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[小説]君が生きる星のすべて #2-2

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黒髪の少年

 西へ向かう道をいく。くねくねとした小道が高い木立の間をぬって続いている。木漏れ日がちらちらと揺れる道を、トウヤは影ふみをするようにして歩いた。鳥の声がいたるところから聞こえてくる。道端のヤブをガサリといわせ、トウヤに驚いた小鳥が飛びだして森の奥へ消えていった。
 革のリュックを背負ったほっそりとした身体、濃い茶の髪が木々の間をぬけてきた風にゆれた。
いい天気だ。風はもう冷たいけれど、歩いてほてりはじめた肌にはこの上なく気持ちよく感じられた。トウヤは腕をまくり、風を通すために上着のボタンをはずしたまま歩み続けた。
 かあさんに頼まれていた薬草がみつかるといいな。もしかしたら、西の谷にはほかにもよい草木や木ノ子が見つかるかもしれない。晴れわたる空のすがすがしさと新しい場所への期待で、トウヤの足取りは軽い。もしかすると、探してる石も見つかるかもしれない。トウヤの歩調がまた少しはやくなった。

 見晴らしのいい高台にでた。まわりの木々が伐り払われていて見通しがよく、これから進む西の谷へくだる道が見わたせる。前回もこの場にたち、次はこの道を下ろうと決めていた。今日は家を早めに出発してずいぶん距離を稼いだし、おなかもぺこぺこだ。
 トウヤは座り心地のよさそうな平らな岩をみつけ、座って一息つき、かあさんの作ってくれたサンドイッチをほおばった。リュックの中を探って水筒を引っ張り出し、途中の沢で汲みなおした冷たい水で喉を潤した。サンドイッチの最後のかたまりを口に放りこみ、もぐもぐとかみ下しながら、右手に持った水筒についた擦れたような跡をぼんやりとみつめた。水筒はおじいが作ったもので、父さんの形見の品だ。使われているのは珍しい竹で、磨くとまるで金属のような青白い光沢を放ち、耐久性も高く美しいというが、トウヤにはいまいちピンとこない。トウヤは、水筒を振って水の残りを確かめ、またリュックへ戻した。
さあ、そろそろでよう。

 谷に下って二時間ほど進むと、一面に笹が生い茂る平場にでた。トウヤの肩ほどの笹がみっしりと続いていて、トウヤは笹の海を泳ぐように手でかき分けながら進んだ。時々、払いそこねた笹に目や顔をうたれそうになったり、足元が笹に引っかかったりと歩きにくいことこのうえない。早くこのヤブを抜けないと薬草どころじゃないぞとかき分ける手に力をこめた瞬間、トウヤの足元の地面がボゴリと嫌な音を立て、片足が地面にめり込んだ。途端に足元から怒りのこもった低いブーーンという羽音が一斉に湧きあがり、黄色と黒に彩られた虫の姿がトウヤの視界をかすめた。しまった!ブソウバチの巣を踏み抜いた。トウヤはとっさに足を引き抜き、笹に隠れてしまおうと低い姿勢のまま全力で駆け出した。が、あるはずの地面の感触はなく、トウヤは体がふわりと宙に浮いたのを感じた。

どのくらいたったのか、トウヤはぼんやりと目を覚ました。いつの間にか気を失っていたらしい。落ち葉の上に横を向き倒れているのに気づく。なにが起きたのかとっさに思い出すことができない。トウヤは寝返りをうとうと体をひねったその瞬間、足首に鋭い痛みを感じて思わず声をあげ顔をしかめた。
じっとしていると痛みはすこし収まった。トウヤは注意して肩からリュックをはずし、仰向けになって目だけでまわりを見渡した。
ーーあ、ブソウバチ……。ブソウバチの巣を踏み抜いたんだ、俺。怒ったハチが飛びだしてきたから逃げようとして……。あれ、ここはどこだ。

みると、2mほどの高さの土手が真横にあり、その上にかき分けてきたのと同じ笹がみっしりと群生している。トウヤの倒れているところは地面がくぼみ、笹の枯れ葉が厚く積もった吹き溜まりになっているようだ。真上の土手の斜面に、新しく削れたような跡が残っているのが見えた。
あそこから落ちたのか。
トウヤは痛む足をかばいながら何とか土手に寄りかかり、大きく一息ついた。
今一体、何時だろう。そんなに長く気を失っていたわけではなさそうだけど。
トウヤのいる土手の下は森につながる空地になっていて、見上げると木々の間から青い空がみえていた。トウヤは痛む右足を引き寄せて、具合を確かめた。足首の痛みはひどく、とても歩けそうにない。
足が腫れて靴がはけなくならないように、靴は脱がずにおいた。
こんなところで野宿か?
トウヤの背筋にゾクリと冷たいものが走る。
どうしよう。どうしよう。まだ明るいけれど、日が沈んだら真っ暗だ。そうなる前に焚火だけは……。
トウヤの脳裏にかあさんの悲しそうな顔が浮かんだ。
ーー大丈夫だよ、かあさん。俺はちゃんと生きてる。
トウヤは薪を見つけようと視線をめぐらした。幸い木々の下には、枯れ落ちた枝がそこかしこに散らばっているのが見える。明るいうちに一晩分の薪を集めなくちゃ。今のうちに。
そうだ。薪のあるほうに行って、森のそばで焚火をしよう。そうすればここに薪を運んでくるより短い距離ですむ。
トウヤはリュックに手をのばし、足を動かさないようにゆっくりとした動きで背中にしょった。
行こうとして地面に手をついた瞬間
「どうかしたのか」
という声を背後に聞いた。
驚いてふり向くと、すこし離れたところに長い黒髪の少年が立っていた。トウヤと同じ年頃か。しなやかな革でできたフード付きの上衣を着て、短いブーツをはいている。背中のリュックには矢のような鳥の羽飾りがちらりと見えた。黒い瞳がじっとトウヤを見つめている。
目を丸くして動かないトウヤに、少年は重ねてきいた。
「どうかしたのかと聞いているんだが」

続きはこちら #2-3


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