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”にやけ”と”恐れ”と

3月3日に浮足立って受けた新人歌手オーディション。「審査員の前で歌えた」ということだけでも満足して結果はもうどっちでもいいやと思えた。それでもオーディション次の日のパートの日。食堂のおばちゃんとして働いている平凡な40代の私なのに、テーブルを拭いているときなぜか顔がにやけてしまう。”オーディション通っちゃったらどうしよお♡”と妄想するだけでハッピーな気分になっていることに気づく。いつもと変わらぬ日常。でも心の中はうきうきドキドキ。やりたいことを自分に許してやらせてあげるだけで、こんなにも嬉しくなっちゃうんだ。40年以上も本当にやりたいことを我慢して夢見ることも許さずに生きてきた私。とても新鮮な驚きだった。たった一度のオーディションでこんな気分になれるのだったら、もっと若い時に挑戦しておけば良かった。なんてことも頭をよぎる。でも、きっと”今”なんだ。若い時は若さはあったけれど、自己否定が強すぎて、オーディションに通っても落ちてもきっと自分を否定して落ち込んでいたに違いない。通ったら「こんな自分ができるはずない」と否定し、落ちたら「やっぱり私はだめなんだ」とあきらめる。そして一生歌うことなんて楽しめなかったかもしれない。ある程度人生が進んで、結果に執着しなくなってきた今だから、オーディションを受けたことが満足であって、それ以降はおまけのようなものだと思えた。だからもう、私の中での挑戦はもう終わったこととして、「よい思い出になったな」と満足していたのだ。

オーディションの翌日、パートからの帰り道、電話が鳴った。「一次審査に通りました。二次審査の日程を調整します。」事務的な連絡だったが、嬉しさと同時に一気に恐怖に引きずり込まれた。私なんてことをしちゃったんだろう。まだ二次審査も通っていないのに、怖くて怖くてたまらない。夢物語でいられたらきっと楽なのに。でも新しい世界を見てみたいと思ってしまう。嬉しい・怖い・嬉しい・怖いを行ったり来たり。望んでいたことのはずなのに、なんでこんなに怖いんだ。きっと夢って、夢見ているときが一番幸せで、だけど夢を叶えるときには、叶ってしまう時には、この幸せを手放さなくてはいけない恐れが出てきてしまうんだ。夢を叶えるためには、腹を決めて、自分が前に出ていかなければならない。自分をさらけ出すということ。それが怖いのだ。まだまだ自分に自信が持てない。でもそれでも、進んでいきたい。もうこれはえいやっと飛び込むしかないんだ。私は二次審査を受けにまた高速バスに乗って東京に向かった。ふとバスの窓の外を見ると、雲に虹色の光がかかってた。彩雲。神様からの応援だと思った。夢を叶えていいんだよ。と。

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