治安政策としての「緊急事態宣言」

解除の目安となる「ステージ3」を目指すには、重症者に対応できる病床を確保しながら、不要不急の外出を避けるなど感染抑制の取り組みを徹底する必要がある。
欧米に比べ遅れているワクチン接種の体制づくりも欠かせない。……迅速に進めるには接種状況の管理が不可欠で、国は自治体の接種状況を一元管理するシステムの導入に着手する。
もともと帝国主義国家の感染症対策は治安的観点から立てられている。資本家階級が労働者階級を支配し搾取する国家体制を維持し防衛することが核心であり、人民の生活と健康、命を守ることなどは二の次、三の次だ。
昨年1月30日、自民党幹部の伊吹文明は……コロナ緊急事態宣言について、「緊急事態に個人の権限をどう制限するか。憲法改正の大きな実験台だ」と述べた。……「緊急事態条項」(国家緊急権)を憲法に創設することは、9条破棄とともに自民党が改憲で狙う最大の項目である。
政府は医師や看護師の住所や資格情報を一元的に把握する。現在は転居や離職の届け出義務がなく、緊急時に協力を依頼する正確なリストがない。新型コロナウイルス禍では各地で医療従事者が不足して病床の確保が難しくなっている。反省を踏まえてマイナンバーで管理する仕組みをつくり、将来に他の感染症が拡大した時に備える。

実際、コロナ危機に乗じて医師や看護師の国家資格をマイナンバー制度にひも付けようとしている。さらには医療データや教育データまでひも付けようとしている。これらを許せば、まさに戦時における徴兵・徴用が徴兵検査抜きに可能になる。「現代の赤紙制度」と呼ばれる理由だ。


2度目の「緊急事態宣言」を受け、政府に再度の一律給付金などを求める声が高まっている。一方で、緊急事態宣言そのものは延長を求める世論が形成されていた。

だが、感染症と人類の歴史は、「補償なき緊急事態宣言」が人命を守る政策としての瑕疵なのではなく、緊急事態宣言がそれ自体として人民に振るわれた(アメなき)ムチなのであるということを示唆している。

参考:村雨省吾「新自由主義が生みだしたコロナ危機 パンデミック―ウイルス大感染時代と立ち向かおう」季刊『共産主義者』204号(2020.5)

0. 「感染症」とは


・感染症=寄生虫、細菌、ウイルスなどによって引き起こされる病気の総称。かつて「伝染病」と呼ばれていたものはその一部
・ウイルス=細胞や細胞膜を持たず、生物の細胞を利用して自己を複製する有機体
・「人類史的に言えば、人間と野生動物との接触からこれは始まっている」
ジャレド・ダイヤモンド「家畜は病気の温床であり、食物生産が感染症を生んだ」

1万3000年前に、人類が村に定住し、人口が過密になり、家畜と人、人と人との接触が多くなってから感染症が生まれ、人と病気の関係は一変することになる。
大きく歴史をとらえると、人間社会は感染症に苦しみながら、それにたいする免疫を集団として獲得・維持し、それによって他の文明や社会に対抗するというサイクルを繰り返してきた。
移民、貿易の拡大によって、免疫を持っている集団と持っていない集団が接触した場合、持っている集団が生き残ってきた。このなかでも、戦争や侵略が感染症拡大の一つの大きな要素となってきた。


1. ペストと「スペイン風邪」


・ペスト(黒死病)=ネズミに寄生するノミが自然宿主とみられ、14世紀にシルクロードを通して拡大。ユダヤ人虐殺をも伴う大惨事となり、文学でも繰り返し描かれた

教義にのっとった生活を規律正しくしていたユダヤ教徒は感染者が少なかった。ゆえに、ユダヤ教徒が迫害された。ユダヤ教徒が井戸に毒を投げ込んだなどのデマが流され、ユダヤ人虐殺が起こった。

・インフルエンザH1N1型=第一次世界大戦のさなか、「世界最大のパンデミック」を起こしたウイルス感染症。戦時中のため各国が隠ぺいする中、中立的位置にあったスペインで報道されたため「スペイン風邪」と呼ばれた

