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寂しい二人

久しぶりに母親と出かけた。その日は、四月の半ばで少し肌寒かったけれど天気が良かったので、母は私を連れて駅前のショッピングセンターに行った。私はお昼ご飯を食べてから、母の買い物に付き合ったりして過ごした。母も久しぶりだったせいか、楽しそうだった。俺は大学の3年生、母親は46歳、父は仕事人で4年ほど単身赴任で家にはたまに帰るだけである。母は父のいないぶん「せいせいしたわ」と言いながらも毎日が結構退屈そうだった。

 夜になると、母と一緒にテレビを見たりしていたのだが、その時に母が突然こんなことを言い出した。「ね、孝雄ちゃん、最近家にいることが多いけど、彼女とかはいないの?」 ちょっと嫌なところを突かれた質問だった。実は、2か月ほど前に3年ほど付き合っていた真由美と別れたところだ。今日みたいな日に家にいるというのも、一人で出かけるのに気乗りしないので、もっぱら母親相手に出かけることが多くなってきていた。「暇そうに見える? うん、2か月前に別れたから・・・ 家にいると邪魔かな?」と力なく笑いながら答えてしまった。

 すると、母は急に目を見開いて驚いたような顔をした。そして、俺の顔をまじまじと見つめてきた。それから、少し間を置いて言った。

「あんた、振られたの?」 その言葉を聞いて、思わず胸の奥がきゅっと縮んだ感じがした。それから、急に恥ずかしくなってきた。「もう忘れたし、最近はかあさんといるほうが楽しいかも(笑)」とまあうまくお世辞が言えたと思う。実際に正直言って休みの日の母と過ごす時間は、実は気持ちもリラックスして心が安らいでる。でも、この話題をこれ以上続けるのは危険だと直感的に思った。なぜなら、何かにつけて自分のことを詮索されるのはあまり好きではないからだ。だから、それ以上聞かれないうちに「俺、本当にかあさんとのほうがいいよ」と言っておいた。実際、今の状況ではそうかもしれないと思ったのだ。すると、母もまんざらでもない様子で笑顔になってくれた。しかし、今度は逆に俺の方から聞いてみた。

「じゃ、父さんのほうはどうなんだよ? 単身赴任先で浮気とかしてないのかよ?」 すると、母は少し困った表情をした。それから、下を向いてしまった。なんとも言えない複雑な顔つきをしている。そして、しばらくしてから小さな声でつぶやくように言った。

「お父さんは、ずっと帰ってこなくてもいいわ。だって、あの人は昔からお母さんのことなんて見ていないもの。」

意外なことに母はそういって顔を曇らせた。しまったと思った。咄嗟に「俺たち寂しい同士なんかなあ? でも意外と今が一番楽しい。母さんが恋人かもね」と返して笑って見せた。まずかったかと思ったが、案外母も機嫌よく微笑んでくれた。とりあえずホッとした。

それから、しばらく話しているうちに母が俺のことをじっと見つめていることに気づいた。なんだか真剣なまなざしである。しかも、少し目が潤んでるような気がした。きっと寂しかったんだと思って、思わず僕も見つめ返した。そういえば、二人でこうやって話す機会もあまりなかったかもしれない。お互い視線を合わせたまま、時が流れた。そのまま、時間が止まっているようだった。ただ、母の唇だけが微かに震えて動いているのが見える。その様子が妙に艶っぽく見えてしまう。まるでスローモーションのようにゆっくりと俺は母を抱きよせてしまった。不思議な感情だった。やさしさ・・いとしさ・・・でも、女の人に触れたいような・・ しかし、自然な形でやさしく抱き寄せていたんだ。しばらく沈黙の時間が流れた。その静けさの中で、母の温もりが感じられてずっと抱きよせていた。(・・・)