【映画感想】 シンプル・プラン(1998)/婦女子の言一切聞くべからず

シンプル・プラン2

アメリカ北部の雪深い田舎町に暮らす兄弟。次男ハンクは大学を出たが地元に帰ってきて飼料屋の店員として働く。ハンクには新婚の嫁が居て、彼女は図書館でパートの仕事をしており身重である。次男のジェイコブは、心優しいが生まれつき知能が弱く、失業中。友人で同じく失業中のルーとつるんで毎日プラプラしている。彼らはお互いを少しづつ疎んじながら、貧しいながらも平凡な毎日を送っていた。そんなある日、三人は偶然入った森の奥で、墜落したセスナ機を発見する。セスナ機には440万ドルの現金が積まれていた。・・・

 「死霊のはらわた」「スパイダーマン」のサム・ライミ監督によるサスペンス映画。普通の人達が大金を手にしたらどうなってしまうのか? という王道なテーマを扱った映画ですが、非常に手堅い脚本と演出で、古さを感じさせない良作。

 まず、この映画で助演男優賞にノミネートされたジェイコブ役のビリー・ボブ・ソーントンがいい味を出しています。知能の低さと愚鈍さのためになかなか仕事にありつけず、唯一の女性経験と呼べる思い出は、クラスの「罰ゲーム」で一週間だけジェイコブと付き合うことになった女の子と、手をつないだりお喋りしたことだけ。実際のビリー本人は、6回の結婚と5回の離婚経験者という生粋の伊達男で、5人目の嫁はあのアンジェリーナ・ジョリーという派手さですが、映画のジェイコブは、どこからどう見ても人生の長い期間をいじめられっ子として我慢しながら生きてきて、それゆえに遠い昔に自分のことは諦めきってしまった人間にしか見えません。俳優はこうあるべきというお手本みたいな演技でした。

 三人は、このお金があれば未来を変えられると考えます。ハンクとルーは街を出てもっといい暮らしをすることを望み、ジェイコブは親の農園を買い戻し、もう一度昔のように農家をして暮らすことを望みます。逆に、お金が手に入らない限り、現実を変えることはもうほとんど絶望的だと三人とも理解しています。唯一、就職していて子供の生まれる予定があるだけ”マシ”といえる境遇のハンクでさえ、飼料店の店員を極めたところで何者になれるわけでもありません。

 私は偶然アメリカ大統領選の開票時期にこの映画を観たのですが、いわゆるトランプ陣営を応援する『忘れられた田舎の白人たち』・・・上流メディアのレポーターから「普段投票に行かない人々」「ホワイト・トラッシュ」と呼ばれた普通の田舎のアメリカ人とは、この映画の登場人物たちの事を言っているのだと思いました。”アメリカンドリーム”など今は昔のおとぎ話。生まれた町の小さな家と仕事を守りながら、これ以上自分の人生が良くなることはないと絶望しながら生きて行かなければならない善良な人々が、大都市を一歩出れば沢山いて、そこにはわかりやすい差別がなく、明日も食えないほどの貧困ではないがゆえに、この人々に政治家が目を向けることはほとんどないでしょう。白人がアメリカ大陸を占領したはいいけれど、その広大な大地を支配しきれず、逆に支配されてしまった姿のように思えますが、映画の中の深く降り積もる雪が、静かに重くのしかかる閉塞感と絶望感を表しているかのようでした。

 話がそれました。さて、手にした大金をどうするかで三人は一旦揉めますが、最終的に三人共金は欲しいので、警察には言わないことを決めます。大金を自分たちのものにし、未来を変えるためのシンプル・プラン。それは、「金のことは誰にも言わない」「雪が解けて飛行機が自然に発見されるまで金を隠しておく」「金はハンクが預かる」「もし誰かが金を探していることがわかれば、金は燃やす」「金は均等に山分けする」たったこれだけを守れば、金は三人のものになるはずでした。

 ここでハイ、私が唐突に今回タイトルに入れた言葉が効いてきます。

”婦女子の言、一切聞くべからず”

 これも偶然なんですが、この映画を観た直後の連休に人生初の会津若松一人旅を敢行したところ、現地の土産物屋に「会津藩家訓十五条」なるものがプリントされた手ぬぐいがありました。こちらから引用します。

一、 大君の儀、一心大切に忠勤を存すべく、列国の例を以て自ら処るべからず。若し二心を懐かば、 則ち我が子孫に非ず、面々決して従うべからず。
一、 武備は怠るべからず。士を選ぶを本とすべし。上下の分を乱すべからず。
一、 兄を敬い弟を愛すべし。
一、 婦人女子の言、一切聞くべからず。
(以下略)

 令和のフェミニストが見つけたら発狂して即不買運動でもし始めそうな手ぬぐいですが、家訓を制定した保科正之が女の政治介入によって苦い経験を被ったためにこのような文言になったらしいです。この言葉を読んだ瞬間に、早朝の会津若松駅構内でシンプル・プランがフラッシュバックしました。

 というのも、金はハンクが預かることになったので、ハンクは一旦440万ドル入のバッグを家に持ち帰りますが、金のことは誰にも言わないというルールを真っ先に破り、嫁に話してしまいます。この嫁が本当に本当に最悪で、家に居ながらハンクたちの行動にいちいち口を出してハンクをコントロールしようとするのですが、その提案のどれもこれも事態を悪い方向にしか転がしません。とうとう三人は仲間割れしハンクがルー夫妻を撃ち殺すという惨劇が発生しますが、全部嫁の提案に従ったせいです。

 観た人は同意してくれると思うのですが、この三人の男たちは、愚かではあるけど決して悪人ではないのに対し、この嫁はほとんど悪人と言っても過言ではない気がします。男三人、お互いを軽蔑したり疎んじたりしながらも危ういバランスで成り立っていた友情が、女の介入によってあっけなく崩壊していく様は、会津藩の掟の正しさを現代の私達に思い知らせてくれますので、会津若松市は定期的にこの映画の上映会を開いても良いのではないかと思いました。

(k) 


 

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