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[小説]君が生きる星のすべて #2-1 

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出会いの朝

 トウヤは、すりへってうっすらと年輪のうきでた木の床にすわりこみ、編み上げ靴のひもを結んでいる。
今日は遠出して西の谷を越えるつもりだ。帰りはすこし遅くなるかもしれないと、昨日のうちに母さんに伝えてある。
妹のリタは、まだ朝食のテーブルについて口をもごもごさせ、おじいは湯気のたつカップを両手でつつみ、半身を向けてトウヤの準備を眺めていた。
「トウヤ、明日は力作業を手伝ってくれんかの。新月の伐採にむけて場所をあけておかなきゃならんが、一人じゃどうにもならん」
「わかったよ、おじい。明日は朝から一緒にやって裏を片付けてしまおう」
「ああ、そうしてくれると助かるな」
そういうと、おじいはカップをすすり、満足そうにため息をついた。
 奥からやってきた母さんが、テーブルの上に片手で器用に布をひき、もう一方の手で抱えていたパンと小さなリンゴをその上においた。おいた拍子で転がるリンゴをはっしと掴み、母さんとリタが顔を見合わせて笑っている。

 トウヤはほっとした。
みんな、元気だ。笑顔だって本物だ。

 トウヤは結んだ靴紐がぶらぶらしてひっかからないように、結んだ余りを締めたひもの下に入れ込んだ。
「トウヤ、お弁当、サンドイッチにしといたよ」
母さんが布を結びながら、トウヤに声をかける。
「トウヤの好きなチーズ、今日は特別分厚くしといたから、お昼にしっかり食べなさい」
「ありがとう、母さん」
トウヤが包みを受取ると、いつもよりずっしりするように感じて思わず笑みがこぼれた。
「お昼、楽しみだな」
「母さん、リタの分は?」
もちろんあるわよぅと、かあさんがリタのほっぺたを両手でつつもうとすると、リタはきゃぁきゃぁと声をあげて、そうさせまいとまだ届かぬ足をぶらぶらさせた。
トウヤは胸の奥がじぃんとして、もらった包みがつぶれないよう革のリュックに大切にいれた。
 
 昨年の冬に父さんが亡くなって、家じゅうが静まり返っていた。
あの気丈な母さんが何日も泣き続け、おじいはものも言わず一点をじっと見つめていた。
重い空気が冬中家を包みこみ、二度と春などやってこないような気がしていたのをトウヤは思い出した。
けれども春はあたりまえにやってきて庭の花を咲かせ、あつい夏も過ぎ、朝夕が冷たい空気に満たされる今、家族はすこしづつ笑顔を取り戻してきている。
こんな朝のたあいのないやり取りが、たまらなく貴重なものに感じられた。

 うん。大丈夫だ。
トウヤは立ち上ってリュックを担ぎ、軽く肩をまわして背中になじませた。
「いってきます」
トウヤはグッと力をこめて扉を押し開けた。とび色の瞳がまぶしさに細められる。
秋の朝のあかるい光が開けた扉から部屋に勢いよく踊りこみ、ひんやりと澄んだ空気がつづいてすべりこんできた。

続きはこちら #2-2


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