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海外観光客向け〈オルタナティヴ・ニッポン〉都道府県観光ガイド(第十七回)

世界の皆さんこんにちは。私はニッポン在住の旅行ライター、日比野 心労です。
今回は、連載初の試みであります「観光ツアー」に潜入したレポを中心にガイドを記していこうと思います。
対象県は「高鳥県」です。

第十七回 高鳥県[たかとりけん]
(観光難易度:4【難】)

・高鳥県不動産見学ツアー

先日、私の友人であり日本の建築会社社長である「ペギ山 凛太郎」氏が自宅に遊びに来た際、私にとある旅行ツアーを持ちかけてきました。
「高鳥県不動産見学会」と記されたそのパンフレットを見ると、地上1,000mの超超高層タワーマンションの分譲募集を兼ねた高鳥県観光ツアーが実施されているそうで、近々ニッポンにど派手な移住を考えているペギ山氏はこれ幸いと申し込みをしたそうです。
ところが一点ミスがあり、ペア旅行ツアーだったことが後から判明。独身のペギ山氏は急遽相方を探さなくてはいけなかったそうなのですが……

「頼むよ心ちゃん。一緒に行く予定だったクラブのママが急に予定が入っちゃってさ。どーしても行けるやつが居なくってなぁ。明日、急で悪いんだけど、取材がてらついて来てくれない?」
「明日ですか!?ホント急ですね。まあ、こっちは予定も無いから大丈夫ですけど……明日ですか。しかも高鳥県……。本気ですか?ペギ山さん。」
「本気?……って何が?そういえば心ちゃん何回か高鳥県に行ったことあるんだっけ?どんな所なのよ?」
「ニッポン中国地方最大の都市ですからね、仕事で何回か。日本じゃあまり知られていないんでしたっけ。」
「日本でいえば鳥取県あたりだろ?最大の都市って言われても、ピンと来ねぇなぁ。」
「分かりました。時間も無いですし、行きのリニアと電車の乗り継ぎ車内で詳しく話しますから、明日、集合時間に遅れないで来てくださいね?」
「おうわかった。んじゃ明日、朝六時に本京都駅2761番ホームでな!!」
そう言うとペギ山氏は滞在先の本京都マリトッツオステーションホテルへ帰ってしまいました。大変な事です。準備も無しに他国民が高鳥県へ向かうとは。私は高鳥県へ向かう四時間弱の車内で、ペギ山氏をどうやって暗示に掛けようかの徹夜の算段に入りました。

翌朝。

ペギ山氏は、昨夜本京都のギロッポン地区で飲み過ぎた二日酔いらしいドロドロの顔で私の前に姿を現しました。さすがイケイケな社長です。ベタすぎるその姿を見て私は心の中でガッツポーズをとりました。今なら彼を容易く暗示に掛けられる、と。
集まった(本京都民以外の)関東近圏のツアー客はそれぞれ、思い思いのやり方でマインドセットを確立しています。ホームで坐禅を組み瞑想する者、自己暗示用のヘッドギアを入念にチェックする者、互いに暗示をかけ合っているペアもいます。ペギ山氏はその光景を不思議に眺めながら私に訊ねました。「なあ、これからなにが始まるんだ?」
私は答えます。「なあに、大したことはしませんよ。ちょっと、高鳥県に向かう気分を高めているんですよ。」
そう言いながら、私はポケットの中の糸を結んだ五縁玉(日本でいうところの五円玉)を握りしめ、通信教育で習った洗脳 暗示のイロハを心の中で復唱するのでした。

・高鳥県へ向かう車内にて(レクチャー)

