【小説】 蒼茫 前篇

 序章
 夜空を彩るネオン色が光り輝く街並み。通報を受けたパトカーは高速道路を疾走する。製薬会社のある高層ビル前を多くのパトカーが取り囲み、ビル内部から反抗する気配がない容疑者を連行し、パトカーに乗せて走り出す。捜査部長は犯行規模が広大なため、大勢の逮捕者を予想していたが、たった一人であることに腰を抜かしたが、無事に犯行者を捕らえられたことに安堵している。
 犯行者が捕らえられてから一ヶ月が経つ。
 頻繁に犯罪が発生する郊外にある溶鉱炉から出来上がる金属物で作られた人工都市に報われない毎日に嫌悪感を抱いている男を乗せた一台の車が高速道路を駆け抜ける。目的地までの案内表示板を照らす夕日が沈み、夜を迎える。

 第一章
 夜霧が迫ってくる。綺麗に磨かれた黒い車体の高級車で駆け抜けると街灯で照らされた街並みが見えて来る。街中にあるガソリンスタンドに寄り、給油をして店員に地図を見せる。
 「その場所はここからさらに北に向かったところにあります。最近何だか物騒だから気を付けた方がいいですよ」
 廣川は予約していたホテルに宿泊する。
 テレビでは「本日、昼頃に都内某所の公園にて都内の中学校に通う少年三人組による暴行事件が発覚しました」とアナウンサーが話している。
 「三人組は事情聴取により犯行を認めており、犯行理由は衝動的に犯行に及んだと証言しております。警察は近頃発生している学生集団暴行と断定しており、さらなる原因究明に向けて調査を行っていると言うことです。そしてこちらには児童問題に詳しい専門家をスタジオに呼び、詳しく聞いてみたいと思います・・・」
 それからはアナウンサーと専門家が事件を話し合っている。別チャンネルも同じように児童問題について特集番組を放送している。
 
 最近の学生集団暴行の発生原因として容疑にかけられた女が牢屋に閉じ込められている。収監部屋は吹き抜けの窓と簡易的な寝具、使い古された便器があり、何年も掃除されていないため部屋中に悪臭が漂っていて人間が居住する環境ではない。
 警備員が部屋の前を歩く。
 「私はやっていない無実だ。私は騙されたんだ」と女が叫ぶ。
 「うるさい! 黙れ! 警察ではお前がやったと断定しているんだ。認めるんだ」
 収監されてから一ヶ月経たずに悪質な環境の中で生気は吸い取られ、目は虚になる。
 「あはは。私はやっていないのに何で皆分かってくれないのかな。どうしたら分かってくれるの?」

 車を北の方に走らせるとようやく牢獄が見えてきた。鬱蒼とした森の奥に佇む牢獄を間近で見ると壊れかけたコンクリートと錆びれた有刺鉄線で何年も人の出入りがない幽霊屋敷を感じさせる。とても人間が居住しているとは考えらない。待ち構えていた警備員に促されるように中に入って行く。館内は電灯がまばらに灯っているだけで薄暗く人がいない。地下への階段を下って行くと地上の薄暗さとは打って変わり電灯や間接照明が灯り部屋全体が明るく、机に座り作業をしている人がいる。案内では彼女はこの部屋を出てさらに奥に進むといるらしい。奥に進み部屋に着き、扉を開けると手錠を掛けて椅子に項垂れるように座っている。体は痩せ細り衰弱した模様だ。
 廣川は車から持って来た荷物を地面に置くと、衰弱した身体を労るような眼差しで話しかける。
 「大丈夫か? 俺が来たからもう大丈夫だから」
 女は無言で座っている。
 「すみませんが、何か食べるものはありますか?」
 「あります。取ってきます」
 警備員が収監部屋から出て食料を廣川に渡す。
 パンを二つに割り、水で湿らし与えると女は飲み込んだ。少しづつ水とパンを与える。
 「ありがとう」と小さな掠れた声が聞こえた。
 廣川は荷物を背負い、警備員の顔面を殴り、失神させる。
 女のいる部屋に入る前に警備員から盗んだ鍵で手錠と足枷を外す。
 小型爆弾で穴を開けると、両手で女を抱えて開いた穴から外に逃げ出す。警備員は煙と爆風で追う事が出来ず、無線で館内中に連絡をする。
 逃亡者達は森林に入り、事前に準備していた隠れ家に入る。

