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「不思議なはなし」

清水屋商店BOOKS vol.6

本を読むというと、1冊の本を読むことだという人が多いと思います。でも時には複数の本を同時に読むことをやっているという人もいるのではないでしょうか。
僕は本を選ぶ仕事をしているので、複数の本の組み合わせをつくることをやります。
これはなかなか奥が深いところがあって、簡単に言えば正解がないというか、答えがいくつもあるものです。
規模によっても変わるけれど、その組み合わせは無限と言ってもいい。
そして、それをむずかしくさせるものに本の多さということがあります。本と一言で言っても、平安時代から昨日出たものまであるし、言語の制限がなければおそろしく広い範囲になります。そのぶん可能性が無限にあるわけです。


でもやるからには、いちばん良い組み合わせを作りたいものです。だからむやみやたらに選んでいたらダメだし、自分の読んだ本だけでは話になりません。そこで大切になるのが、目的と手段を明確にして組み合わせを考えることとどれだけ多くの本を知っているかということ。読むと知るは似て非なるもので、読まなくても本を知ることはできるものです。キーワードを作ったり、簡単に手に入る本に絞り込んだりしながらでも、テーマと条件を設定して本を選ぶようにすると、本が見つけやすくなります。このあたりはテクニックの要素が大きいですが、いちばん大切なのはどういうアイデアで組み合わせるか、なのかもしれません。
そういうわけで、このコラムでもたまにそういった組み合わせの実験をしていこうと思います。

というわけで、今回紹介するのは

『ナショナル・ストーリー・プロジェクト Ⅰ (新潮文庫)』
著者:ポール オースター (編集), 柴田 元幸 (翻訳)
出版社:新潮社 (2008/12/20)
価格:税込737円
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『父からもうすぐ逝ってしまう君へ』
著者:ボブ・グリーン (著), 桜内篤子 (翻訳)
出版社:きこ書房 (2009/9/30)
価格:税込1,540円
父からもうすぐ逝ってしまう君へ 心を揺さぶる37話 | ボブ・グリーン, 桜内篤子 |本 | 通販 | Amazon

『愛されすぎたぬいぐるみたち』
著者:マーク・ニクソン (著), 金井真弓 (翻訳)
出版社:オークラ出版 (2017/6/13)
価格:税込1,870円
愛されすぎたぬいぐるみたち | マーク・ニクソン, 金井真弓 |本 | 通販 | Amazon


という3冊の本です。テーマは「不思議なはなし」。


この3冊には、3つの共通点があります。

・実際のできごと
・みじかい話
・アメリカ

では、ひとつずつお話していきます。

「実際のできごと」
いずれの本も実際にあった出来事です。
『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(以下『ナショナル~』)は、作家のポール・オースターが1995年に始めたラジオ番組の「すべてを俎上に」という企画で集まられた全米の一般市民から募集した不思議な出来事の中から180の話を選んだもの。
『父よりもうすぐ逝ってしまう君へ』(以下『父より~』)は、コラムニストのボブ・グリーンが1997年に出版したコラム集で、彼が見聞きした37の話が載っているもの。
『愛されすぎたぬいぐるみたち』(以下『愛されすぎた~』)は、写真家のマーク・ニクソンが開催した展示を2013年に本にしたもので、60体近くのぬいぐるみの写真とそれにまつわるできごとが持ち主によって語られています。


「みじかい話」
どれもがとても短いです。『ナショナル~』は、ラジオの投稿によるものだったので、すべての話が投稿者みずから書いた文です。ですので、文体や構成がバラエティに富んでいます。『父から~』だけは、ボブ・グリーンの一人称形式で、一つの視点に統一されています。『愛されすぎた~』は持ち主へのインタビューをベースにした文で、展示会場の作品解説のようにコンパクトで語り調のものです。


