海外観光客向け〈オルタナティヴ・ニッポン〉都道府県観光ガイド(第十回)
世界の連中、元気かい。こっちも元気だ、心配すんな。
俺はニッポン在住の旅行ライター、日比野 心労だ。
早いもんで、もう連載十回か。今回はニッポン第二の人口を抱えるタフな街[シティ]、大堅府を紹介する回だ。
明日に迷える疲れた顔の連中が行き交う大堅市。その中で、人が希望を失わない街がある。
「深世界」。大堅市難異和区(なにわく、と読む)の1区画に位置するこの街は、様々な人間の集まる街だ。聖人・凡人・悪人やごろつきだっていやがる。誰もが生き馬の目を抜くようなこの世に唾を吐き掛けるようなツラでうろつくこの街だが、こと生きるエネルギーに関しちゃ何処にも引けは取らねえ、そんな街だ。
雨が降れば誰かが泣き、風が吹けば誰かが死ぬようなこの街。
そんな街「深世界」には、金さえ積めば文字通り何でもやってくれる「便利屋」がゴマンと立ち並んでる。
アンタも、人には言えない厄介事を抱えてんだろ?だったら深世界に行ってみるといい。
必ず、アンタの探してる答えが見つかる筈さ。
第十回 大堅府大堅市深世界(観光難易度:4【難】)
・大堅弁(はーどぼいるどべん)の理解について
……とまあ、慣れない大堅弁を使って冒頭を飾ってみましたが、如何でしたでしょうか?
この大堅弁という方言は、現代においてはニッポンのエンタメ界において最もよく知られた方言となっています。比較されるのが日本国の関西弁と言われるいち方言ですが、あちらがコメディパフォーマンスでその勢力を拡大しているのに対し、大堅弁は主にTVドラマや映画演劇において主力な表現として使用されています。
ご注意頂きたいのが、これは決してフィクションでの会話というわけではなく、現実の大堅府の住民は(地域による差はあれ)概ねこのような、多少回りくどく、タフで、斜に構えたような喋り方をしてくるのです。それを踏まえて頂いたうえで、今回のテーマ「大堅府における便利屋の利用について」のレポをお読みいただければ幸いです。
・大堅市深世界へのアクセス
本京都から新リニア幹線で1時間、元京都府を過ぎてすぐ、新大堅駅にリニアは到着します。その後、観光客は直通のエレベーターで地下に降りる事になります。大堅市に足を踏み入れた者は二度と太陽を拝むことはありません。
大堅市全域は例外なく地下に展開されており、地上全域には太陽光発電パネルが敷設されています。地上には発電に関する維持管理施設と送電設備施設しか存在せず、これにより大堅府全域への電力供給が賄われています。地上には何も見どころはありません。
本京都が地上に伸びる巨大構造物を構築し、電力は海上メガフロートの核融合発電所から供給を受けているのとは対照的に、大堅市は大深度地下に街を形成し、地上にギガソーラー施設を設置しました。歴史的・伝統的に大堅は本京都に対して対抗心を燃やす傾向があるのですが、ここまで徹底して真逆のコンセプトで都市計画を立てていることには驚きを通り越して畏敬の念を覚えます。
さて地下街へと向かいます。大堅市の地下は面積約230k㎡、90層に及ぶ階層は深度1kmの深さに達しています。地下街は複雑に入り組み、増築増設を繰り返して建設された街路は「東の本京ラビリンス、西の大堅ダンジョン」として知られています。
衣食住全てが地下で完結する大堅市ですが、擬似太陽光設備を取り入れた循環型都市として近年は改良が加えられており、24時間のうち8時間は「昼間」として街路が照らされます(以前は昼はありませんでした)ので、住民の健康はなんとか保たれていると言えるでしょう。
市内の移動は基本的に徒歩です。これは増改築を繰り返した結果、同層階であっても極端な高低差を生じる箇所が多く、公共交通機関が発達できなかったという歴史的背景があります。そのため各区は徒歩圏内に生活に必要な諸機関、商店、サービスがまとまっており、区外への移動にのみバッテリーバスが使われる程度ですので、旅行者の皆さまにおいては徒歩用の装備を充実させておく必要があります。
しかし徒歩での移動だからといって悲観する必要は微塵もありません。大堅市の街路はいずれも興味を引く看板や賑々しいホログラフィック広告、雑多な街並みながらも活気にあふれた飲食店や多彩なショップが連なり、さすが西ニッポン最大の都市といった趣さえありますので、決して退屈するようなことは無いでしょう。
ですが、今回の目的地である大堅市難異和区、その一画を占める街区に向かわれる際は、十分に気を引き締めておいてください。衣服の下の防弾チョッキの準備はいいか、飲食物に混入される薬物などへの抵抗力を増加させる消化器インプラントの動作は正常か、携行武器の残弾数、監禁されたとき用の奥歯に仕込むGPS発信機、ちびった時用の替えのパンツ等々……準備が出来たなら、「通地閣」と呼ばれるエレベーターで最下層BF90のボタンを押しましょう。