高鳥県はニッポンの中国地方最大の人口を擁する県であり、同時に(総人口が不明な某県を除けば)ニッポン海側最大の都市である高鳥市がある県です。
中国地方で生産される工業製品の海路での輸出を一手に引き受ける境界(さかい)港を筆頭に、TSUSHIMA経済特区経由で輸出入される西ニッポンの交易の玄関口でもあるこの県は、その面積の小ささとは裏腹に、近年は工業・商業の発達が目覚ましいものがあります。(沿岸部に林立する重工業や精密機械の工場を彩る夜景は、工場夜景クルーズとして観光客に人気を博しており、工場見学ツアーも毎回盛況の様子です。)
そのためか、新興の住民の受け入れには積極的で、過疎化が進む他県を尻目に唯一人口が増加傾向にある県でもあります。
市街地に目を向けると、狭い土地面積を活かした高層ビル区画が建ち並んでおり、「ニッポンの摩天楼」という別称も付けられている、たいへん栄えた街並みが続きます。(この夜景をヘリで巡るツアーも人気です。)
このように、過密都市とでも言える高層建築物で有名な高鳥市ですが、ひと昔前までこの土地は一面が砂に覆われた不毛の土地でした。現在もそうです。

「は?ちょっと待ってよ心ちゃん、そんなとこにタワマン建つの?地盤は?って言うか砂地?え?」

ちょっと黙って聞いてください。現在でもなお、ところどころの市街地の地面は細かで軽い砂の層に覆われており、住民及び観光客の立ち入りは禁止されています。もし仮に砂の地面に立とうものなら、1分と掛からないうちに全身が砂の底に沈み、暗い地底に呑み込まれてしまう事でしょう。

「いやだから有り得ないって!基礎工事は!?地盤は!?そもそもどうやって建物が建ってr

黙って聞きなさい。
そこで二十年前、高鳥県は発展を求めるべくある技術を開発しました。それが、反知性パワージェネレーターです。これはそこに住む、あるいは訪れた人間の思考を原動力にする一種の反重力装置で、「高鳥県は繁栄し続ける」「高鳥県の地盤は硬く強固である」「高鳥県の建物に地盤沈下は起こり得ない」などの、物理学、工学、地質学などの権威を完全に無視した、信仰にも似た信念のエネルギーを利用した装置です。この装置システムを県内全域に張り巡らす事により、いかなる建築物も地盤に関係なく、揺らぐ事のない堅牢さで存在し続けていけるのです。
反知性パワージェネレーターの仕組みはとても繊細で精密なシステムを利用しています。ですので、ここを訪れる人間は一人として疑うことなくこの信念を持たなければ、高層ビル群は文字通り砂上の楼閣として砂の底に沈んでしまうのです。

「いやいやいや無理だって!それ無理!どんな仕組みかわかんないけど俺は無理、帰る!次の駅で降りt

黙りなさい!そしてこれを見なさい!
(と、私はペギ山氏の眼前に糸でぶら下げた五縁玉を突きつけ、それを左右にユラユラと揺らします。すると、ペギ山氏の二日酔いで濁った目がそれを追います。)
私の後に続いて言いなさい。
「高鳥県の地盤は硬く強固である」
「は!?高鳥……県の……地盤は硬く……強固であ……る……?」
「高鳥県の建物に地盤沈下は起こり得ない」
「高鳥県の……建物に……地盤沈下は起こり得ない」
「高鳥県は繁栄し続ける」
「高鳥県は……繁栄し続ける」
「高鳥県は繁栄し続ける」
「高鳥県は繁栄し続ける」
「高鳥県は?」
「繁栄し続ける」

