【16】 住民説明会で明らかになったこと
6月30日の住民説明会がどれだけひどい始まりだったかということは、YoutubeやTiktokを見てきた方はよくおわかりと思う。録音させてくれ、議事録を作って公開してくれ、と訴える住民に対し、教育部は録音させない、公開もしないとつっぱね続けた。最終的に、公開してよいとなったので、その一部始終はここで見れる。
公開する、しないのやりとりに関しては、切り抜きも9個くらいつくった。これだけ住民から「隠蔽やめろ」と責められながら、淡々と隠蔽策を繰り出す教育総務課長、教育部長の胆力はただものじゃないなあと改めて思うけど、その情熱とエネルギーを、住民に寄り添うために使ってくれたらどんなにいいかなと思う。
市長は何度も私に、「公開するなら、全部公開してよ」と言ったが、不思議だ、もしこれを全部公開したら、「なるほど市長や教育部の言っていることに筋が通っている」と思う人たちが出てくるとでも思っているんだろうか。参加者全員から了解を得られた今回の住民説明会は、もちろんすべて公開する。(前回の6時間15分の住民説明会だって、許可をくれた人の声だけ公開したから4時間程度[前半、後半]になっただけで、公開してもいいならすべてしたかった)
繰り返すようだけど、周辺地域を浸水させて公共建造物をつくるというのは、まずもってアウトだ。これは一般社会的にアウトだし、公共事業ならばなおさらアウトだ。で、みなさんも試してみてほしい、これは県に聞いても、国交省に聞いても、文科省に聞いても、「・・・それは、だめですね」となる。だめなのだ。だめだけど、なんで彼らが何も言えないかというと、地方自治が強いせいだ。強い地方自治をもった行政の暴走を訴えると、「・・・そういうのは通常、議会が止めるんですけどね」とも言われる。でも議会も判断能力を失った人たちの集まりならば? そう、誰も止められない。それが今の福津市の惨状なのだ。でも、道理に反している。誰の目に見ても反している。
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今回の住民説明会には、わざわざ青森県から、ため池ハザードマップの専門家が来てくださった。この方の発言だけまとめた動画もつくった。
この方のおかげで発覚したのは、新設小学校にとって危険なため池は、禊池(みそぎいけ)ではなく、七股池(ななまたいけ)であるということだった。
七股池はこれまで、ため池台帳に「堤体がないため池」と記されてきた。けれどこの専門家がGoogle earthで調べたところ、どう見ても堤体がある。それで、福岡県に問い合わせると、県もこれを認めた。堤体のない、掘り下げ型のため池に比べ、堤体のあるため池はこわれやすい。しかもこの堤体の直下には障害者施設や人家もあり、「防災重点ため池」に指定される要件を兼ね備えている・・・。
七股池が防災重点ため池に指定されれば、ハザードマップに反映しなければならなくなる。七股池から流れている用水路(排水路)↓ は、実は今、学校敷地の中央を通っている。
まだ先の専門家の見立て段階ではあるが、もし120万トンもある七股池が決壊すれば新設小学校には流速5m、水深約2mの水が直撃する可能性がある。流速5mとは、ガラスを壊し、木造建造物を押し流す勢いだ。そんなところに、子どもたちを通わせるのか。盛土をすれば、その直撃はさらに周辺地域を襲うだろう。周辺地域を、そんなところにするのか。そんなところに人を住まわせ続けていいと思ってるのか。
そもそも市は、この用水路(排水路)のコースを変えた上で、ボックスカルバートで暗渠にし、その上に校舎を建てる計画を進めている。しかしボックスカルバートで暗渠にした場合、川幅は約80cm2m(2x1.5mの間違いでした。けれどこれでも足りない狭さです)と狭く、今より閉じたものになる。中の整備が難しくなるのは、専門家や学識経験者たちが口を揃えることだ。ここに流木や石が詰まったら、どう掻き出せばいい? たとえ七股池が決壊しなくても、たとえ詰まらなかったとしてもだ、たった95mm/3hの雨(朝の6時台に38mm/h、7時台に42mm/h、8時台に15mm/h)で、これだけの状態になる用水路(排水路)↓ を暗渠にしたら何が起きるか。ちょっと考えればわかることだ。あふれるだろ!
そうしたこと、こうしたこと、全部ひっくるめて、私は今回の問題の本質が集約しているなと思ったのが、専門家のこの発言だった。
これはもう、市が撤回するしかない状態にまできている。これだけ住民から突き上げられながら、盛土で学校を建設するなんて、ありえないし、風向きが変わってきたことは、たぶんみんなが感じていることだと思う。
問題はもう、「いつ」「誰が」「どう」撤回するかだ。
YoutubeやTiktokのコメントでは、頻繁に利権や汚職が疑われている。私にはわからない、もしかするとそういうこともあるのかもしれない。けれど個人的には市長に対して、利権にまみれる人じゃないということだけは、まだ信じたい気持ちがある。教育委員さんたちも、情報が偏って伝わっているだけで、このまちや子どもたちを思う気持ちは本当じゃないかと思っている。
ナイーブと思われるかもしれないけれど、両者の英断を今も信じている。