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一枚の絵を巡る連作短編集 青山美智子著「赤と青とエスキース」

青山さんの作品は 大人のための童話だと思うんです。

読むのが辛くなったり、心が暗くなるような作品ではなく、アクションものやミステリーなどのようにハラハラドキドキするでもないし、特別に際立ったキャラクターも存在せず、小さな街のいつもの日常よ、みたいなところが童話やメルヘンを想像させます。

木漏れ日が 溢れる部屋で、 開け 放たれた窓から 春風が心地よく入っていく 。そんな中で読書をしている気分でした。
 読了後にはなんだか暖かい気持ちになっている。
日々の生活に疲れた時に読みたい、ハートフルな作品でした。

昨年度 本屋大賞2位の 「お探し物は図書館まで 」で初めて青山さんの作品に出会って、その作風が気に入って「木曜日にはココアを」読みました。

 作品から香ってくる優しい匂いがとても自分の肌にあっていて、次の作品を心待ちにしていました。

今回の「赤と青とエスキース」も青山さんの持ち味が保たれていて、期待通りの一冊を楽しむことができました。

最近は、気持ちいい時間を提供してくれる作品を、感情が温かくなるような作品を心が欲しているので、今の私にピッタリな作品でした。

物語は、メルボルンへ留学した彼女とそこで出会った彼との恋愛から発展していきます。
彼女の留学期間中だけという期限付きで始まった関係から物語が動き出します。

彼女の帰国する日が間近になったある日、彼の友人である画家が、彼女を描きたいと依頼してきます。
そして出来上がったその絵をめぐって、いろいろな場所で、いろいろな人たちがかかわって物語は繋がっていくのです。

彼と彼女の恋愛の話と思いきや、つぎの章では話が飛んでいって、すっかり見失っていたのに、最後にどんでん返しと言えば大げさですが、その最後でなるほどとうならせる。

優しいムードだけに終わらず、少しのスパイスの効かせ方も、この作品を引き締めている感じでよかったです。

私は、本文中のこの言葉が印象に残りました。

「よく、人生は一度しかないから思いっきり生きよう、って言うじゃない。私はあれ、なかなか怖いことだと思うのよね。一度しかないって考えたら、思いっきりなんてやれないわよ。」
「人生は何度でもあるって、そう思うの。どこからでも、どんなふうにでも、新しく始めることができるって。」

本文より

今まで、私は、人生は一度きりなんだから納得いくように、進んでいきたいという考え方のほうで生きてきた傾向にあります。

でも、反対にチャンスは何度でもあるのだから、やり直しはいつでもきくのだから、まず行動してみようよとの著者のメッセージに今更ながら、不意を突かれた感じでした。

物事を始める時に、これは下書きなのでまだ本番ではないから、やり直しがきくんだと思うと、確かにぐっとハードルが低くなる。
主人公の二人も、期限付きの関係だったから気軽に始められたんだし。
そういった心持のほうが、ずっとチャレンジする回数は増えるはず。

やり直しやなかったことにできると思って、手軽に踏み出したとしても、時には想像以上にできが良ければ、本番にしても全然かまわないのだから。
下絵のように手軽に書き出した絵が、下絵ではなくて本番になることもあるのだからと、もう一つのメッセージをこの作品は投げてくれました。

何かを始める時には、とかく構えがちだった自分が、この言葉で今後の人生を少し楽に生きていけそうです。

ところで、私は、"エスキース"という言葉が下絵や素描、素案を意味するフランス語だということを今回初めて知りました。
単語「エスキース」が今後、何かを始める際に躊躇したとき、とりあえずこれは、「エスキース」だからと呪文のように念じて進んでいけそうです。

  先日偶然に、青山さんと小説紹介クリエーターけんごさんの対談動画を見つけました。その中で、青山さんが 学生のうちにやっておきたかったことは、 もっと恋愛をしたかったと述べられていました。
でも、ご自身は、片思いしているのが好きだったと、それがすごく幸せだと。

https://youtu.be/GF9XsdMpdds


片思いが好き。
 片思いがなぜ好きかというと 関係性ができてしまうと欲張りになってしまう。 自分がアクションしたことによって見返りを欲しくなってしまう。 見てるだけが凄く好き。  相手の出方をまたなくていい。 好きなだけ片思いしていていい。 どれだけ好きでいてもいいというのはすごく幸せ。 今回の赤と青とエスキースは両思いなどで凄いチャレンジでした。 相手の出方を持たなくていいただ好きでいい。

青山さんの恋愛観にすごく共感できました。
自分全開の恋愛もいいけれど、ギラギラ、ドロドロした恋愛を読みたいと思うこともあるけれど、青山さんのこのスタンスでの恋愛小説もっと読みたいなと思いました。
又、次の作品が楽しみになってきました。


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