洗脳 暗示完了です。私は荒い息をつくと、もう何度めかになる自分専用の自己暗示ヘッドギアを装着しました。
乗り継ぎの電車はもうじき高鳥駅に到着します。

・観光ツアーにて

高鳥駅を出た我々ツアー客一行は、用意された観光バスに乗り込み砂の街路に出発します。路面は滑らかでバスの振動は殆どありません。終始笑顔のペギ山氏は、立ち並ぶ超超高層ビル群を眺めながら、「やっぱドバイよりこっちにして良かったなぁ!」とご機嫌で私の背中をバンバン叩きます。
「えー皆様、最初の目的地の高鳥タワーに到着致しました。自由時間は1時間となっておりますので、時間厳守でお願いいたします。」
催眠ミラーシェードサングラスを掛けた添乗員の男性が無駄に明るい声で我々に告げました。きっとミラーの中はガンギマリの眼をしているのでしょう。鼻歌混じりの添乗員の横を通り抜け、我々は地上1万mの高さの高鳥タワーに入り、リニアエレベーターに乗り込みました。
気の遠くなるような速さで地面が遠ざかります。このシースルーのリニアエレベーターは高鳥タワー目玉のひとつで、反知性パワージェネレーターを利用したゼロG加速の高速エレベーターは観光客にも人気のアトラクションとなっています。
最上階の展望室に着きました。眼前には雲と青い地球が広がり、ジェット機が我々と同じ目線で通り過ぎて行きます。ペギ山氏はバッグから一眼レフのデジカメを取り出して辺り構わずパシャパシャと写真を撮り始めました。

ランチは高鳥市で初めてミシュランガイド三つ星を獲得したホテルレストラン「シゲル・ミヅキ」でフレンチコースをいただきます。ここは、高鳥砂丘で昔から獲れている「ヒトダマウオ」という砂中生物のフリットが名物で、柔らかい砂の中で泳ぐように生息するウーパールーパーに似た生白い魚に衣を付け揚げた料理です。ペギ山氏は高級そうなワインを追加で頼みながら、「あんな硬い地面の中にこんな柔らかい肉した生き物がいるなんて不思議だよなぁ、心ちゃん!ガハハ!」と二日酔いの迎え酒がすすんでいるようでした。

さて午後からは目的の物件に訪問します。我々がタワマンの豪奢なホールに集合すると、添乗員の男性は無駄に明るい声で説明を始めました。

「去年完成したタワーマンション『ゲゲゲヒルズ』は高鳥市いちの高さを誇るマンションで、ドバイのブルジュ・ハリファを抜いて今年世界一の高さのビルとしてギネス認定を受けました。また、ブルジュ・ハリファとは違い、最上階の250階まで全てが居室となっており、その全てがラグジュアリーでスイートな作りになっております。建材は一流の堅牢な非伝導不燃材で構成され、落雷や火災、台風などの災害とは無縁の強度を誇っています。また、先程皆様が体験されたリニアエレベーターがマンションにおいて初めて実装された高鳥市最新の建築となっております。
皆様それぞれのご希望のお部屋のモデルルームキーをお渡ししておりますので、各室をどうぞご自由にご見学くださいませ♫」

私とペギ山氏は、最上階250階のスペシャルインクレディブルラグジュアリーグレーターインペリアルスイートという長すぎる名前の一室へ向かいます。スペシャルうんたらともなると一階から直通のリニアエレベーターがありましたので、我々はそこに乗り込みました。
「ペギ山さん、大丈夫ですか?顔がものすごく赤くなってますけど……」
「らいじょうぶよ心ちゃん!ちょっと、ワイン飲みすぎちゃったオエみたいだなアハハ!」
ゼロGとは言え加速するシースルーエレベーターから見える景色は、確かに二日酔い+二本のワインを空けたペギ山氏の三半規管を刺激して止まないようです。何度かえずきながらも彼は笑顔を崩しません。あ、ちょっと何かを飲み込みやがった……耐えた。私の背筋を冷たい汗が伝います。まさかココで吐くんじゃねぇだろうなコイツ。
張り詰めた緊張を孕みながら、エレベーターは最上階のスペシャルなんたらかんたらに到着しました。助かった。

