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ちょっと遅いけど親孝行に目覚める

 父が亡くなり2年になろうとしています。その後の母の様子からは、いかに父が心の支えであったかを知らされました。一方で、父が抱えてきた重みのようなものも感じました。
 母は交友関係が広いわけでもなく、新しいことに対するチャレンジも苦手であり、どちらかといえば悲観思考に陥りますし、思いが移り変わるので、まともに受け止めると疲れてしまいます。
 父もよくわからないところで激高したり、時折無茶苦茶なことを言ったりすることがありましたが、ともかく夫婦としてはつながって、僕をきちんと育ててくれた、成長の過程で、僕が壁や天井を感じることなく一人前になれたのは確かだと思います。時代環境が違いますが、両親が家を買い、さらに住み替えているのも、未だに家を買う気になれず、おそらくこのまま買うことはなさそうな自分にとってはすごいと思います。
 母との間ではこの2年間、いろいろありましたが、今は比較的安定的に寄り添っている感じです。こちらも無理をすると疲れてしまうので、そこは出来る範囲で電話して、会いに行って、ただ、そのサイクルは一定間隔で行う、いろいろ現状に対する不満を口にするけど、それはガス抜きのようなもので、解決に向けて動けるような話でもなく、話を受け止めていれば良い、親孝行といって遠くに旅行に連れて行ったり、豪華な食事に行くようなことは難しいけれど、好物の弁当を買っていき、一緒に食べるぐらいならできる。できる親孝行をしっかりやっていくことにしよう、時間を過ごす中で、過去の良き思い出も共有しよう、そんな思いになりました。
 僕自身がストレートで盤石な生き方をしているとは言えないし、それが周辺の人間関係を複雑にしており、結果として理想の家庭像みたいなものを母の周囲に現出できていないという気持ちはあるけれど、それはそれぞれの人間が操り人形でないのだから、思い通りいかないのは当然だし、これまでそれによってさまざまな軋轢もありましたが、そこもリカバリーは難しいし、それによってすべての関係性が変化すると、現在の幸せも目の前から溶け行ゆくかもしれません。
 そういう自分の力ではどうにもならない流れのようなものを何とかしようとすると、無力感に苛まれて何もできなくなってしまいますので、今の僕にできることをやっていくしかない。
 親孝行も、母の思い描く理想像は別にあるのでしょうが、僕が提供できる親孝行は限りがあり、そこは気持ちを寄り添うことで、かなりの部分をカバーできる。
 何か新しい発見とか、自分の人生を切り開くような気づきとか、そういう僕が切に願う変化変容のプロセスとはあまり関係ないかもしれませんが、人の親孝行に徹する姿を見て、自分もできる範囲でその真似事をしたくなった、そんなところです。
 各人が、生から死に向かっていく個々の時間軸を持つ中で、たとえ親子であっても、時間を共有できる期間が意外と短いものです。家族との時間は、普段は空気のように当たり前の時間と考えて雑に扱いがちですが、すべての人のご縁は一期一会と捉え、気合は入れずとも、気を入れて、その時間と付き合っていきたいと思います。


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