 第二章
 「バイオテクノロジーによる医療の革命的な技術により人類はウィルスや病気による死を克服した。これからは時間による管理を行い、より良い人生を過ごすよう今後の一層の努力を」とアナウンスが館内に流れる。エンジニアとして勤務することになった樋口は入社式を終え、支給されたセキュリティーカードを使い、オフィスに入る。先輩社員に案内されたデスクに着くと、パソコンを起動し、用意されたタブレットを見ながらセットアップに取りかかった。一通りの作業が済むと、昼食の時間となり社内の食堂に行き昼食を済ます。デスクに戻るとこのままずっと会社員として全うしていく人生を思い描きながら窓から見える雲をじっと眺めていた。硝子に映る上司らしき男がこちらに向かってくる。姿勢を正し、相手の方に体を向ける。
 「貴女のデータを見させて頂きました。優秀な成績で入社しましたね。おめでとうございます」と話しかけてきた。
 「ありがとうございます」
 「あなたには是非、極秘プロジェクトを担当して頂きたいと思いお声をかけました」
 「極秘プロジェクトとは一体なんですか?」
 「新規で進めているプロジェクトでこれからの世界をより良くするための新薬を開発するのが目的です」
 「あなたはそのプロジェクトの責任者ですか?」
 「申し遅れました私は鍵野です。そしてこちらは研究主任の山崎です。よろしくお願いします」
 「よろしくお願いします。私は樋口虹花と申します」
 情報管理者として数年が経ったある日、新薬の完成する間際に警察に連行される。

 第三章
 隠れ家は密林の中にあり、外観は年季が入った木製の小屋である。室内は中央に絨毯が敷かれておりテーブルと二脚の椅子が置いてある。廣川は樋口を椅子に座らせ、テーブルと椅子を脇に寄せ、絨毯をめくる。扉が現れ、地下へと降りる梯子がかかっている。鞄から懐中電灯を取り出して地下を照らし、先に降りるように声をかける。樋口は手を貸してもらい、起き上がり照らし出された梯子をゆっくりと降りていく。地下に足をつけると、男は急いで扉を閉めて降りて来た。梯子を降りきると栄養調整食品と水を取り出して樋口に差し出すと食べ始めた。
 「ここまで来れば数時間は見つからないはずだ。ゆっくりして過ごすがいい。俺は少し休む。あなたも適当に休みなさい」
 しばらく待っていたが、返事もなく無心で食べ続ける。
 「そろそろ明かりを消すがいいか?」
 樋口は声を出さずに首を縦に振る。樋口が寝るまで見守ることにした。
 廣川が眼を覚まし腕時計を見ると二時間経っていた、周りを照らすと食べかけの食糧と少量の水が置いてあり、ソファーで樋口が眠っている。水を取り出し、飲みながら次に向かう位置を地図で確認する。確認が終わると、地上の様子を見るために梯子を上り、扉を少しだけ開ける。周りには誰も居なかった。扉を閉め、下に降りると樋口が起きていた。男が部屋を明るくする。
 「ここはどんな場所なんですか?」
 「避難用に造られたシェルター」
 顔色は牢獄であった時よりは血色が良く、意識が戻ったことを確認出来た。
 「あの新薬は君が作り出したのか?」
 「いや、私は作っていない。私は騙されていただけ。私は何もやっていない」
 「君はただ騙されてデータ管理をしていただけで、データを盗んではいないと言うことだな」
 「そうです。私は新薬を作るためにサンプルデータ収集と管理をしていただけで盗んではいません」
 「どういった方法で新薬を作っていたんだ?」
 「分かりません。極秘プロジェクトの一端を務めていましたので、開発段階の作業は把握出来なかったので」
 「では、誰がプロジェクトを担当していたんだ?」
 「それは鍵野と山崎が担当責任者でした。私は彼らに騙されて危険な薬の開発に巻き込まれて最後は警察に連行されました」
 「分かった。ありがとう。その他のことは何も分からないか? 何か知っていることはあるかい?」
 「他は何も覚えていない。警察に連行されてから断片的な情報しか覚えていなくて、時間が経てば思い出せるかもしれない」
 「時間なら仲間のところに行けば、いくらでもある。そろそろこの場所も見つかる可能性があるから、ここから移るとしよう」
 廣川は食べ残された飲食物を荷物にまとめて荷造りを済ますと梯子を上る。樋口は後ろを追って上っていく。地上は誰もいない。二人はコンパスと地図を頼りに仲間が集まる場所に向けて草が生い茂ったけもの道を歩き出した。

                      続きは22日 18時に投稿します。

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