海外観光客向け〈オルタナティヴ・ニッポン〉都道府県観光ガイド(第十五回)
世界の皆さんこんにちは。私はニッポン在住の旅行ライター、日比野 心労です。
まず、今回紹介いたします「桃山県」のとある出来事に関する下記新聞よりの引用抜粋をご一読ください。
かつて栄華を誇ったピーチマンランド。もはやこの記事を書いている今となっては思い出でしかありませんが、今回はこのテーマパークに関する観光ガイドを記して行こうと思います。
第十五回 桃山県[ももやまけん](観光難易度:2【やや易】)
・桃山県へのアクセスと見どころ
本京都からハイパーループリニアで約1時間15分、もしくは空から国内線で一時間弱もすると、ニッポンの中国地方の主要都市、桃山県へ到着できます。
世戸内海に面したこの県は、かつてニッポンいちの日照時間を誇る農業県として知られ、西ニッポンの食料庫としての地位を築いてきました。近年はその気候を活かした果樹栽培が盛んで、ニッポンにおけるマスカット生産量のトップシェアをはじめ、梨、桃などの評価も高まっています。収穫シーズンの観光としてはぶどう狩り、桃狩りなどの体験型観光農園の人気が特筆できるでしょう。
また世戸内海の島々を臨む景観も美しく、世戸内海の水上交易で栄えた蔵織市の、エド時代から続く歴史的な街並みが散策できます。山間部に目を向けると、北西部にある井蔵峡で滝や鍾乳洞を楽しむこともできます。
しかしそれらの優れた見どころから群を抜いて桃山県を有名にしたのが、前述の「ピーチマンランド」及び、世界的にも有名な絶対無敵の完全ヒーロー、ピーチマンその人なのです。
・ピーチマンとは──その実績とピーチマンランド──
世界の皆さんも、「ピーチマン」、その名を一度は耳にしたことがあろうかと思います。第二次世界大戦以降、世界の危機を何度も救ってきたヒーロー、ピーチマン。その実態は大戦で製造されたオーバーテクノロジーサイボーグとも噂され、はたまた宇宙からやってきた光の戦士ではないかと主張する人もいます。
主要な活躍としては下記のようなものがあります。
・日本に幾度となく現れた巨大怪獣を撃退する
・未来からやってきた殺し屋サイボーグを素手で倒す
・地球侵略を企む凶悪宇宙人を宇宙船ごと消滅させる
・地球に向かって落下する巨大隕石を金属バットで打ち返す
・比尾山大噴火、1999年世界気候大変動を止める。
などなど、その活躍ぶりには枚挙に暇がありません。
年齢不詳(本人へのインタビューにより、自身は長命の存在であることを表明しており、不老不死という訳では無いそうです)ということもあり、長年に渡っての活躍は世界中の人々の尊敬と、犯罪者にとっては畏怖をもたらしてきました。その彼の偉業を讃え、今から五十年前、ピーチマン記念館が、彼の本拠地であるここ桃山県桃山市に建設されたのです。
当初は彼の功績や記念品などを紹介するだけの施設でしたが、世界中からやってくる彼のファンに向けて、ピーチマンランドは次第にテーマパークとしての形を為していきます。
大幅に改修と増設が行われたのは19XX年で、その年の4月にピーチマンランドはニッポン初の本格的テーマパークとしてオープンしました。そして初年度来場者数は二千万人を超え、世界各地からこぞって人が押し寄せる事態となりました。またその翌年には運営会社である株式会社オクシデントランドが株式市場一部上場を果たし、ニッポンを代表するエンターテイメント企業として世界にその名を轟かせました。
テーマパークの基本コンセプトは「夢と力の王国」。ピーチマンが掲げる平和への夢、そしてそれを為すための圧倒的なパワー。来場者はさまざまなアトラクションやパレードでそれを体験し、またここでしか買えないピーチマン限定グッズを買い漁ってピーチマンの偉業を讃えました。例を幾つか挙げましょう。
襲い来るタコ型宇宙人をピコピコハンマーで撃退する「ピーチマンパニック」。
時速マッハ25で疾走するピーチマンの速度が体験できる「ピーチマンコースター」。
世界各地の文化とピーチマンが交流する様子を、エレクトロニクス制御のロボットで体験できる「ピーチマンスモールワールド」。 などなど。
ピーチマンの活躍によってランドの名声は高まり、ランドの収益の一部は世界平和の為の基金として使われることもあって、世界中の人々からの好意と賞賛を受けてピーチマンランドは隆盛を極めました。
では何故、ここまでの人気を博したピーチマンランドはその人気を凋落させ、閉園の憂き目に遭ったのでしょうか?私はその謎を確かめるべく、桃山県在住のピーチマンその人に直撃インタビューを試みました。以下はその記録です。
・ピーチマンへのインタビュー
──ピーチマンは住所をネット上で公表しており、私は桃山市の桃山駅からバスで25分のその住所に訪れた。寂れた場末のような澱んだ空気が漂う街の一画、集合住宅が密集する日当たりの悪い土地に建てられた木造アパートの二階の一室、そこにピーチマンは住んでいる。
通路には使い古された二層式の洗濯機が置かれ、錆びついた鉄製の手摺は何度も塗り直された塗料が剥げている。途中通りすぎた一室の換気扇から魚の干物を焼く匂いが漂ってくる中、私は「吉備津 ピーチマン」と油性マジックで書き殴られた表札の掛かるドアをノックした。
のそり、と出てきたのは、痩せて無精髭を生やし、かなりくたびれたスウェットの上下に身を包んだ長身の中年男性だった。
──初めまして。日比野 心労と申します。
「どうも、ピーチマンです。あ、こんな格好で申し訳ありません。本当はちゃんとしたピーチマンスーツを着ておくべきだったんでしょうけど、あいにく質に入れちゃってまして……」
──いえ、お構いなく……最近もお忙しいんですか?
