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「本を読むひとの姿って、、、」

清水屋商店ブックページ Vol.3

まだ空気は冷たいですが、近所の桜もだいぶ花をつけ、日差しも春めいてきました。
コロナの流行による緊急事態宣言もあり、家で過ごすことが増えたこの冬。外に出るときはいろいろなことに気を使いながら、自問自答することが多かったように思います。

寒さは体だけではなく心も縮こまらせてしまうもの。
でも気温が上がるとともに、少しずつ少しずつほぐしてくれます。そうなると、体を伸ばして思いっきり外に出かけたくなるもの。
とはいうものの、まだコロナの心配はあるから人の多いところに出向くのは気が引けてしまいます。
家に閉じこもっているのもイヤだし、かといって人混みにいくのも、、、とまた自問自答してしまうけれど、それではどうにもなりません。そういったときには散歩に行きましょう。
散歩なら蜜は避けられますし、何よりも外の空気にたっぷり触れることができます。

僕はコロナが流行してから散歩という楽しみを見つけました。一度歩き始めると止まらない習性があるようで、いつも2、3時間歩いてしまいます。歩いているときは何ともないのですが、帰ってくるとぐったりしてしまうこともあって、自分ながら厄介な性分だと困ってしまいます。とくに冬は体を動かしていないと寒くなってしまうので、さらに歩くことに。

でも暖かくなれば、公園のベンチで休むことができます。ただ、ここで問題になるのは座っているだけということのむずかしさ。そんなことはないよという方も多いとは思いますが、きっと同じ思いの人もいると信じて話を続けます。

さて、なにがむずかしいのか。
それは状況です。子どもや奥さんがいれば間が持つし、自然な感じです。また高齢の方が佇んでいるのも気になりません。ところが働き盛りの大人がひとりベンチに座っているのは違和感しかない。これはそんな状況を見て僕が感じることでしかないけれど、妙に気になるのです。
具体的には、「仕事がないのか?」「サボってる?」からはじまり、なにか事情があるに違いないとなり、「帰れない? 帰りたくない?」となります。そして最終的には「だいじょうぶ?」と余計な心配をします。
これって大きなお世話なのですが、その人がいるだけでこっちは勝手にざわざわしてしまうわけです。だから、僕がひとりでベンチに座っているのも同じ。そう思うとなかなかベンチに座る勇気が持てません。

でも唯一、それが起きない状況があります。              それはその人が本を読んでいるとき。
心配しないどころか、むしろ「いいなあ」って感情が沸き上がってきます。僕はこれを「読書マジック」と呼んでいます。
理屈はわからないのですが、男も女も老いも若いも本を読んでいる姿ってとても魅力的です。同じ読んでいるのでもスマホやタブレットではダメで新聞も違う。これは本だけが持っている魔法。
ギャップ萌えっていう言葉がありますが、これが発祥ではないかと思うくらい本を読んでいる人って魅力的で、本を読みそうもない人ほどその魅力が増すのです。
想像してみてください。町工場で油まみれのおっさんが休憩時間に文庫本を読んでいる姿を。さっきまでバカ騒ぎしていた女の子がひとりになった瞬間、バッグから単行本を出して読み始めるところを。イメージしただけでグッときませんか?

このままだとただの独りよがりになってしまうので、その証明として1冊の本を紹介します。

今回紹介する本は、

『読 READING』
編集:読庫 新星出版社
出版社:新星出版社 (2015/8/31)
価格:税込4,488円

という本です。

中国の出版社が出しているもので手に入りづらいのですが、Amazonで買えるようです。価格はAmazonのものです。
カバーを外すと、くすんだ赤い綿布に「READING」の黒文字が箔押しされた装丁と赤サテンの太いスピン(栞紐)。とても洗練されたデザインです。
タイトルだけでは内容がよくわかりませんが、副題として「Magnum Photos」とあります。Mugnum(マグナム)とは、1947年にロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デヴィッド・シーモアの4人の写真家たちによって結成された世界を代表する国際的な写真家のグループのこと。その活動は現在も続いています。
つまりこの本は、マグナムに所属していた写真家が撮った“本を読む人”の写真集です。
新星出版社の読庫(DUKU)レーベル10周年を記念して出版されました。
出版社の目的はたくさんの人に本を読んでもらうことで、その魅力を本にしたわけです。僕はこの発想がとても粋だと思うのです。

作り手として、良い本を作れば読んでもらえると考えます。同じように、読み手も良い本が出れば読むと考える。でもこの本はそこから逸脱していて、もっと俯瞰した視点の意図があるように感じます。

たとえるならば、ビールのCM。ビールを飲んでもらうために、ビール自体の魅力ではなく、あえておいしそうに飲むシーンやその風景を象徴的に見せるやり方に似ています。でも、それだけならただのマーケティング手法で終わってしまいます。本の魅力を伝えるために、本を読む姿をアピールところまではビールCMと同じですが、それをアピールするそのものである本でやったことに面白さがあります。本を読む姿や風景を被写体である本に綴じるというところにひねりがあります。

どういうことかというと、この本を手に取り開く。そこには本を読む姿があって「ステキだなあ」って思う。でもの瞬間、その自分が本を読む人になっていて、写真の被写体になっているわけです。この複数の意味が同時発生するというちょっとハイコンテクストな仕掛けがすごいです。ほかのメディアを使っても同じ構造にはなりえません。

でも、一つだけ難点が。
それはこの構造に気づくと、冷静に本が読めなくなってしまうこと。ちょっと自意識が強くなる可能性があるので、気を付けください。

本の構造について少し語りすぎましたが、大切なことは本を読む姿って魅力的だということです。なぜそう感じるのか。いろいろな意見があると思いますが、僕はその人が真剣な眼差しをしているからだと思います。だからこそ、その姿を多くの写真家が写真に収めたのではないでしょうか。
紹介した本は入手しにくいので、もう一冊。そしてそこに綴られている谷川俊太郎さんのすてきな詩を紹介します。

『読む時間』
著者:アンドレ・ケルテス, 渡辺 滋人 (翻訳)
出版社:創元社 (2013/11/13)
価格:税込2,420円


「よむこと」  谷川俊太郎

黒い文字たちが白い紙の上に整列しています
静かです
音はしません
あなたの目は文字に沿って動いていきます
あなたの指が紙をめくります
そよ風があなたの頬を撫でています
でもあなたはそれに気づきません
あなたは本を読んでいます
椅子の上のあなたのお尻がかすかに汗ばんでいます

(後略)


春の陽気に誘われながら、本を片手に散歩して、公園のベンチで本を読む。または本を読んでいる人を眺めて散歩する。そんな季節がはじまります。

 おわり

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