祖母への二十年後の手紙
祖父母が明治39年に結婚してから20年が経った頃の手紙である。祖母の姉からの近況を知らせる内容だが、姉の子の入学のことや祖母の長男が来年成人を迎えることが書かれていて、昭和2年の手紙だと分かる。
なお、姉は二人いるが、筆跡から次女まつからと思われる。
【姉からはるへ】(仮訳)
一筆示し奉候 其後は御無さ多致し候 追々暖気に相成候 御家内は一同御かわりも御座なく候哉伺ひ申候 次に私宅一同無事に不傷と日々せわしく暮し居り候まゝ御安心被下候 私は都合にて板橋の兄の内へ引移り候まゝ左様御承知被下候
猶又東吾さんには明年には成人なされ候 内の重雄も四月より入校致し候
私も日々父上様やらお可つとのおはるどの事は一時もわすれる事はなく早く東京へ参り度と思い居候へ共今はとんなに便利と申してもさき立物はお金故ついかんがへ■■ 其れには足手からみのある内は遠方へ参られずついおっくうに相成候 何卒御手すきも御座なく候がおひまを見ておはるとのゝ御手筆にて御手紙を下され先は御返事をたのしみに持居候
あらゝかしこ 姉より
四月七日
おはるとの江 ■■
要点
・次女まつと思われる姉が義兄の板橋に転居した。
・姉の子ども重雄は4月に入校、また、はる(祖母)の長男東吾(明治40年生)が来年成人するとあることから、昭和2(1926)年の手紙とわかる。
・父親田中平吉が健在である。四女可つの名前がある。母親と長女の名前がないので他界しているのかもしれない。
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