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海外観光客向け〈オルタナティヴ・ニッポン〉都道府県観光ガイド(第十八回)

世界の皆さんこんにちは。私はニッポン在住の旅行ライター、日比野 心労です。

山の青さが空になるとき言葉は浮かぶさ雲よりも高くへ

私が今回ご紹介する地に旅行したときに作った短歌です。慣れない形式の文を紡ぐのは気恥ずかしいものですね。ですが、当地の山と空の青さは本当に格別でした。
急に短歌を詠んでどうしたのかと思われる読者の方もおられるかもしれませんが、今回の観光ガイドはまさに詩歌が重要な旅の要素になってきます。
第十八回は「詩歌山県(しかやまけん)」を取り上げます。

第十八回「詩歌山県」(観光難易度:2【やや易】)

・詩歌山県の自然と風土

詩歌山県はニッポン列島の中央部から南部の、太平洋側に突き出るニッポン最大の半島南側に位置しています。気候は温暖で住みやすく、世戸内海と太平洋に挟まれた海側、多くの山脈が連なる内陸部に分かれ、ニッポン各地の四季折々の原風景が楽しめる土地です。
夏〜秋シーズンの台風の影響も比較的穏やかで、時として苛烈な様相を見せる他県の被害と比べても、県民は多少の対策を立てるだけで台風をやり過ごしていますので、このシーズンの旅行者にとっても十分安全な旅が楽しめるでしょう。
そういった穏やかで情緒豊かな土地だけに、詩歌山県はニッポン古来より成熟した文化の成り立ち易い土地でもありました。古代ニッポンの首都であるヤマト県や、それ以降の文化の中心地である元京都府とも距離的に近く、また大洋に開けた港からは海外の異文化も潤沢に流入してきました。更に、山を背にした半島の突端という戦略的要衝としての価値の低さから、平和で知的な文化を育む素地はあったとも言えるでしょう。
故に、詩歌山県はその名の通り「詩歌」の恩恵を十分に受ける準備はできていました。近代に入り「奇異藩」から「詩歌山県」と改名した理由にはそういった背景があったのです。

・文化と県民性

詩歌山県は、詩歌を中心とした県づくりを進める特異な生活手法を採っています。
まず公用語はほぼ全て詩歌で表現されます。
一例を見てみましょう。これは三月の県議会における定例議会の一文です。

議長「次なるは 塵と芥を眺むれば 
   春の波間にいかにとやせん」
議員A「私は見た。昏き夜に光る海を。
    黒滔々たる虚無に漂うビニールの袋。
    それはまるで魂のように 揺らぎ 浮かび
    我々の努力をまるで嘲笑うかのようだ。
    『命の詰まっていない袋などただの芥。』
    魂の通わぬ漂流者は焔に焼かれ───
    私は、ひとすじのたなびく煙を追った。」
議員B「俺も同意で 今は好意♪ 
    ゴミの投げ捨て ダメな行為♪
    早く条例 キメる総意♫」

彼らは決してふざけているのではありません。これは海岸のゴミ問題を解決するためにポイ捨て禁止条例を制定したときの正式な県議会議事録です。

次に一般的な商行為である、衣料品店での店員と客の会話を見てみましょう。

客「目覚め立ち 身体震わす 早春賦」
店員「いとおしく握った掌また凍みる
   春は名のみの風の寒さや」
客「羊毛の ぬくさ求むる 朝ぼらけ」
店員「あなたにも わけてあげたい ぬくもりを
   ひつじの夢の なかで編んだの」
(春色のセーターをハンガーから取り客に合わせる)

