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オンライン父さん「外伝」おかえり🙌

国道の両サイドには小高い雪の山が出来ていた。
不思議な浮遊感を感じながら、白い2t半のステアリングを握る。

アクセルを踏むと小気味よいエンジン音と共に白い煙が後方に流れる。
特にお腹が空いたわけではない、僕は無意識に国道沿いのラーメンショップを目指していた。小高く積み上がったモヤシ。
向こうを見透かすことのできない、大きな焼き海苔が、丼の縁で行く手を阻む。
それらを暖かく包み込む、真っ黒な黒胡椒味噌スープ。
真っ白なチャーシューと鶉の卵が、彼らの存在を大きく引き立てる。

夕方6時までは麺の大盛り無料。もちろんライスは食べ放題である。
入り口に入ってすぐの券売機の前に立って、財布をまさぐる。
角の折れた1000円札が出てきた。券売機になけなしの1000円札を投入すると促されるまま、野菜ラーメンのボタンを押した。
返却口から、100円玉が一枚戻ってきた。

900円・・・野菜ラーメンは900円だった。
100円玉を手に取って見つめる、100円で何が買える?

僕は100円玉を握りしめてカウンターに座った。
店内には福山正治であろうと思われる曲が流れていた。
女性の店員が、麵の硬さの好みと、スープの濃さ、油の量を聞いて来た。
「硬さは普通、スープも普通、油は少な目で・・・麺は大盛でお願いします。」

注文を終え席を立って、柱の陰にある炊飯ジャーのふたを開けて白米を茶碗に盛った、多からず少なからず。コップの半分ほどまで氷をたたえたグラスに水を入れて、席に戻った。
スマートフォンを手に取って、SNSのチェックをしていると、それは席まで運ばれてきた。
想像より大きい。完食できるのであろうか?
どんぶりの隣の白米が、静かにたたずんでいる。
「気を付けてね、スープまで完食すると塩分取りすぎだよ。」
スマートフォンには謎のメッセージが表示される。

僕は割り箸を手に取ると、豪快に半分に引き裂くとどんぶりに突っ込む。
麺をほぐしながら、もやしの山をもくもくと崩す。
真っ黒いスープが想像より辛い。水気の多いもやしが塩分を中和して程よい辛さである。

もやしの山をあらかじめ平らげると、麺に手を付ける。
額にはじんわりと汗が浮かんでいる。
少し黒くなった麺が絡んで固まっている、割り箸で丁寧にほぐしながら口に運ぶ。「別にお腹が空いていたわけでは無い、ラーメンが食べたかったわけでは無い」僕は何度も何度も心の中で繰り返した。

麺を完食して、白米を平らげるどんぶりの中には黒々としたスープが残っていた。
名残惜しそうにどんぶりを見つめるとカウンターを立ち、店を後にした。
2t半の少し高めのコクピットに乗り込みエンジンを掛ける。
張り詰めたお腹にシートベルトがきつい。
こぎみ良い、エキゾーストノートを聞きながら、国道に戻る、路肩の雪は解けて川のようになって、道に流れる。

左の前歯にねぎの繊維が引っかかっているのが気になる、人差し指で取ろうとするがなかなか届かない。「つまようじ・・・もらって来ればよかった。」
そんな、僕の気持ちを知ってか知らずか、車はアパートの駐車場に戻ってきた。

大きく響く鉄の階段を上り、アパートの部屋に戻る。うずたかく積まれた段ボールの間を抜けて、PCの前に腰を下ろす。
「もう終わりです、荷物をまとめて出て行ってください。」
PCの待ち受けにそう表示されていた。

足元に転がるクノールカップスープ。トップバリューの黒糖かりんとう
いつも揚げたてこつぶっこ、ブルボンアルフォート。
静かに男を見つめる、このままでいいのか?僕らはこの先どうすればいいんだ?彼らはそう言っているようだった。

PCから伸びた無数のUSBケーブル、何をつないでいたものか思い出せない。
「荷物の片づけは終わった?」スマートフォンにはメッセージが表示されていた。

本棚に並ぶ楽譜や文庫本をスーツケースにしまう。ハンガーに掛けられた作業服や下着を、100均の小梱包に小さくまとめると、少し大きめのスーツケースに押し込む、『サウナスーツ・・・こんなもの買ったっけ?』必要ないものは迷わずゴミ袋へ。真ん中のファスナーを開放して収納スペースを増やす。

エレキギターとウクレレは・・・、さすがに入らない。
譜面台とマイクロフォン、洗濯洗剤はどうする?座布団と布団は、捨てて行こう。決められたスペースに詰めるだけ詰めて、アパートを後にする準備はできた。
まもなく、ここの生活も終わる、日常に戻るだけだ・・・。
「僕の日常・・・?」

新しい地で、新しく出会った友人、いつものスーパーのいつものレジのお姉さん。今までありがとう。僕は自宅へ戻ります。
何か忘れてる?ごみとして出せるものはすべて出した。押し入れの中も、ほぼ空っぽである。机の上にメモが残っていた、『ニー・・・ナ?』なんだっけ?
今までありがとう。トラックにわずかな荷物を積み込むと、我が家に向かって北陸道を北上した。姥捨ての海に沈む夕日を見ながら、関東を目指す。

長いようで短かった。・・・人は旅の終わりに必ず思う。

僕は自宅の扉を開けてこう云うんだ。
「ただいま。」扉の向こうから、妻や子供たちの声が聞こえてくる。
おかえり。

スマートフォンのモニターが点灯した。
「さようなら、またね。」


ありがとうございました

とりあえず、ありがとうございましたですね。
また今回も、とりとめもなく、内容もないお話でしたが
オンライン父さんを書き始めた頃から書きたかったんですよね。

「ただいま」で始まり。「おかえり」で終わる。

本当は「行ってきます」で始まって、「おかえり」で終わりたかったのですが、「ただいま」で始めちゃったんで仕方が無いかな?

まもなくオンライン父さんの旅も終わります、皆さんの前にも、そうそう出れなくなるのかな?
意外とね、みんなのいない所で「落語」を読んでいたりするんでしょうけどね。

2021年11月末にClubhouseを知って、膝枕に出会い。約1年間楽しませて頂きました。またどこかでお会いすることがあれば、よろしくお願いいたします。

ありがとうございました。

ただいま・・・・「おかえり」


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