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フツーの人生がもたらした大きな穴

私の記憶は1970年代くらいからあるのですが、当時のフツーの人生とは小学校の時はフツーに地域の野球チーム(今はないですよね)に入ってフツーに中学校に行って、フツーに運動部に入ってフツーの高校に行ったら受験のための勉強してフツーの大学に行って、フツーの会社に行ってフツーに結婚をしてフツーに子どもを作ってマイホームとマイカーを買って暮らすという人生です。私も大学を出るまでは心の中はともかく身体はフツーの人生の軌道上にありました。

このフツーの人生には「大きな穴」がありました。それは年老いた親の介護です。つまり子どもは家業を継がずに都会に行って会社員になって独立し、家庭を持つのですから「年老いた親の面倒は誰がみるの?」問題は有名な映画「東京物語」の時点ですでに描かれておりました。

それでも昭和の時代は、女性は専業主婦になるのがフツーの人生でしたから、子育てと介護の責任を押し付けられていました。1985年の男女雇用機会均等法の制定以降、女性の社会進出と失われた30年の間に「親の介護は誰がやるの?」「子育ては誰がやるの?」問題がクローズアップされてきたのです。子どもも作らず、親が元気な間はその問題は視界に入ってきません。子どもができたとき、親が介護が必要な時になって初めて気がつくのです。これって俺がやらなきゃいけないんだと。

私は子どもも作らず親も元気でしたから、この虚構にに気づかず、介護の仕事をして初めて「これってやばくね?」と思い始めたのです。

そしてフツーの人生を皆が目指してきた結果、私が育ってきたような新興住宅地で育つ人が増えました。新興住宅地は元々は人が住んでなかった土地ですから神社仏閣もなくお祭りや伝統行事のない世界です。私が子供の頃は自治会や町内会といったものが地域として結びつきを作ろうとしていましたが、マンションも増え、人口が増えるにつれ自治会や町内会のなり手もなくなりました。

歩いている子供に挨拶するだけでも不審者となってしまう世界になってしまいました。人口密度が高くても皆がお互いに孤立した暮らしになっています。この世界はやばいと思いませんか。私はやばいと感じています。「子育て」と「介護」を社会で行うというのが全体的な流れではあると思いますがもう少しスピードアップして個別具体的に動かないと、いよいよやばいと思います。そのためには地域コミュニティーをバージョンアップさせていく必要があります。一番身近な社会は「地域」ですから。