・幻想の崩壊

入室一番、ペギ山氏は脇目も振らずトイレを探します。モデルルームでありますから土足はマズいのですが、お構い無しにドタドタとエントランスから乗り込んだペギ山氏は、あっちのドアを開けこっちのドアを開けトイレを探しているようです。
私は出来るだけその瞬間の音を聞きたくはなかったので、ダダっぴろいリビングルームのカーテンを開けて見える眼下の街並みを眺めることにしました。
階下のビル群を縫うような街並みを歩く人はもう小さな点以下の大きさです。それでも、堅牢な砂の街路を歩く群衆の賑やかさがここまで聞こえてオエ来るようです。
あ、やったな、アイツ
読者の皆様には大変申し訳ないので、ここで一曲美しい音楽でも聴いていてください。備え付けのサウンドシステムを起動しますね。曲はJ.Sバッハで「主よ、人の望みの喜びよ」。ピアノ演奏はフリードリヒ・ヴィルヘルム・シュヌアーでお楽しみくd
「心ちゃん!大変だ!マズい事になった!!」
いやもうとっくにずっとマズい事態でしょうが。「何ですか、具合悪くなったんですか?」
「ここ……モデルルームだから……トイレの水、出ないみたいだなー……って……」
「……マズいですね。とりあえず、外の景色でも眺めて落ち着いていてくださいよ。私が添乗員さんに相談しますから……。」
「ゴメンね……ホントゴメンね心ちゃん……」
そう言いながら青ざめた顔で這いずってきたペギ山氏を外が見えるソファーに沈め、私はスマホを取り出しました。
添乗員の電話番号を打ちます。しばらく呼び出し音が鳴りますが出る気配がありません。私はため息をつくと呼び出しを切りペギ山氏の方を向きます。
彼はガタガタ震えながら眼下の街並みを注視していました。
「心ちゃん……これ、どういうこと……?砂の上に……このマンション、建ってるの……?ヤバくない……?」
そしてペギ山氏の絶望的な悲鳴。
あ、ヤバい。吐いたショックで暗示が解けたなコレ。
その瞬間、部屋全体が不気味に振動し、リビングルームの中の全てが斜めに傾き始めました。
「いや無理!この建物危ない!俺もう帰るから!心ちゃんも早く逃げて!!!」
腰の抜けた状態でエントランスへ這いつくばりながらペギ山氏は叫びます。私も立っていられないほどの揺れを必死で堪えて、彼に追いつこうと床にへばり付きます。見ると窓の外全ての建物も傾き始めており、振動は轟音を伴って我々の身体をゆさぶります。あ、走馬灯が見える。美味しかったなヒトダマの天ぷら、じゃなかったヒトダマウオのフリット。楽しかったな我が人生。さようなら読者の皆さん。
ではありません。私はなんとかペギ山氏にしがみつき、再度目の前に五縁玉を突きつけます。左右に揺れる五縁玉、建物の軋む音と鳴り響くバッハ「主よ、人の望みの喜びよ」。「高鳥県は繁栄し続ける」!「高鳥県は繁栄し続ける」!「高鳥県は繁栄し続ける」!ペギ山氏の悲鳴!「高鳥県は繁栄し続ける」!

我々はバッハのピアノの鳴り響く中、気を失いました。

・おわりに

以上のように、素人が齧った程度の暗示をかけたくらいで高鳥県を訪問することは大変危険な行為です。最初から反知性主義的な思想信念をお持ちの方は難なく滞在が楽しめる観光地でありますが、それ以外の一般的な読者の皆様におかれましては、現地入りする前にプロの催眠術師の方に強力な暗示を掛けてもらうか、お近くの家電量販店で自己暗示ヘッドギアの購入と装着を強くお薦めします。さもなければペギ山氏が莫大な損害賠償金を請求された結果、会社を売り払ったのち高鳥県のゲゲゲヒルズで一生タダ働きする羽目になったように、あなたにも同様の事態が起こらないとも限りません。

ちなみに、現在高鳥県では軌道エレベーター建設のために新規永住者を大募集しています。住民登録後十年間は住民税が非課税になるそうですので、強い意志と信念をもって「高鳥県は繁栄し続ける」と信じ続けられる方、その信念のパワーを、人類初の赤道直下以外の土地での軌道エレベーター設置の実現に役立ててみてはいかがでしょうか。

(第十七回 おわり)

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