見出し画像

ヤギ語り                                 #7

 少し前に息子が撮った写真。
 まるでクリムトの絵のようだ…

 縦位置で取られた写真の為、タイトル画像に取り込むとき、全体が表示できないのが残念だ。

 散歩のときに息子が撮る ふぶきの 写真は なかなか面白い。
構図やアングルも面白いのだが、なんといっても ふぶきの 表情がいい。
 私の 見たこともないような表情が ふんだんに見られる。


 昨年 ヤギをお迎えすることが決まって、準備をしながら待っていた期間に、息子は 「YouTube やろうかな…ヤギ生活をテーマにして…」と、珍しくポジティブな発言をした。そして、日を追う毎にその意欲は増している様子だった。
 我々夫婦も、滅多にない、と言うか、初めてくらいの息子のポジティブモードを 大歓迎した。

 「やりたいことが見つからない」というのは この年頃に共通して現れる
‟お悩み”だと思う。私にも覚えがある。
 学校にも行かず、‟何もしていない自分” を持て余し、焦れば焦るほど、この「やりたいことが見つからない」問題は 彼の心理的負担になっていたから、我々家族は それぞれの立場で、一筋の光明を見出したような気分になり、大いに盛り上がった。

 タイトルを考えたり、動画の企画を話し合ったり、あれば便利、と思える道具について情報を出し合ったり、
 夫とは、「息子の企画なんだから、余計な口出しは控えよう」とか言いながら、お互いこっそり、他所の‟ヤギ動画”や‟ヤギブログ”を検索してたり・・・
 そして、家族の盛り上がりが最高潮に達したのは、息子のこの発言。

「オレ、ドローン 買おうと思う」

 おぉぉ ドローン‼ 、いいね、いいね! かっこいいね! やった~!

 何が、「やった~」なのかわからない。浮かれ過ぎだ・・・わたし。

そんな流れで、さっそく次の休みの日、家族で ‟ドローン”を見に行った。
そして、息子は お年玉貯金で 手頃な機種を購入した。

ふぶきを 迎えに行くまでの間、何度かテスト飛行をし、準備万端整えた。


 そして、いよいよ ふぶきを迎える当日。
前日に、ふぶきの 居住地を完成させ、その記録も写真に収め、当日、どんな場面の写真を撮っておくかという段取りまで話し合っていた。
 
 牧場に到着し、しっかり、ふぶきを 譲り受けた、帰り道。
 行きとはなんだか様子の違う息子。
仔山羊のかわいらしさに気を取られてはいたが、少し気になった。

 「写真、撮っておくんでしょ?」と促せば、撮りはするけれど、撮影よりも 仔ヤギの 不安気な様子が気になるらしく、さりとて その不安を和らげる手立てを持たない事に、少し苛立ち、ナーヴァスになっているようだ。

 家に到着してからは、不安で 鳴き続ける ふぶきに寄り添って、もう、写真や動画どころではない、という様子だった。
 というか、ふぶきの ‟不安” に同化してしまった。
 そして、子供の頃に戻ったように、質問攻勢が始まった。

「ふぶきは 何で鳴いてるの?」「何を食べさせたらいいの?」「オレは、何時までここにいればいいの?」「散歩に連れ出していいの?」「何時まで散歩したらいいの?」「小屋から出ないけど、どうすればいいの?」「小屋に戻らないけど どうすればいいの?」「この草、食べさせていいの?」「なんか、茶色いヤツ食べたけど大丈夫なの?」「なんで、鳴いてるの?」

 私が、逃げ出すように家に戻ると、スマホをかけてくる息子。
「道路に出ていいの?」「どこまで行っていいの?」「神社に来たけど、いいの?」「この草食べていいのかわからない。ちょっと見に来て」

 三歳の頃に戻ったようだ。

  けれど今回は、私は 何一つ答えを持ち合わせない。

「私達は、ヤギのお母さんにはなれないよ。
 ふぶきが なぜ鳴くのか、何をして欲しいと言っているのか、私達には聞こえない。
 だから、私達はそれぞれ、自分が ふぶきに ‟して上げたい” と思うことをするしかないいんだよ。
 そして、ふぶきをしっかり見てれば、‟これじゃない” とか ‟これでいい” とか、少しずつ分かるようになると思うよ?
 それと、ふぶきが してほしいと思うことを、全部叶えて上げる事は出来ないよ。それは、あなたがして欲しいと思うことを、ととや、ママが 全部は叶えて上げられないのと同じことで、ふぶきを 含めた、家族の暮らしがバランスを崩して壊れてしまったら、元も子もなくなってしまうからね。」

と、話してみた。


新たに ふぶきを 加わえた 家族の暮らしのルーティーンが なんとか定着し始めた頃、息子は宣言した。

「YouTubeはやらない」

動画配信をはじめたら、
‟ビュー”を気にして、その事で頭がいっぱいになってしまう。
"映える”構図の為に ふぶきを 引っ張ったり、
顔や髭をキレイに整えようとしたり し始めるに決まってるから。
そして、ふぶきが 嫌がってる、とか 別の事をしたいとか
そういう事が、分からなくなってしまうと思う。
それに、‟ふぶきの今”ってその瞬間しかなくて、
その時の ふぶきを 直に見ていたいいんだ。
レンズ越しでは、なんか、違うんだ。


 こうして 息子の YouTubeデビュー計画は 白紙に戻り、ドローンはお蔵入りとなった。
 私としては、少し未練は残ったが 息子がこうなってしまったら もうどうしようもない。何を言っても耳には入らない。頑固だから…


あれから、数か月、日々の暮らしに慣れ、心に余裕の出てきた息子は、時々スマホで ふぶきの写真や、短い動画を ‟自分の為”に 撮っている。

タイトルの写真もその一枚だ。
 息子の撮る写真には、彼の ‟大事にしているもの” が 
しっかり写っている。私は そう思う。

あ、ここなら全体が映るのか・・・

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?