「はは……最近はヒーロー活動もめっきりとね……まあ、この話題はまた後で。それで、ピーチマンランドについて?ですよね。今日のインタビューについては。」
──「はい。何故あそこまでのテーマパークがこんな急な閉園にまで至ったのかを教えて頂ければと。」
「急な閉園ね……(彼は遠い目でどこかを見つめる)。いいでしょう。全てをお話しします。」
8畳一間の畳に私たちは向かい合って座り、出涸らしの茶の入った湯呑みをちゃぶ台に置いてインタビューは始まった。
「そもそも、十年ほど前までは、入場者も減っているどころかむしろ微増していたんですよ。経営状態も良い報告を受けていて、次は『ピーチマンランド・シー』っていう海をテーマにしたアトラクションも増設する予定だったんです。」
──当時のニュースは拝見しました。私もシーがオープンしたら行こうと計画していました。
「ははは……ありがとうございます……。」
──それが何故このような事態に?
「原因はたったひとつ、『私に人気が無くなった』からです。まあ、それから波及して経営陣が不正を働いたってのもありましたがね。」
──人気が、なくなった。
「ご存知かもしれませんが、私もかなり活躍してきまして、その結果、世界に対する脅威をあらかた解決し尽くしちゃったんですよ。怪獣や宇宙人は私を警戒して地球侵略を控えるようになりましたし、自然災害だって地球の危機レベルのものは毎年起こってくれるわけじゃありません。皮肉なものですね、危機を除こうと奮闘すればする程、私自身は活躍の場を失っていく。
そこで私は、危ない橋を渡ることを選んでしまったんです。」
──私も聞き及んでおります。冷戦終了後の世界各国の紛争への介入ですね。
「そうです。今まで全人類的な脅威を尽く排除してきた私は、更なる世界平和のために地上から紛争を無くそうと奮闘の方向性を変えました。ユーゴ、コソボに始まり、アフガン、パキスタン、東ティモール、シリア、イスラエル……まあ、主要な紛争にはだいたい介入してきました。その結果、停戦に結びついたものも少なくはないのですが……」
──それが、世界のパワーバランスを崩したと。
「仰る通りです。真に政治的に中立な正義というものは無い、という事を私自身が理解していないまま、あっちの勢力の言い分を聞いては手を貸し、こっちの政府の言い分を聞いては手を貸し……そんなことを無自覚に繰り返すなか付いたあだ名が
──「バットマン(コウモリ男)。」
「笑ってしまいますよね。現実のヒーローが架空のヒーローのあだ名を付けられてしまうんですから。まあ、そんなわけでバクチで勝ちすぎた私は、胴元連中の不興を買ってしまったわけなんですね。米、露、中、EU、アラブ諸国、アフリカ諸国、中南米。全方位からの私に対するネガティブキャンペーンです。」
──十年前に始まった一連の。
「そうです。あれは堪えた。アレで私、分かったんです。現代においてはヒーローの無敵のパワーよりも、『情報』の方が強いって事に。
──心中、お察しします……。
「そんな私ですが、ニッポンだけは故郷ということもあり多少は擁護してくれていました。急激に減っていったピーチマンランドの入場者数ですが、一時期はニッポンのお客さんだけで支えて貰っていた時期もあったんです。」
──それが何故こんなことに?
