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とどけ

 くすみを帯びた美しい赤い革の表紙。金色のエンボスに押された背表紙の文字が、照らすランタンの光にゆらと浮きあがる。ページの重なった小口は金色の箔で塗り込められ、本が開かれる瞬間をいまや遅しと待っているのだろうか。

一冊の本が いまこの手に 在る。

私の世界が、私の物語が、今、一冊の本を形どり両手にしっかりとその重みを伝えていた。じんわりと背中に震えがはしり、胸に集まったそれはとても柔らかく、そしてあたたかく、小さな私をおしひろげ無限にひろがっていく。

開けばそこに、物語が始まる。
開けばそこに、風を抜け疾風する世界が始まる。

 タイプし続けた時間もそこにあった。
気持ちを切り換えるために淹れたカップから漂う香りも。
行き詰まり見上げる窓からの風景、聞こえる街の生活の奏でる音。
深夜の月のあかりの下で、走るが如くに流れるストーリーをひたすらに追った時間が、行間に透ける。

 丁寧にドリップされた一滴一滴が集まり、やがて海のようなひろがりをみせる。
自分という小さな存在がこの世で経験した全てをつぎ込み、綴られた世界。


誰に 届けよう。
このひろいひろい世界の 誰に 届けよう。

胸に抱いた。
本の厚みと硬さを体となじませる。
願いをこめる。
この本と出会いを果たした人たちが、幸せになれかし、と。


とどけ

この物語と 今からきたる新しい世界と
心を同じくする人たちへ


とどけ




#かなえたい夢

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