見出し画像

生きている理由

5月に入り少し暖かくなってきた。
そんな5月になると「五月病」という流行病が蔓延する。
1人暮らし1年目だった私もその病にかかった。
2022年5月。憎悪という感情だけで生きていたといっても過言ではない状態になっていた。

私の家庭事情は厳しく、母は60歳を超え、他所の家ならおばあちゃんと呼ぶべき年齢だろう。父親と呼ぶべき存在は以前の記事に述べた通り金銭的に頼りにできない。私はフリーターとして当時勤めていたバイト先で働き続けることを視野に入れていた。大学進学したい希望はあったが、金銭的に考えても行きたいとは思えなかった。
その時に大学進学を勧めてきたのが長女だった。
長女は自分自身が高卒であることがネックであり、沢山の嫌なことを経験してきたという。それを反面教師にして私にはどうしても大学に行ってほしかったらしい。その必死さが伝わってきた場面がある。それは私が高校3年の時、長女と長女の彼氏がPowerPointを使ってテレビ電話で熱心に説得してきたのだ。それをきっかけに大学進学を考え、受験すると決めたのは6月という受験生にしてはだいぶ遅かった。
その後、指定校推薦で無事現在通っている大学に合格。
前述した通り、私の家には私立大学に通わせる資金がない。
そのため、学費は貸付型の奨学金を1.2種両方で月約16万借りてそのうち毎月8万を学費として引落用の口座に送金する形を選んだ。

そして大学生活の話に戻る。
なぜ私が憎悪の塊になってしまったか、それは「貧困格差」だ。
引っ越してきてずっとバイトと大学に通う繰り返しをしていた私に対し、同級生は実家で家に帰ると家族がいて、バイトをしなくても週末やGWに旅行に行けるような生活。
正直その時は家族ではなく同級生を恨んだ。どうしても家族だけは憎めなかった。それはこんな私を21年間実家で育ててくれたからだった。なぜ私がバイトをしている時間に彼彼女達は飲み会に参加できるのか。そのお金はどこから出てきているのか。腹が立った。それと同時に、自分の無力さに悔しくなった。

ある日、私は糸が切れたように何もしなくなった。
家のベッドに横たわっているだけ。天井を眺めているだけ。学校にも通わなくなった。これ以上同級生を憎まない為、そして自分の無力さにもう苛まれたくないために。そう思ってしまうくらいに私は自己肯定感が低い、いわゆるブスなのだ。今思えば鬱の初期段階だったのかもしれない。
その後は自殺未遂をしてしまったものの、友人らに助けられなんとか生きることができた。それも以前に載せた記事に書いてるので、気になったら読んでいただけると共感しやすいかもしれません。

今となっては昔話、というわけではない。
今もこの感情は私の中で醜く生息している。
生きている理由。それは一概にこれだとは言えない。
ただ、生きる理由の中の1つに現在の配信活動があることは確かだ。
辛いこともあったが、今配信出来ているのは私を応援してくれる人がいるから、そして大学1年の時の私みたいな人間が1人でも減ってほしいからというモチベーションがあるからだ。

私の生きている理由の1つになってくれて、ありがとう。


この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?