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<#100文字の架空戦記>蘭癖大名と瓢箪

動かない―。徳川幕府側、薩摩・長州などの朝廷側もめまぐるしく動く動乱の政局の中、戦になるだろうと誰もが感じ取っていた。そうなれば必要となるのは武器、最新鋭の武器である。どちらも欧州商人と積極的に交渉は行っていたが、欧州から極東の島国までは時間がかかる。それは待てない。ならば国産で、となるが薩摩で花開きはじめた産業革命の萌芽は、名君・島津斉彬の死去後の愚かなお家騒動のため破壊されていた。それ以外で武器製造まで行える技術と生産体制を整えた藩は、肥前の鍋島直正率いる佐賀藩くらいであった。

佐賀藩も以前は積極的な情報公開と情報交換で、蘭癖と言われながらも、各藩から一目置かれていた。しかし、安政の大獄による大粛清から逃れたのちに一変していた。肥前・佐賀の地にこもり藩士たちとひたすら技術革新と量産化のために心血を注ぎ、各藩との交流を一切途絶した。

ただし、情報収集は様々な手立てから引き続き行われていた。特に大阪商人を通じての収集が一番盛んにおこなわれていた。そのため、久しぶりの上京も政変の兆しを聞き、取りやめて引き返すことができたのは、情報統制の徹底ぶりが活きたためであった。

京都の佐賀藩邸にこもった直正たちのもとに、幕府・朝廷の双方から使者が何度も遣わされた。しかし、文だけを預かり、使者とは一切会おうとしなかった。京都入りの前に何度も大型の荷物が藩邸に入るのが目撃されていた。「肥前は何をしているのか」「さすがは妖怪だ」疑心暗鬼とともに焦りからの中傷が広がる。「鎖国している中で鎖国している」と揶揄された佐賀藩の情報統制ぶりは、政局と謀略の渦巻く京都でも徹底されており、同時に幕府・朝廷双方をいらだたせた。

伏見での薩摩藩と幕府側の小競り合いの情報は、一気に京都に広がった。京都の各藩邸があわただしくなる中、京都入り以来初めて、佐賀藩邸の門が開いた。

「肥前の妖怪動く」の報は、幕府・朝廷双方にもたらされた。同時に双方が使者を直ちに派遣する。「どちらにつくおつもりか」使者からの質問に佐賀藩士は無言でただ前のみを向き、戦の地へ向かっていった。

「放てぇぇぇ!」
国産大砲から放たれた炸薬弾は、幕府軍と朝廷側の新政府軍をまとめて吹き飛ばした。双方が全く予期していない攻撃が射程外から次々と弾が撃ち込まれ、敵味方関係なく混乱がはじまった。だれも目の前の敵でなく、別の場所から攻撃を受けるなど想定したいなかった。
「公は気が狂ったのか」まさかの第三極登場は、誰もが驚愕した。そして砲煙の奥からゆっくりと馬印があらわれた。それを見た幕府軍・新政府軍の藩士たちの混乱はさらに拡大した。杏葉紋の列の奥に金色の千成瓢箪が現れたのだった。

「やってられるか!」
江戸城の廊下を直正は悪態をつぶやきながら、次の算段を考えていた。
井伊の馬鹿たれがとんでもない事をしてくれた。このままでは、いずれ内乱になる。いたずらに巻き込まれるのも御免被る。
ならばー
佐賀鍋島藩が事実上の「鎖国」に入ったのはこの時からであった。

この間、各藩での動乱を尻目に着実に兵力と武器を整備していき蘭癖大名の意地を見せつけることとなる。
そして、この「鎖国内鎖国」は、もう一つの歴史の歯車を産み出した。
鎖国に入る直前、一人の浪人が肥前を訪れたことからはじまるー

鍋島直正は大名でありながら、藩士とも自由闊達に飲み、議論をすることを好んでいた。その為、才があれば登用し、跳ねっ返りの若造にも大いに目にかけていた。
だからこそ、普通ではない些細な話も耳に入ることとなる。

「大元の血筋は大阪、父方が島原へ下った後は、家族であちこちを転々としていたそうです」

全国を転々としていたということは、何かしらの見聞があるかもしれない。
藩士にその者から話を聞き出すことを指示し、自分は別の部屋で聞くことになった。

あれやこれやと話を聞いている時に、浪人が持っている風呂敷の形が妙なことに気づいた。
「もしやこれは瓢箪か」

藩士に訪ねさせると浪人は自慢気に、ここだけのお話でございますと言いながら、金色の瓢箪ヲ取り出したものだから、直正は驚愕した。
それに気づくのは指南役の古賀穀堂ぐらいであり、ことによっては全くの爆弾を抱え込んだ事にもなった。

「あれがわからんか!」
その夜、藩士たちを前に珍しく直正が腹を立てていた。
それをみて藩士たちは困惑するばかりである。
「殿、お恥ずかしくもあの瓢箪、色は珍しゅうございますが、いったい何でございますか」
関ヶ原から早400年、大枠ば伝わろうにも細部までは好き物でなければ伝わらない。

それが歴史の辛いところでもある。
「あれは…かの太閤殿下、我が藩も少なからず因縁のある豊臣秀吉の馬印なるぞ!」

その場にいた全員が事の大きさに気づき身動きが取れなくなった。
この田舎でも感じる動乱の中、日の下を巡る過去が復讐の鬨を上げた瞬間だった。

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