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海外観光客向け〈オルタナティヴ・ニッポン〉都道府県観光ガイド(第十三回)

『世界の皆さんこんにちは。私はニッポン在住の旅行ライター、日比野 心労です。』

書き出しは必ずこう書くように、と、心労に言われていたので書いた。読者のみんな、元気か。こっちはいま大変なことになってる。

申し遅れた。あたしは田島アスミ。日比野心労はあたしのパートナーだ。書くのは慣れてないんで、口述筆記っての?を使ってるから、ところどころ変な文章なのは勘弁してくれよな。そうそう、確か前の連載でもあたしについて書かれてたよな?まあ、あの記事の田島先輩ってのがあたし。
結論から言うと、心労は行方不明だ。いや……行方は分かってるし不明でもないんだけど、アイツとはいまコミュニケーションが取れない状態になっている。
その理由は、心労が残した今回の観光県のガイド原稿にある。今回の連載は、自分にもしものことがあった時の対応の一環としてアイツから指示されていたものだ。中途半端なとこで終わってるけど、アイツの意思を尊重して公開させてもらう事にした。

前置きが長くなって申し訳ない。何があったかは、本文を読んでみてくれ。その後で、今後のあたしの対応を書いておく。
(以下本文)

第十三回 自我県[じがけん](観光難易度:1【易しい】目的によっては4【難】)

・自我県へのアクセス

本京都から直通の新リニア幹線で40分弱で、自我県の県庁所在地であるO2(オーツー)市に到着します。市の名称が少々奇妙ですが(後述)、到着したあなたは平均的なニッポンの地方都市としての姿をそこに見るでしょう。
ハイテク呪術都市・元京都府が目と鼻の先でありながら、O2市から見えるのは遠くにそびえ立つ元京都城壁のみ。あとはそう、目の前に広がるB1湖(ビーワンコ)という湖の広大な湖面のみです。
実際、自我県の面積の約9割は、このB1湖というニッポン一の広さを誇る湖で占められています。O2市の他には、O3・8M市(オースリーエイトミリオン)という都市が栄えているだけで、その他の地域は極端な過疎地域として人口がまばらに点在しているのみです。この2都市は、B1湖の南西と南東にそれぞれ位置し、主にB1湖の管理保全を行いながら、新エネルギー、微生物、バイオ関連企業などの誘致と成長に貢献している都市でもあります。
というのも、B1湖それ自体が世界に類を見ない特異な環境……というか、生態をもっている為、そこから副次的に発生するバイオ産業の隆盛によって、自我県は発展を遂げてきた背景があるのです。
また、この2都市は、B1湖からの環境汚染とでも言えるべき現象から県民を守る為の警戒都市としての面も併せ持っています。さらに言えば、B1湖を訪れるニッポン各地・世界各地からの人間を監視する役割も負っているのです。
このように、自我県はB1湖を中心とした産業、経済、社会構造が基本となっており、B1湖無くしては自我県は自治体としての機能不全に陥ってしまうのです。その意味で、自我県とはB1湖そのものである。という論文を発表した学者もいる位に、自我県とB1湖は分かち難く繋がっていると言えるでしょう。
では、何がB1湖をそのような存在たらしめているのでしょうか?水産資源?飲用水供給としての役割?いいえ、どれも違います。先ほど述べた学者の論文は、学会に驚愕を持って受け入れられました。
B1湖は、自我を持つ、いち個体の生物だったのです。

・B1湖ができるまで

B1湖は広大な人造湖であり、その成立は32年前の大戦終結時に遡ります。1984年に勃発し、約5年間続いた大戦の空襲により、ニッポン各地は多大なる被害を被り、自我県(大戦前は慈賀県という名称でした)も例外ではありませんでした。
大戦の終息に伴い、敵国が提案してきた講和条約を、ニッポン政府があと一歩の所で成立させようという時、一発の爆弾が誤射され、自我県を襲いました。「BB兵器(バイオ・ボム兵器)」と呼ばれる、強大な破壊力と強力な生物汚染効果をもたらしたBB兵器は、もともと肥沃な大地であった自我県の9割を灰塵に帰し、その中心に広大な穴を穿ったのです。地層変動をも巻き起こしたBB兵器は、次に土壌の性質や生態系をも破壊しました。非核兵器として当時の世界最凶の威力を持ったBB兵器は、地形を変え、そこに棲む生命の進化をも捻じ曲げてしまったのです。
生態系の急速な破壊と再生を招いたBB兵器は、その未解明な部分も多い化学反応で、土壌の微生物を集合意識として統合してしまいます。そして溜まった雨水や河川からの流入により湖化したその爆心地は、生命をただひたすらに消化して代謝し、同化していくという一個の生命体の湖としてこの世に生を受けたのでした。
名称が未定のままであったその湖をB1湖と名づけたのは、戦後、ニッポン復興に(2ヶ月間の任期のあいだだけ)尽力した、自我県出身のニッポン国総理大臣、伊野宗介首相です。地元の荒廃を心から悼んだ彼は、以前の名称が国民の心に痛みとして残らぬよう、記号で地名を表記することを閣議決定しました。僅かに残った自我県北部を基準点A1とし、中央の巨大な湖をB 1湖、それから放射状にアルファベットと数字を土地座標に機械的に当てはめ、O2市とO3・8M市が誕生したのです。
当初猛反発を持って迎えられたその施策は、意外なことに次第に県民に受け入れられ、当初の批判のために退陣せざるを得なかった伊野首相の後任に代が変わる頃にはすっかり馴染んでしまいました。以降、この名称が定着し、翌年の国土地理院発行のニッポン地図には、この湖にB1湖という名称が刻まれています。

