見出し画像

天蚕をたずねて

こんにちは!SILKKIの川上です。今日は機場で織りながらnoteを綴っております。

それで思いだしたのですが、オランダの芸術大学では織物textileの語源がtextから来ているので織ることは文章を綴ることと同じ、と教えているそうです。
そのためオランダのテキスタイルデザインの授業は(テキスタイルに限らず、建築やプロダクトなど他の学科でもそうだと思うのですが)とてもコンセプチュアルな発想を求めるものが多く、オランダの大学の授業は面白そうだなぁと大学時代に感じていたものでした。

書いていて思いましたが、”綴る”の漢字の中にも糸へんが隠れていますね。綴織という手織りの技法もあります。日本語としても、織ることは文章を書くことに近いと昔から思われていたのかもなぁ、と思いました。

ふと思ったことを綴りすぎて前置きが長くなりましたが、、笑 本題に入ります。
実は先日桐生で天蚕を行っているご夫婦を訪問させて頂きました。今日はそのお話を綴りたいと思います!

画像1

天蚕というのはワイルドシルク(野蚕)の一種です。世界中にワイルドシルクは存在しますが、日本の在来種であるのが天蚕。ヤママユガとも呼ばれています。昔から、日本中の森の中に生息しており、クヌギやコナラ、カシワなど広葉樹の葉を食べて育ちます。桐生だと、吾妻山に生息しているという報告もあるそうです。
繊維のダイヤモンドと呼ばれる薄緑色の綺麗な天蚕絹糸は、超高級糸として流通しています。

画像12

ご夫婦にご案内していただき、実際に天蚕を育てていらっしゃる畑へ向かいました。偶然にもその場所は私たちの織物工場からすぐ近くの場所でした。
古くから存在する山と小川に寄り添った美しい場所。桐生には、至る所でこういった場所が今でも息づいています。地元の方々が森をずっと大切にしているからこそ見ることができる景色。こういった場所を訪れるといつもその事実に感動します。

画像3

緑色の美しい畑。これは全てどんぐりから育てたクヌギの木であり、天蚕の住処です。普段私たちが命をいただいている真っ白な蚕(家蚕)とは違い、ギザギザの背中を持つ緑の蚕。
その卵(種)を5月末から6月初旬にクヌギの木に貼り付けるところから、天蚕の飼育は始まります。

画像4

画像5

画像6

白い蚕の家蚕は屋内で育てますが、天蚕は野外で育てます。だから鳥や蜂、猪や鹿、猿などの獣から守ることも大切な取り組みの一つ。木々の外側には大きな柵が囲っていました。様々なケアを乗り越えて、クヌギの緑色をたっぷりと含んだ薄い黄緑色の糸に包まれた繭が出来上がります。

画像7

↑クヌギの色。美しいですね。
繭は葉っぱにくっついており、葉を巻き込むようにして繭づくりをするそうです。
繭作りには3日間ほどかかります。一粒の繭の糸の長さは600m~700mとされているそうです。家蚕ですと繭作りは2日ほどで総長1500mだそうなので、それに比べると短いですね。

画像8


繭づくりを終えると繭を葉っぱごと収穫します。ちょうど先日その作業を終えたそう。なのでこの日はもう葉っぱに繭はありませんでしたが、穴の空いた繭がクヌギの木の下に一つ転がっていました。もしかしたら中を食べられてしまったのかもしれないし、自分で蛾になって出て行ったのかもしれないそうです。

画像9

蛹は繭の中で1~2ヶ月ほど眠った後、8月の上旬から9月下旬にかけて蛾になります。天蚕の飼育では蛾の交尾を見守った後卵を収穫します。それが来年の飼育用の卵となります。家蚕の卵は自力で冬を越せませんが、天蚕は越すことができます。
大きな羽を持つ蛾。羽の大きさは10~15cmほど。とても大きいので外で飛んでいたらびっくりしますね。

画像10


蛾になると口が退化するため、何も食べることはありません。幼虫時代に体内に蓄えた脂質を使い果たし、一週間ほどで死んでしまうため、その前につがいを探します。

私はこの事実を知らなかったので驚きました。家畜用の家蚕は口と羽が退化しており、生殖のためしか生きられないことは知っていましたが、野生である天蚕もそうだったとは知らなかったのです。
それを知った時、調べてみたいと思ったのが家蚕のルーツと言われているクワコのことです。
家蚕は家畜用に品種改良された蚕ですが、元々はクワコという野生の蚕から改良された品種と言われています。クワコは今でも野生で生息しており、桑の木にひっそりと身を隠しています。

画像11

↑クワコ
私は養蚕の現場で偶然出会ったことがあるのですが、とても小さくて可愛らしい幼虫でした。鳥のフンに擬態しているため、模様があります。そのクワコも調べたところ、蛾になると口が退化してしまうため、何も食べることができず生殖のためだけに一週間ほどの時間生きるそうです。

この事実から、改めて蚕という虫は近代化によって品種改良されるずっとずっと前から、生きて強くて美しい繭を作り儚く去っていく、なんとも神秘的な虫なんだなぁと実感しました。
文字の歴史より古いとされる養蚕という行為。人は太古の昔からその神秘的な虫に魅了されていた。小さくて儚い存在の虫たちから美しい繭を沢山いただくには自然界に対する敬意と愛情無くしてはなし得ません。
特に天蚕においては一層自然に近い環境の下で育てることが必要です。それにはまず自然界をきちんと理解することが大前提にあります。

画像12


ご夫婦は、植物染めも大好きな方達。元々、天蚕を育てるずっと前から植物染めをやっていたそうです。それも、本当に全て自然のもので!というのも、植物染めでは金属反応させて結合するので、アルミや鉄などの粉末の薬品を少量使うものなのですが、それすらも自分で釘を錆びさせたり、灰を煮出したりしながらご自身で抽出していたとか。この地域の自然に寄り添い昔からこの地に息づく天蚕と触れ合いながらシルクの糸を紡ぎ、その地で取れた植物で染めています。
出来上がった作品の、のびのびとした色鮮やかさや、凛とした風合い。本当の意味で桐生の自然から生まれた布には優しさが沢山溢れていました。

このご夫婦の素敵なお話がありました。娘さんの結婚式の際、内緒のプレゼントとして、お婿さんのルーツである沖縄の布、それも上等なリネンの上布でできたものに、ご夫婦が育て紡ぎあげた天蚕の糸を刺繍作家さんにお願いして、とある絵を刺繍してもらったそう。その絵というのは、柄なのですが、5つの四角と4つの四角があって、それぞれの四角の中に柄が記されているものでした。いつ(5)の世(4)も一緒にいてくださいね。というメッセージを込めたのだとか。娘さんは受け取るときに泣いてしまったそうです。(それを聞いて私も泣きそうになりました、、)
テキスタイルには、言葉にできない思いや愛を込めることができる不思議な力があるなぁと改めて感じました。写真は撮りませんでしたが、天蚕の薄緑の糸が沖縄の美しい麻布の上で煌めいて、とても美しい作品でした。

蚕の文化を知るたびにいつも優しい愛情に出会います。今日はこのへんで。素晴らしい活動を見せてくださったご夫婦に、心から感謝しております。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?