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「きおくときろく」

清水屋商店BOOKS vol.7

東京は何度目かの緊急事態宣言中。どうやら5月末まで継続されるよう。
ちょうど1年前は、1回目の緊急事態宣言で世の中が初めての状況に遭遇し、だれにも先が見通せず、ちょっとした混乱にありました。マスクが手に入らず、トイレットペーパーなどの日用品が品薄になり、最も有効だと言われる消毒液も石鹸も先を競って買う日常。学校は休校し、仕事も在宅勤務がはじまり、飲み屋に行くどころか外食すら自粛せざるを得ない世の中に。不要不急の意味が掴めず、目線の合わなさによる行動のズレに必要以上の軋轢が生まれました。
こうやって、綴ってみると、今日となにひとつ変わっていない。むしろ2年前の状況が思い出せないくらいにそれらが当たり前になったように感じます。「今を生きる」とはそういうことなのかもしれないと思う最近です。

むかしの人が「諸行無常」と書いています。永遠なことなどなにひとつないということと僕は理解していますが、きっとこの世はそういうことなのだと思います。

最近、それを感じさせることがいくつかありました。
たとえば、ドラマの再放送。画面の中の人たちはマスクをしている人は一人もなく、ソーシャルディスタンスなんてどこにも見当たりません。そういうものを見たときに、なんとも言えない隔世の感があります。その感覚はマンガでも。
これはむかしは固定電話しかなくて女の子の家に電話するのが大変だったというエピソードに時代を感じるのと似ています。昭和と平成に文化のギャップがあったように、すでに平成と令和にも大きなギャップがある。それはバブルと失われた20年くらいの差と同じくらい大きいように思います。

日常の変質という意味では、東日本大震災後の「計画停電」のあの感覚と同じように思えます。当時、僕は横浜に住んでいて、毎週1,2回真っ暗な夜を過ごしました。そんな夜は家への帰り道、街灯も信号も巨大なマンションの廊下灯も家々の明かりもどこにもなく、すべてが巨大な暗闇に包まれていました。それはどこか物語の世界に迷い込んでしまったような不思議な感覚。しかも市内で細かく区分されているものだから、道一本はさんで隣の地区は明かりがこうこうとついているというとこに、何とも言えない気分になったものです。それと同時に、将来きっとこの景色と感覚を思い出すのだろうと漠然と思ってもいました。そのとおり、10年後の今でもしっかりと記憶しています。

このコロナ下の日常がいつまで続くのか今はまだ見通せないけれど、これが永遠に続くことはなく、近い将来、計画停電のことのように思い出すことになります。
ただ、いま起きていることは応急処置ではなく、生活様式の変更と言えるもので、世の中の基準そのものが変わっているように思います。これは日本だけではなく世界で起こっていることであり、ある日を境に世界が“コトン”と音を立てて変わったように思います。
大げさかもしれないけれど、このことを経験した世代とその後の世代では根本的な感覚の違いができてしまうよう。そんな予感があります。それは戦争の前と後の世代格差のようなものかもしれません。

だから、この体験をモチーフにしたものがいろいろと発表されるのではないでしょうか。それは小説、漫画、アニメ、ドラマ、映画、音楽、アート、デザインなど、ありとあらゆるメディアや表現活動で生まれる。そしてそれらはきっと数十年後の世界では、貴重な時代の記録として研究の対象になるはず。

そんなことを思っていたら、偶然1冊の本が目に留まりました。それはまさに1年前のことを題材にした記録。僕はそれを見つけたとき、まさかこんなにも早く出るものなのかと驚きました。しかも、企画モノ。さっき1冊と書きましたが、ほんとうは3冊です。1冊は小説の短編集で、あとの2冊は上下巻のマンガです。

というわけで、今回紹介するのは

『Day to Day (単行本)』
著者:講談社 (編集)
出版社:講談社 (2021/3/25)
価格:税込1,760円
Day to Day | 講談社 |本 | 通販 | Amazon


『MANGA Day to Day(上) コミック』
著者:講談社 (編集)
出版社:講談社 (2021/3/25)
価格:税込1,540円
MANGA Day to Day(上) | 講談社 |本 | 通販 | Amazon


『MANGA Day to Day(下) コミック』
著者:講談社 (編集)
出版社:講談社 (2021/3/25)
価格:税込1,540円
MANGA Day to Day(下) | 講談社 |本 | 通販 | Amazon

講談社から3冊同時に発売されました。1つのテーマを小説とマンガで出版するところは大手出版社だからこそできるスケールです。この企画のコンセプトが100人の作家と109人の漫画家にコロナ渦の暮らしを描くことにあるようです。そのためマンガのほうが2冊になったのだと思います。

とにかく、このスピード感はすごいと思います。計200人近くの物書きに同時に発注し1冊の本にまとめることは至難の業だと思います。それだけでも価値がありそうです。
さらに、どちらもカレンダー形式になっていて、どちらも2020年4月1日から2020年7月8日(マンガは9日まで)を1日1作家が担当する構造。
さすがにそれぞれの日につながりはありませんが、それでもこのアイデアは秀逸だと思います。むしろ、バラバラになることで100個の視点でコロナ渦の暮らしが描かれているわけですので、こちらのほうが記録としての価値は高い。
僕としては今の時点でも、1年前の混乱を振り返る要素があることが発見でしたし、自分とは違う世代の視点や感じ方も知れ、さらには1年前の自分の記憶がよみがえってきたことも新鮮でした。

こういったものは過去にもありましたが、この講談社の企画は小説とマンガというフォーマットを並行してやったことに新しさを感じますし、なによりこの時代を象徴するものとして意味を持っていくように思います。


最後に、この本はどれも3㎝以上ある厚みがあって、まあまあ場所も取りますし、きっと読むのにきっと時間もかかるでしょう。でもできるならば、3冊とも手にしてほしいです。
小説版とマンガ版では、微妙に判型(本のサイズ)が異なっていて、本の重さが違います。
その理由は出版社のこだわりです。同じ読むでも、小説とマンガでは本の持ち方やページのめくり方が違います。だからそれぞれの使い方を見越して、小説版は斤量のある紙を使って1ページ1ページめくりやすくするために重くなっていますし、マンガ版はパラパラめくりやすいように軽い紙を使いさらには小説版よりも少し小さくなっています。そのプロダクトとしてのこだわりも実際に手にして感じるのも楽しいのではないでしょうか。

おまけ。実はこれには愛蔵版が作られています。こちらは4月、5月、6,7月の3冊になっていて、各日付の小説とマンガが交互に掲載されています。これはまた違う趣であの時のことが振り返られます。

おわり

『愛蔵版 Day to Day 単行本』
著者:講談社 (編集)
出版社:講談社 (2021/3/25)
価格:税込7,150円
愛蔵版 Day to Day | 講談社 |本 | 通販 | Amazon


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