「私はランドの経営を、三人の経営陣に任せっきりだったんですけども、その三人が全員、売上を架空計上して横領を働いてしまいましてね……犬山、猿田、雉野。あいつらだけは、私を見捨てないと思っていたのに……」
そう呟くと、ピーチマンは声を詰まらせて湯呑みの茶を啜った。しばらくの沈黙。
「……結果、背任罪・横領罪で三人は逮捕、起訴されて有罪が決まり、残されたのは負債の山でした。シー拡張の計画も白紙となり、ランド運営は残されたスタッフと私で行うことになったのです。」
──でも、ニッポンの固定ファンはまだ貴方を見捨てていなかったんでしょう?それがなぜ閉園という結果に……
そう私が言い終わるタイミングで玄関ドアがガチャリと開いた。ガサガサとレジ袋の音。ドスドスとした足音。
「ただいまなのねん!勝った勝った!10万円使っちゃったけど2万円くらいは勝利できたのねん!」
「神男!いまお客さんが来てるんだ、ちょっと静かにしてくれないか……。」
「あれぇ、珍しいのねん!初めまして!ボク凡比 神男!ピーチマンさんとラブラブ絶賛お付き合い中なのねん!」
満面の笑みでパチンコ屋のロゴが入ったレジ袋を振り回し。ポッチャリ体型の男性が自己紹介をしてきた。私も苦笑いをしながら握手を交わそうとする。と、その瞬間
「いけません!彼と握手はダメです!!!!」
私が伸ばした手は目にも止まらぬ速さで払い除けられた。ピーチマンは悲しそうな目で凡比氏を見つめている。
「彼は……彼は『貧困』の神を受肉させた存在なのです。接触した時は……貴方に世界中の『貧困』が降り掛かります。」
凡比氏と私は、キョトンとした顔でピーチマンの方を向いた。
・ピーチマン最後の戦い
「『情報戦』に敗けた私は、それでも世界平和の為に戦う意志を持ち続けていました。いやあ、無い知恵を振り絞って勉強したりしまして、ひとつの可能性に懸けたんです。『貧困が、世界の危機のひとつである』と。」
「私はすぐさま高天原県へ向かい、神々と朧げな会話を交わしました。世界中の貧困を、私に集めてくれと。そしてその貧困と戦い、勝ってみせると。光が満ち、私は目を眩ませました。そしてその一瞬のあと、目の前に立っていたのが“彼”……つまり、貧乏神です。」
凡比氏は、愛くるしい笑顔でピーチマンに擦り寄った。
──それで、勝てた……のですか?
「その出現のあと、世界銀行グループの貧困率調査を追っていましたが、世界全体の貧困率は年ごとに下がっていました。これが勝利か敗北かは私にも分かりません。ですが、彼を倒そうとか、打ち負かそうとかいう感情は、私の中から消えてしまったのです。私に付き纏う彼のことを、最初は疎ましく思い、日に日に貧乏になっていくピーチマンランドを見て彼を憎くも思いました。ですが、日々を一緒に過ごすうちに彼の天真爛漫さを次第に受け入れている私にも気づいたのです。
そう……いつの間にか、私は彼を愛してしまっていました。」
彼は、「貧困」を倒し、負かすことよりも、その身に貧乏神を背負い、世界の貧困の一部と共に歩く道を選んだのだ。それこそ、ピーチマン史上最も困難な戦いではなかっただろうか。
「もちろん世界の貧困は未だ無くなることはありません。これは私だけの力ではなく、各国の指導者や政府、そして国民の不断の努力で勝ち取られるものなのでしょう。私はただ、援護する事しかできません。
そしてその代償として失ったのが、虚栄に満ちたあの『ピーチマンランド』だったのですから、今さらそのことを悔やんではいません。むしろ、重荷がなくなって心が軽くもあります。」
そういうとピーチマンは穏やかな笑顔を凡比氏に向けた。ふたりの間に、なにか柔らかな時間が流れたような気がした。
・おわりに
──それで、閉園してしまったピーチマンランドは今後どうされるんですか?
「今後、私自身があの跡地の経営に携わる意思はありません。なにせこちらには貧乏神が付いてますから(笑)。それよりも、知人の又柄 金太という男性が農業を始めたがっていますので、マスカット農園を、あの跡地に展開してもらおうかなと思っています。『又柄金太マスカット農園』。良いでしょう?」
というわけで、読者の皆さんには残念ですが、ピーチマンランドは今後も復活する予定は無さそうです。代わりに、広大な跡地で今後展開されるであろうマスカット観光農園にご期待ください。
そして桃山県を訪れた際は、我々の世界の平和を裏から支えてくれているピーチマン(とその愛する貧乏神)を、陰ながら応援していこうではありませんか。
と、ここまで書き終わって気づきましたが、
ピーチマン、農園にその名前はダメだ。たぶん、変えた方がいい。
(第十五回 おわり)
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