このパンデミックは、戦争による殺戮と収奪、疲弊、貧困、食糧難などが免疫力の低下をもたらし、蔓延を拡大させたのは言うまでもない。そして、軍隊内の上意下達でモノも言えない状況が病状を悪化させた。
当時の日本帝国主義は、「マスク着用」「患者の隔離」など現在の新型コロナにたいする対処法と同様の認識をもっていた。そして内務省は警察をつうじて、大衆に予防の徹底を呼びかけた。
……当時の明治政府は、「スペイン風邪」の猛威を前になすすべがなかった。収束したのは、大勢の人が「スペイン風邪」にかかり、生き残った人びとが免疫抗体を獲得したからだと言われている。

2. 感染症「克服」宣言と医療破壊


・戦後、公衆衛生と医療技術(抗生物質、ワクチン)の向上
1977~ 天然痘の抑え込みに成功
米公衆衛生局長官W. スチュワート「感染症の教科書を閉じ、疫病にたいするたたかいに勝利したと宣言するときがきた」

・1980s~ 新自由主義の下で感染症対策は軽視され、巨利をもたらす高度先進医療や医療機器開発へ重点がシフト

・21c 新興感染症(SARS, MERSなど)の発生

ウイルスそのものの強大な進化や変異が進んだとしても、それだけではパンデミックにはならない。感染症が発生したとしても、世界的に流行するには一定の条件が必要だ。/しかし、以下のように、その条件を簡単にクリアできる社会が新自由主義のなかで一気に生まれてきている。

- 世界経済の一体化:中国の「世界の工場」化
  - 鉄道や航空機による大量で高速の移動
  - 人々が離合集散を繰り返す大都市
  - 生態系の破壊、気候変動
- 雇用とインフラの破壊
  - 非正規雇用の拡大、貧困の蔓延
  - 公衆衛生の後退
  - 医療破壊(→後述)
※ 高齢化(←高度先進医療への注力)
・「90/10分割」:世界の医療費の90%が10%の種類の病気/10%の人口に人々に注入

日本の病院数は1990年に1万を超えていたが、現在は8300あまり。……新興感染症は、ほとんどの人が免疫をもっていないため、たとえ最新の医療があったとしても、一たび院内感染が起きれば一瞬で破綻する。/このなかで、感染症対策や公衆衛生学は切り捨ての対象になっていた。


- 疫学調査やワクチン開発を担う職員の削減、研究費の「競争的資金」化
- 保健所の削減、公立・公的病院の統廃合
- 製薬会社「流行が過ぎると薬も終わりでは、ビジネスにならない」

3. 戦争・差別と感染症

・WHOの形骸化:中国や日本から多額の資金・賄賂を得る一方、米トランプは資金ストップ

WHOが各国に指示を出しても、対応は各国の独自の利害にゆだねられている。とりわけ、最も激しい米中対立をはじめ現在の帝国主義間・大国間の争闘戦を色濃く反映しているから、なおさらだ。

・「感染症対策は、国家的な戒厳体制と一体だ」
- 中国……武漢封鎖、位置情報やカルテの徹底的監視
- 日本……2度にわたる緊急事態宣言、改憲をあおる自民党

・「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」の罪過
 「PCR検査をすると医療崩壊する」
 「日本はまだ踏みとどまっている。暖かい季節になれば感染は弱まる」
→3/24の五輪延期決定まで「クラスター対策」に固執
・戦争・軍事と一体の国立感染研究所
- 生体実験……GHQとの取引で免罪された731部隊の系譜
- 核政策……山下俊一「放射線の影響はニコニコ笑っている人には来ません」

感染症が起きるたびに、支配階級は民衆の不安に乗じて、差別や排外主義を強め、隔離政策などによる強権政治に手を染めてきた。今こそ、これらを打ち破らなければならない。

(以下は前掲の前進記事「『命令拒否に罰則』の悪法」より)

ところが緊急事態宣言には、「宣言を発出すること自体はやむを得ない」(日本共産党・志位和夫委員長)とか、「後手後手の対応だ」(立憲民主党・枝野幸男代表)などと全政党が賛成してしまっている。政府や資本家が宣言を利用して大合理化(賃下げ、首切り、労働強化)や強権発動を正当化している時に、こんな資本家政府に強大な権力を渡しておいて、どうして労働者人民の命と生活を守ることができようか。今必要なことは、一ミリも譲ることのできない労働者人民の生存をかけた闘いを、自分たち自身の力で現場から巻き起こすことだ。

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