強いGを感じたのちに高速エレベーターが止まり、ドアが開きます。あなたの眼前に広がるのは、暴力と混沌、死と欲望がチークダンスを踊る街、「深世界」です。
・「新世界」の概要と「便利屋」
さてここからは、私の知己を頼ってインタビュー形式でご紹介させて頂きます。深世界で四代続く下駄屋を営む傍ら、深世界商工組合の理事を務めておられる澤野氏です。
(心労)──今日はよろしくお願いします。
澤野氏:「どうした。久しぶりじゃないか。てっきりくたばっちまったと思ってたが、まだ生きてたのか。」
──はは。澤野さんもお元気そうで。
「死神からの訪問販売は断ってんだ。こっちの商売の邪魔するなってな。それで今日は深世界のガイドやって欲しいんだって?」
──はい。澤野さんから見た深世界の魅力と便利屋についてご紹介いただければと。
「深世界の魅力ゥ!?ここで50年生きちゃいるがそんな大層なもんにはお目にかかったコトは無えな(笑)。
まあひとつ言えるのは、タフな奴なら生き延びられて、アタマの足りてる奴なら稼げる街だ。もっとも、一番大事なのは「臆病」ってヤツかも知れねえけどな。」
──やはりまだまだ危険の多い街なんですか。
「そうだな。気を抜いたら身ぐるみ剥がされ素寒貧で放り出されるか、身体刻まれて臓器を一個一個フリマで売り捌かれる状況は変わっちゃいねぇな。(ここで外から爆発音と銃声が聞こえました。)
ただ、俺たち便利屋の仕事がいつの時代も重宝されてんのは事実だ。悪徳企業のスパイ、人探しや人攫い、ヤバい荷物を運ぶための手配や、ケツに火のついたVIPを安全なとこまで逃がす、風呂の修繕から猫ちゃん探しまで、こんな仕事、俺たちにしか出来ゃしねぇ。」
──深世界は、いわゆる「便利屋」の集積地、ってとこなんですね。
「おう。それもとびきりのヤバいやつのな。そうだ、丁度あんたのネタになりそうな案件が一個あるんだが、これから現場を観に行ってみるかい?腕っこきの奴に依頼を割り振る予定なんだが。」
──それは興味深いですね。是非お願いします。
「よし。んじゃついて来てくれ。ちょっと面白い奴に会わせてやるよ。」
・便利屋の実地調査
「おう、チエちゃんいるかい」
ホルモン焼き屋の暖簾を潜ると、澤野氏はそう言ってドカッとカウンターの椅子に腰を下ろしました。手慣れた仕草で冷蔵庫から抜いた瓶ビールの栓を歯で開け、ひと息で半分量を飲み干します。
「また勝手に呑んで。いつも通りツケておくからね?」
そう言いながら店の奥から出て来たのは、エプロン姿の十代後半に見える少女でした。
──澤野さん、こちらは?
「おお、紹介するぜ。こいつは俺の娘、チエってんだ。どうだ、可愛いだろ?」
「やめてよお父ちゃん!初めまして、澤野チエって言います。ホルモン焼き屋やってる傍ら、便利屋を始めたところです。」
チエさんははにかみながら、ぺこり、とお辞儀をしました。
──凄いですね。この歳で便利屋稼業で独立を?
「いえ、仕事の大半はフィクサーのお父ちゃんから回して貰ってて。まだ駆け出しなんですよ。」
「謙遜するなよチエちゃん。そうそう、また仕事の依頼だ。」
ビールを最後まで飲んだ澤野氏は、取り出したタバコに火を付けながら、カウンターの上に書類を置きました。
「今回のはちょっとヤバいぞ。昨日までで腕のいい中堅便利屋が3人ヤられてる。ひとりは下水処理場でバラバラで見つかって、他の2人は死体も出て来ねぇ。ただし報酬は破格だ。あと、当然だけど警察マスコミには絶対見つからないようにこなす必要がある。ヤるかい?」
「依頼の期限はいつまでなの?」
「時間も無ぇ。のこり2日だ。」
「まーたこういう案件ほっといたのね。お父ちゃんの悪い癖ね。報酬5割り増し。」
「仕方ねぇだろ。他に誰も手を付けたがらない案件だ。3割5分でどうだ。」
「まあ、あたしならできるけどさ。4割5分。」
「そんなんじゃ父ちゃんの飲み代の取り分が」
「わーかったわよ。ツケ解消も合わせて4割で受けるわ。これでいい?」
「痛いところ突くんじゃねぇよ。分かったよ。4割増しな。」
そう言うと澤野氏は冷蔵庫からもう一本ビールを取り出そうとしましたが、チエさんにアームロックを極められたので断念してしょんぼりカウンターに座り直しました。
──ところでどういった案件なんですか?ヤバい匂いがしますけど……。
そう聞くとチエさんはニコっと笑いながら言いました。
「ペット探しですよ。」
──ペット……ですか?死人が出たとか今……
「ペットはペットでもな、金持ちの道楽で生み出された体長10mの遺伝子操作された強化ライオンなんだよな。」
──ライオン!?!?