「アメリカ」
3冊ともアメリカで出版されていて、語られている出来事はすべてアメリカで起きたことです。これは偶然ではなく、僕の意図的なセレクトだから。アメリカという国は多様性の国と言われます。その意味はいろいろあって、人種・気候・政治理念・宗教など多岐にわたる分野で言われていることです。その多様さが大きな要素です。アメリカに生まれ育った人の文というのは、特有の香りがあるように思います。どこか乾きの中にほのかな暗さを帯びた印象があるように思います。これは個人の主観ですが、その土地が持つ特有の湿度と大国ならではのほのかな諦観がない交ぜになった独特な雰囲気がある。この3冊のどの話からもその雰囲気が漂っていて、それが不思議な魅力になっているように感じます。どの本も中下流層市民の暮らしの出来事であることが、よりその印象を強くしている。
外から見るアメリカはスケールが大きくて、華々しく、輝かしいものに感じますが、それは国というマクロの印象だけなのかもしれません。実際に暮らす人々のほんとうの話に触れてみれば、そこには慎ましくすこし憂いのある暮らしがあります。
出版された時期も意図も異なりますが、不思議とこの点に共通点があるように感じます。

さて、テーマは「不思議」です。
この3冊に出てくる短い話たちは、どこか割り切れないことや些細な出来事についてばかりです。本来こういったものは、とりとめのないものだし、落ちがないだけに誰かに話すことも少ないですし、ましてや文章にすることなんてほとんどありません。だからこそ、この3冊の中の話はめずらしくもあり貴重なものではないでしょうか。それだけでも選書理由になりますが、この時期にセレクトしたことも理由です。

この1年のコロナ下での暮らしで、ネットやテレビのニュースに触れる機会が以前よりも圧倒的に増えたことに対して、なんとなく嫌気が差しませんか。ニュースはより多くの人に関係する出来事が取り上げられる特性があるので、センセーショナルでスケールの大きいものが多い。そういうものにずっと触れていると、自分がその渦中もしくはその近くにいるように錯覚して、文字通り毎日がニュースな状況に感じてしまいます。でも実際の自分の暮らしは淡々としているわけで、なにかとても煽られているようにすら思えるときがあります。だから、ニュースと真逆のものを求めてしまう。ほかの誰かのなんでもないことに共感したり、安心を感じたりするように思います。
そんな日常のできごとは割り切れることや、腹落ちの良いばかりではないです。でも世の中どこか前に進めることが前提になっていて、そういったこともなかば無理やり意味を見出す、または原因らしき理由をみつたりしては次に行こうとします。
でも時には、よくわからないことをじっくり考えてみる、もしくはそのまま受け入れてみることもいいのではないかと思います。
映画・音楽などのカルチャーのいろんな分野でアメリカは魅力的な存在だけれども、その華やかさの裏にあるものに、僕は強く惹かれます。光と影で言えば、そういった裏の部分は影と言えますが、それよりもその光源という表現がしっくりくるように思います。あれだけの光を放つためには、そのための原動力があるはず。それは莫大な資金や豊かな才能だけではない。そこにはけしてスポットライトの当たることのない名もない人々の幾千幾万の暮らしがあると思うのです。
では、それはどういうものなのか? その答えはこの3冊の中の話たちです。具体的には、話の中の表現や文体から受ける印象です。もちろん翻訳文ですので、この考えに説得力はないのかもしれませんが、それでもそこに使われている単語や物事をみつめる視点、語られる思いからは独特な印象を受けます。それはアメリカという国から醸し出される香りであって、ほかの地域にはないものでしょう。比較として、1冊の本を紹介します。

『嘘みたいな本当の話 [日本版]ナショナル・ストーリー・プロジェクト(単行本)』
著者:内田 樹 (編集), 高橋 源一郎 (編集), ほし よりこ (イラスト)
出版社:イースト・プレス (2011/6/23)
価格:税込1,100円


これは『ナショナル~』の日本版を企画した意欲的なものです。市井の人々から募集した嘘のような本当の話を収録したもので、その意図は『ナショナル~』と同じです。でも読後感がまったく異なります。僕には風土の違いとしか言いようがありませんが、ここまで異なると、もう不思議と言うしかありません。

ちなみに、不思議とは仏教用語の「不可思議」を語源にした言葉です。手元の辞書では、「思いはかることができず、言語でも表現できないこと。あやしいこと、異様なこと」とあります。
いうなれば、理解するにも理解できないこと。だから「不思議だなあ」と一言いって、そのまま受け入れるしかない。
たまには、深く考えずにそのまま受け入れることがあっても良いと思います。どの1冊でも、もしくはその内のいくつかの話だけでも読んで、ささやかな「不思議」を感じてもらえればと思います。大切なのは「不思議だなあ」と思うことだけにすること。その理由や意味を考えちゃいけません。あしからず。  

おわり

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