この店は歌会や句会の会場ではありません。これはアパレル店において、まだ朝が寒いので春用のウールセーターが欲しいなと尋ねた女性と店員の一般的なやり取りです。
他にも例を挙げればキリがないのですが、このように県民の殆どは【叙事詩・叙情詩・叙景詩】【文語詩・口語詩】【自由詩・定型詩・散文詩】の形式を使い分けた内容の詩歌を用い合って日々の生活を(違和感無く)送っています。
そこにはいかなるジャンルも許容される自由さがあり、そして驚くべきことに多様な形式間であっても意思疎通は齟齬なく行われます。(議事録の例をとれば、和歌と現代詩とラップのライムで相互にコミュニケーションが取れていることがお分かり頂けると思います。)
ただし、コミュニケーションの速度という点においては、詩歌県民は非常にのんびりとした性格を持っていると言えるかもしれません。相手の発した詩歌に対する返答(返歌、返句、返詩、とでも言うべきでしょうか)を思いつくまでは会話は保留されます。そのためか、ある会話が終了するための時間は(返答話者が対応する詩歌を思いつくまでは)ときに長大になり、買い物の応対が半日がかり、ひとつの議題の結論が出るまで1週間掛かることもザラではありません。
ですが非常におおらかで詩作に対する真摯な姿勢を崩さない県民が多いこの地では、それを美徳とする風潮が長年保たれてきました。旅行者の皆様も、ちょっとした所用で現地県民と会話するときは、場合によっては寛容の精神を大いに発揮していただく事になるかもしれませんのでよろしくお願いします。そのかわり、帰ってくる返答はどれも美しい響きをもってあなたに返ってくることでしょうから。

・文化施設と「熊野三文庫」

このように詩歌山県において特異な文化形態が発達したのには理由があります。
前述した、非常に温暖で、自然災害も少なく、戦火も免れる歴史的背景もあった詩歌山県では、古来より文書保管に最適な地としてニッポン文化の守り手を務めてきた歴史があります。
中でも、戦火の影響や政治的な圧力を受けやすい「詩歌」を中心として守ってきた実績があり、ニッポンの歴史的文化価値のある詩作著作はその全てがここ詩歌山県において厳重に保管されています。
そしてその経験を活かし、廃藩置県後の西洋文化の流入時においては、海外の詩歌文化にもその評判は知れ渡ることとなり、文化的価値のある文芸資料はことごとく詩歌県へ保管依頼が舞い込みました。
その結果、詩歌県は世界で最も図書館が発達した都市として発展し、百歩歩けば図書館に当たる街並みが示すように、人口10万人あたりの図書館数においては過去50年間、ぶっちぎり世界一の件数を誇っています。
また同時に、その豊かな自然と文化水準の高さから創作意欲を掻き立ててくれる土地柄なのか、世界中から詩歌創作者が集う「詩の聖地」としても認識されるようになり、それに合わせて設立された出版社の数も年々増えて来ているのが現状です。(実際、詩歌山県の経済活動において主要な産業は「出版業」次いで「司書派遣業」が長年のワンツートップを占めています。)

その数ある図書館の中でも、桁違いの蔵書数と歴史を誇るのが、「熊野三文庫」と呼ばれる蔵書施設です。
以下、個別にその概要を見ていきましょう。

① 熊野本宮大文庫
こちらの文庫では主にニッポン国内の蔵書をメインに保存・修復・書架整理が行われています。
ニッポン最古の詩歌集である「億葉集(おくようしゅう)」を筆頭に、古今東西の文献や資料、果ては書簡や書き置き、辞世の句、便所の落書きとして書かれた詩までもがあらゆる形で保存されています。
地下20階、地上10階の巨大な書架には、これまでニッポン国内で出版されたもの以外にもさまざまな素材に書き込まれた詩歌が保存されており、木簡、竹簡、半紙、陶器や金属、石碑、衣類、壁(当該部分を削り取って保管しているそうです)など、文字の書ける素材なら何でも有りで、その様相は一種の博物館然としています。
近年は「砂浜にかいたラブレター」をどう保存するかの研究が行われているそうです。

②熊野速玉文庫
こちらは主に海外の文献を蒐集し、保管と修復、翻訳を行う蔵書施設です。
古くは古代メソポタミアの粘土板から、新しいものはVRC空間に書かれた詩のスクリーンショットまで、書籍以外のものでも蒐集されているのは本宮大文庫と同じですが、ここではそれを各国語に翻訳する為のセクションが重要視されています。
現在、各国で出版されている詩歌の翻訳物のほとんどは、ここ熊野速玉文庫で翻訳されたものです。皆さんのお手元に海外の詩歌著作物がある場合、奥付を確認してみてください。翻訳者の殆どがここ熊野速玉文庫に在籍している翻訳者な筈です。

