、その財産に縛られる。
 それが私には出来そうもなくて、今まで、ご縁を頼りに、いくつもの地を流れ歩いてきた。

 昨年から、地に種をおろしたり、他の動物との暮らしを始めてみて、
「どこか、自分の根を下ろせる場所が欲しい」と想うようになった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?