「うふふっ。あたしネコ好きなんでちょっと楽しみなんですよ。」
「これから行くだろ?日比野さんも連れて行きな。お前の仕事っぷりをカッコよく書いて貰わなきゃな。」
──いえ、あの……僕も行くんですか??
「当たり前だろが。現場見ないでどうやって書くつもりだ。」
「大丈夫ですよぅ。ちょっと追いかけっこすればすぐ見つかりますから。」
すると、澤野親子はワッハッハ、と揃って笑い声を上げました。私は、遺書を書いて来るんだったと本気で後悔しました。
・(翌日)依頼を終えて
──いやぁ鮮やかな手際でしたね。
「言ったでしょ?ネコ好きだって♫ あ、ホルモン焼けましたよ。」
──ああどうも。(食べる) あ、これ美味しいですね。
「あたしのホルモン焼きは大堅市イチバンなんですよ。その割には繁盛しないけど。」
肉を焼く香ばしい煙の立ち込める中、他に誰も客がいない店内でインタビューは続きます。
──しかし、まさか高濃度マタタビであそこまでライオンが大人しくなるとは……。
「ふふっ。おなじネコ科だもの。好きなものは好きなんですよ。」
──あと、チエさんライオンと何か会話してませんでした??
「あ、バレちゃいました?そうなんですよー。あたし、動物とお話しができるんです。」
──お話しが、できる。
「何でかはわからないんですけど、あっちの言うことが理解できてこっちの話すことも分かってくれるみたいで。そのおかげでなんですかね、あたしの所にやって来る依頼は動物関係の案件が多くて。」
話しながら、慣れた手つきでハイボールが出来上がっていきます。シュワシュワと炭酸の泡の弾けるジョッキを受け取って私は聞いてみました。
──他に、いわゆる「タフな」案件を手掛けた事はあるんですか?
「タフ、にも色々種類がありますけど、本気でヤバいのはお父ちゃんのところで止められてるみたいですね。盗みとか、運びとか、あと(自主規制)とか。」
──この仕事についてはどう思われているんですか?
「それは、世間に胸張って誇れるような仕事じゃないですよ。でも、お父ちゃんの仕事を見てると、ああ、こういう人達も世の中には必要で、たとえ悪い人でもどうしようも無くなった時には助けてあげられる人って必要なんだなーって思います。お父ちゃんにはまだまだ甘っちょろいって言われてますけどね。」
──優しいんですね。
「えへへ。お父ちゃんがよく言うんです。『この世の中はな、タフじゃなければ生きていけない。でも、優しくなければ生きていく資格がない』って。あ、日比野さんって物書きさんなんですよね。これ、どこかの有名なセリフだったりします?」
──レイモンド・チャンドラーって作家の作品に出てくる登場人物の言葉ですね。
「ふーん。あとでお父ちゃんに腕ひしぎ十字固め極めておきます。俺が考えたこのセリフで、死んだお母ちゃんをモノにしたんだ、なんて嘘ついちゃって……。」
そう呟くと、チエさんは神棚の隣に立て掛けられた家族写真に目をやり微笑みました。笑顔の父、母、そして小さな女の子。
──チエさん、今日はありがとうございました。お礼と言っては何ですけど、私からひとつ、依頼というか……チエさんの宣伝みたいな記事を、書いてもイイですか?
「えっやだ嬉しい(笑)構いませんよー!どんな記事になるんだろ。できたら見せてくださいね!」
・おわりに【宣伝】
大堅府大堅市。昏い地下深くに蠢く人間の欲望。それを坩堝に入れて溶かして出来たコンクリートで固められた街、深世界。
逃げ場も失い、人生がどん詰まりになっちまった奴は此処に来な。ここの奴らも大概がどん詰まりな人生を送っちゃいるが、それでも笑顔は絶やしてねえ。文字通りの地の底でモグラみたいにもがく生き方だけど、モグラがいなきゃ地面に綺麗な花は咲かねぇのさ。
そしてもしアンタが、人間ってやつに愛想が尽きたうえに、自分の飼ってるペットにすら見放される程落ち込んでいたりする時があったら此処へ来な。美味いホルモン焼きを出すちいさな店の可愛い店長が、アンタとペットのあいだにちょっとした絆を作ってくれるかも知れないぜ。
(第十回 おわり)
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