③熊野那智文庫
三文庫の中では一番小さな施設ですが、ここでは、現在入手が不可能となった詩歌を蒐集しています。
言葉に矛盾がある、
とお思いの読者の方もおられるとは思いますが、これは事実です。
ニッポン国内にせよ海外にせよ、陽の目を見ること無く消えていった歌、詠まれることの無かった句、時の為政者や戦争などによって弾圧された詩……などの諸々を、存命の当事者や作者、又はお隣のAWA県の招魂サービスを利用して死者からその内容を聞き取る事により、余すところなく蒐集しようというプロジェクトを担っています。
公に存在しない詩歌の内容を書き取り、活字として遺す事。それが熊野那智文庫の使命なのです。

・詩歌山県の真の使命とは

ここまでお読みになった読者の皆様は、「何故そこまでして県は詩歌を集めようとするのか」と訝しむ方もいらっしゃるかとは思います。地球上に存在する(あるいは「存在しない」)詩歌の全てを蒐集する詩歌山県の目的。その謎を解く鍵は、詩歌山県で唯一「二冊しか蔵書を持たない図書館」である、荒野山文庫(こうやさんぶんこ)にあります。
荒野山文庫は、この地に初めて出来た図書館(文庫)でありながら、県から完全に独立した機関である「荒法(こーぽ)」と呼ばれる謎の組織によって管理運営が為されています。
「荒法」は一種の宗教団体であるとも噂されており、そのトップは代々「大師」と呼ばれ、文庫を護るための巨大な武装集団「躁兵(そうへい)」をまとめています。
その保管しているたった二冊の蔵書は絶対秘本とされているため、機関トップの大師ですらその表紙を見たことはありません。詩歌が書かれていることはどうやら確実なようですが、内容については代々の秘密とされてきました。
ですが、私の協力者「平坦線」の支援を受けた度重なるハッキング調査取材の結果、詩歌山県の高官から衝撃的な証言を引き出しました。荒法の大師に代々伝えられて来た伝承では、その二冊の蔵書は「詠むと世界を終わらせる詩歌」と「詠むと世界を救う詩歌」だという事なのです。
それがもし事実であるならば、絶対秘本である理由も、小国の首都防衛力に匹敵するような警備体制にも納得がいきます。
また、県がこれほどまでに執拗に詩歌を蒐集する理由にも説明がつきます。もし誤って、何処かで偶然にも「世界を終わらせる詩歌」が詠まれた場合、それに対抗する手段が手の届かないところにあるのと無いのとでは社会の混乱具合が大いに違ってくるでしょう。また万が一、秘本自体が両方とも盗難にあった場合、破滅を防ぐ手立てはありません。
故に、詩人や歌人を育て、可能な限りあらゆる詩歌を蒐集し、その時が来たらいつでも「世界を救う詩歌」を詠めるような体制を整えておくこと。それが、詩歌山県が世界から託された真の使命だったのです。
このためか、詩歌山県はニッポン政府からの地方交付金を潤沢すぎる程に受けており、県としての財政は(その経済実態に対しても)十分な潤いを保っているそうです。政府は知っていますね。真相を……。

・おわりに

以上の情報があったからといって、旅行者の皆様は身構えて詩歌山県を訪問する必要はありません。警備体制は盤石であり、自然は優しく住民は皆ロマンチストです。普段から詩作や俳句、短歌などを生業や趣味としている方には、県民は最大限のおもてなしをもって接してくれるでしょう。また、そういった創作活動に縁のない方でも大丈夫です。私のように、滞在中に一首でも短歌を詠む、一句捻る、一編の詩を編むことができればそれだけでもう県民の顔が綻びサービスが手厚くなることは間違いありません。(それだけ、世界を終わらせる力に対抗する手段が増えるのですから。)
ただし、一点だけお気をつけてください。あなたの詠んだ詩歌がもし、何千何万何億何兆分の一、「世界を終わらせる詩歌」と一字一句同じだった場合、何が起こるか私にも分かりません。その場合は、県民総動員の末、全ての図書館から蔵書を引っ張り出し、一大朗読会が開かれる事でしょう。この情報を得た私としては、あなたこそが「世界を救う詩歌」を詠んでくれることを祈るばかりです。

(第十八回 おわり)

【イベント情報のご案内】

来る20XX年四月一日、詩歌山県において全蔵書朗読会が開催されます!
ボランティア参加可!飛び入りでの参加も募集中!
当日の創作も大募集中!
あなたの美声を響かせるときは今だ!
ご参加をお待ちしております!
事前エントリーはこちらから!

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