・B 1湖観光における禁忌

このように誕生した若い湖、B1湖ですが、一見したところ景観は非常に美しく、まるで海かと見紛うかのような水平線に沈む夕日は、湖面を赤く染め、その歴史とも相まって我々観光客の胸を打ちます。静かに打ち寄せるB 1湖の波。綺麗ですね。波打ち際まで駆け寄り、優しい波音に身も心も委ねて夕日を堪能したい。あなたはそう思うかもしれませんがそれはB1湖の罠です。
あなたが波打ち際に立つや否や、B1湖はその湖水を触手のように伸ばし、あなたを絡め取り、湖の底に引き摺り込んで消化し、己が一部としてしまうでしょう。
あなたが自らを失いたくないと思うのなら、決して湖に近寄ってはなりません。せめて湖面から100mほど離れた地点から夕日や景観を眺めるに留めておいてください。
また、自ら進んでB1湖に入水する事も固く禁じられています。驚くべき事ですが、年間数百名の観光客及び自我県民が、自ら進んで湖に飛び込む事案が、ここ十数年のうちに数多く発生しています。厳密には、B1湖と「同化」しているので死ぬ訳では無いのですが、あなたがご自身の自我を保ちたいのであれば、同化することはお勧めできません。
これまで私は「同化」と書きましたが、度重なる調査研究の末、湖に同化した人間は生命活動が維持されており、また個別にコミュニケーションが取れることが確認されています。湖の波打ち際危険ラインのギリギリまで進み、対象の個人の名前を呼ぶと、湖から答える声が聞こえる事例が多数確認されており、かろうじて会話と呼べるレベルのコミュニケーションが成立するそうです。
それによれば、同化した人間は「究極の陶酔状態」や、「大自然との極限の一体感」「真理と悟りの理解」「全人類との完璧な共感と連帯」が得られるそうです。どこまでが真実か眉唾ものですが、度重なるヒアリングと、採取した湖水に脳波検査をした結果、ある種の違法ドラッグと非常に近い脳波と影響が検出された……という研究結果が出ています。主に幻覚作用と強烈な神秘体験をもたらすこの一方通行のトリップは、B1湖が撒いた餌なのか、それとも自然に発生した化学変化による物質によるものなのか、早期の解明が待たれます。

・B1湖の利用について

※ここからは大変グレーゾーンな観光案内になりますので、「健全な」観光をお求めの方はこのページを閉じ、別の記事をご覧ください。
前述の「自ら進んで湖に入る」という行為が口コミで広まったせいか、実は世界各地のドラッグ愛好家の間では、ここB1湖は聖地として知られています。
一度きりの神秘体験ですが、その体験の強烈さは大抵のドラッグで味わえるものを遥かに凌駕するらしく、その筋のネットワークにおいて「final  exit」という隠語まで用いられて話題になっているそうです。
私自身は現在に至るまで、そして今後も違法ドラッグを体験することは無いのですが、私の元に寄せられるご意見の中で「ニッポンで違法とされていないトリップ体験ができると聞いたが本当か」という問い合わせが多数あるのも事実です。
実際のところ、薬物を使うわけではなく、違法な成分を所持したり使用するわけでも無いこの行為は、未だに自殺が違法行為であるかどうかの議論が終わらない現在、限りなく黒に近い灰色のトリップ・アクテビティではあります。(実際に現地の県民が自警団的に入水防止の見廻りを実施しています。)また、WHOでも議論が分かれているそうですが、この行為に至る思考状態そのものを疾病や依存症と同義に扱えるか、という課題があるため、内心の自由の侵害の観点から、一概に「悪」であるとは言えない状況が続いています。
私自身もその議論を深める為、また、増え続ける問い合わせに答える為に取材の必要性を感じていたのですが、つい最近、以前の知人が私宛てに連絡を入れてよこし、実際にそのトリップ入水を実行する予定があることを明らかにしました。
倫理上、逡巡はありますが、もしかしたらその知人を引き止めることができるかもしれないという一縷の望みを抱きながら、そのトリップに同行取材を試みようと思います。

