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【アボカド 001】 くまなしハウスとの出会い、そして、その遺跡的様相

東京都・非農家出身の移住者かつ新規就農者が、富山県氷見市を舞台に、ちいさいながら農を営ませてもらっています。ここでは、氷見市熊無にあるハウス圃場で、無謀にも熱帯果樹・アボカドの栽培をやってみようという、その挑戦と遊びの軌跡をお届けしていきたいと思います。

 2021年春、おおきなハウスを2棟、借りることになった。

 すぐそこが石川県羽咋はくい市という、富山県氷見市の西域・熊無くまなしにあるハウスだ。

 2棟ともに、おおむね、間口10m、高さ5m、奥行き30mくらいのハウスで、小規模に農を営む当方にとっては、大変におおきい。

全景(上のハウスは天幕が破けている)

 もともと、菊やストック(花の名前、アラセイトウ属との由)等の花卉かき栽培に使われていたハウスだったが、少し前に耕作放棄地となり、さらに、先の冬の大雪でいま立っているのとは別の2棟のハウスが潰れたため、使い手がいなければ健在の2棟も処分しようとしていたところだった、という。

 そんな折、声をかけてもらったのだ。

 おお恐悦とばかりに、小生は「はい!」と手を挙げた。

熊無のハウスと出会ったのは、春、明るい花の季節だった。

 紹介してもらった熊無の方々もみなさん親切で、「好きなように、自由に使って良いよ」と言ってくれる。それだけで、小生は、この土地が好きになってしまう。

 ハウス2棟だけでなく、ぐるり一帯の土地を使って構わないとのことで、その完結した空間からは心地よい箱庭感を感じる。国道からの距離は近いながら、地形的に秘せられた感があった。

圃場の境界は、柵で区切られている。

 小生は、心の中で、「これは良いなあ。世間に対するコミットメントとデタッチメントの必要配分が、とても良い感じだぞ」と、よくわからないことを呟いた。

 人目憚らず、軽やかな遊び心をもって農園のデザインを楽しめそうだということ。それでいて、ひとりの世界に閉じこもり切ることなく、地域コミュニティの輪の中にも入れてもらえそう。そんなふうに思ったのだ。

奥の方にはバナナの木。これを背景に舞台を造っても良さそうだ。

 いつか楽団でも呼べるように、木の舞台でも造ろうかしら。農園の青天井の下、ベートホーヘンの田園交響曲を演って、仲間たちや地域のみなさんと一緒に愉しみたい。

 このハウスを活用して、育てたい熱帯果樹がある。

この辺りにも、むかし、ハウスが立っていたとの由。

 ハウスが倒壊して露天となった場所には、北陸の気候でも育ちやすい果樹を植えよう。イチジクとかビワとか、梅なんかも良いな。ハーブを育てても、良いかもしれない。

 あの人は、この人は、喜んでくれるだろうか。友人や仲間たちの顔を思い浮かべながら、作物のお世話をしたい。

 米づくりもある。他の耕作放棄地の開拓もある。やりたいことは、たくさんある。

 まだまだ未熟な農民で、色々なところに手が廻らず、心至らず、どれだけのことを実現できるかわからないのだけれど、愉しみながらやっていきたい。

むかしの名残り、菊の畝。

 この熊無の圃場ほじょうには、以前育てられていた菊がまだ残されていた。黒マルチから、結構な本数、頭を出していた。これから、まだ元気に咲くそうだ。

 高いところにあるハウスの横に2うねくらい。下にあるハウスの脇にも2畝。

 これからの作付けのために、この菊たちにはどいてもらうことになる。でも、そのまま、草刈りや耕運でやっつけてしまうのは、忍びない。

 そこで、圃場の脇の方のちょっとした高台に、少しだけ植え替えてみた。「野菊の丘」などと瀟洒しょうしゃに響く名前で呼んでみてはいるのだけれど、競合するセイタカアワダチソウに負けずに、毎年、花を咲かせてくれるかな。

秋、10月の頃の様子。

 それから時が流れ、このハウス圃場をお借りすると決めてから、田んぼや他の畑の開拓などでほとんど通うことができず、夏過ぎて秋には、ほとんど遺跡、ジュラシックパークのような有り様になっていた。

景色が、まったき黄色になってしまった。

 林立するセイタカアワダチソウの鮮やかな黄色が、目を刺す。ちくちく、涙が出てきた。

刈れば景色が変わるので、やりがいはある。それなりに、ある。

 この2021年の秋口に、少しでも草の勢いを抑えておこうということで、草刈りをしてみたものの、いやはや。

草は弱くなるけれど、人の作業効率も落ちる。

 そうして、迎えた冬。

 草たちも大人しくなり、ここを先途とばかりに、ハウス内の枯れ草を少しでも片付け、不要品、有用品を整理しよう。そう思ったのだけれど。全てはやりきれず、天幕のあるハウスの一部を整理するところまで。

少し整理すると、その分、心が落ち着く。

 まあ、焦ることなく、少しずつやっていこう。少しずつしか、できないのだから。

熊無地区の獅子舞。

 追記。このハウスに出会った次の年(2022年)の、ある春の日。

 ビニールハウスをお借りしている繋がりで、熊無地区の獅子舞に呼んでもらった。

新調された太鼓台と狛犬。

 本来、この地区では、獅子舞は秋に行われるものらしく、今回、春に舞ったのは太鼓台が新調された記念である由。

 この緑明るい時季に獅子舞を眺めていると、あたかもこの舞が、あたたかい季節を招き寄せているかのように感じられてくるから、不思議だ。

 そして、やっぱり、触坂(藝術農民の住まう地区の名前)の獅子舞と、随分違う。太鼓の叩き方からして、違う。

 地域によって個性があり、とても興味深い。

獅子も天狗も、なんだか愛嬌がある。

 しかし、どの地区でも通底する(と思われる)、勇ましさ、長閑のどかさ、そして、ユーモア。

 獅子舞のない地域に育った人間からすると、ただ憧れるばかりなのだが(実際に担い手になったら、それはそれは、大変なのだろうと想像)、やはりこういった文化には残っていってもらいたいと願わずにはいられない。実に無責任な願いなのだけれど。

 農村には、獅子舞がよく似合う。

つづく。

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