【以下は取材時のICレコーダーの記録によるもの。】
(田島)

心労(以下、「心」)「夕日が綺麗だな。元気してたか。」
矢島(以下、「矢」)「……あ、ああ。まあまあな。」
心「第四次竜宮防衛戦以来だもんな。あのあと、実家の家業を継いだって聞いたけど、親父さんはまだ?」
矢「ん……年食ったが、そこそこ元気だ。」
心「仕事は忙しいのか。」
矢「なあ、そんな事どうでも良いだろう。お前は取材をする、俺は実際に体験をする。それだけじゃ不満なのか?」
心「……なんかオマエ、だいぶ切羽詰まってないか。」
矢「……」
心「実は親父さんに連絡したんだが、オマエ、家に戻ってないんだってな。それどころか、海外でヤバい仕事にも薬にも手を出しているって聞いたが、本当か。」
矢「だったらどうする。断るのか?この件、辞めにするか?」
心「確かに、このルートを紹介したのは俺だ。けどな、お前がもしのっぴきならない状況にあるんだったら、いくらでも別のやり方を紹介する事だってできるんだ。例えば、不死山に行くとな、別の身体と……」
矢「違う。そういうんじゃ無いんだ。俺はお前と……もういい。決意は揺るがない。湖は目の前だ。あとは歩いて行くだけだ。しっかり見ていてくれよ。」
(湖へ向けて砂浜を歩く音)
心「……理由を教えてはくれないのか。」
矢「言ったところでどうにもならん。」
心「矢島、あのな……」
矢「俺はお前とひとつになりたかったんだ。」
心「矢島?」
矢「お前に、竜宮県で命を救われてから、俺は、ずっと、抜け殻だった。」
心「あれは……」
矢「その後のお前のことは聞いている。陽の当たる道を歩いて行ったんだろうな。お前の書いた記事だって読んだ。いろんな所へ行き、いろんな人と会い、オマケに幸せまで見つけやがった。それに比べて俺は、逃げ帰った家にも見放され、英雄だった筈がいつの間にか後ろ指をさされ、ヤケになって路地裏の汚い仕事や汚いクスリにも手を染めた。ぜんぶ、お前が、あの時死ぬ筈だった俺を、助けたからだ。」
心「矢島……それは違う」
矢「違わない。俺は、明るい道はもう歩けない。だったら、せめて、お前の、明るくて、幸せな道を、俺の、暗い道と、一緒に、ヒッ、してしまえば、ヒッ、この、想いも、おまえに、ヒッ、わかってもらえる、はずなんだ」
心「やめてくれ矢じ……」
矢「俺と来てくれ。この湖の中でひとつになるんだ。」
心「矢島!!」
(争う音。砂を踏み荒らす音、激しい息、そして水しぶきの音。レコーダーの録音はこれ以降、B1湖の波音しか拾っていない。)

・現場で見つけられた心労のメモ

・B1湖との同化後、人間の姿に戻れた人物がいるらしい
・同化は肉体の再構成と均一化。霊魂は自我として記憶や感情を共有しはするが、個は保たれた状態で存在している(情報ソース:赤森県のイタコ、伊太郎氏より)
・矢島の言動に注意。親父さんの証言。
・もし私に何かあったら、下記住所にあるPCの◯◯ファイルを公開しこのレコーダーの情報を追記して欲しい。住所はXXXーXXーX
・その場合は矢島を責めないでくれ。

(以下、田島アスミ 記)

以上が事の顛末だ。あたしは自我県警からの連絡後、B1湖へ飛んで、湖に向かって心労の名前を何度も呼んでみた。返事は返って来なかったけど、このメモとレコーダーを警察から預かり、来週早々に赤森県へ行くことになった。イタコの伊太郎という人物に会い、手がかりを掴む為だ。
正直、会って話したところで何の解決にもならないかも知れない。情報は圧倒的に不足している。でも、あたしはなんとかしてみせる。アイツが危ない橋を渡った事を悔やんでるんじゃない。メモの最後のアイツらしさ。それが分かっただけでも、アイツを叱りつけてまたバックドロップを極める理由になる。
読者のみんなも、続報を待ってて欲しい。

(第十三回 おわり)

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