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ボキャブラリーを増やす

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ここに載せる作品は作風が被らない。ようにしたい。
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記事一覧

ボキャブラリーを増やす#3

ボキャブラリーを増やす#3

「カット」

 起床。時計を見ると午後1時。一分かけて導き出した計算結果によれば、十二時間も寝てしまった。こんなことなら起きなくてもよかったよ、と心の中で呟く。心の中で言っているんだから私はまだ狂っていない。とはいえこの時間に起きてしまった日の怠惰感たるや、目を見張るものがある。なんなら寝ている間に何日も経っていて何日目かのこの時間に起きているのではないかと期待したが、手元のスマートフォンを見るに

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ボキャブラリーを増やす#2

ボキャブラリーを増やす#2

ショートショートSF 「翳す」

彼が手を差し出すと、透明な壁越しの男も手を差し出した。徐々に近づく二つの手のひらは、壁を挟んで翳したところで止まった。
「いつもこうだ。」二人の声が被る。
「まただ。」また被った。二人は呆れ顔をし、それぞれの寝床に戻った。この部屋には灯りが無い。光が入ってくるのは、透明な壁の反対側の壁にある、一つの窓からだけ。そのせいで室内にも関わらず昼明るくなり、夜暗くなる。見

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ボキャブラリーを増やす#1

ボキャブラリーを増やす#1

プチエッセイ「芳薫」

パン屋の匂いが好きだ。前を通ると、どうしても吸い寄せられてしまう。その日も私はカモになり、焼きたてと印字されたカードが差し込まれたコーナーで腰をかがめていた。

店内にハーモニカの軽快なメロディが響く中、一組のカップルが席でじゃれている。実に微笑ましい。なんて思える余裕はある訳もなく、薄っぺらい苛立ちが湧く。せっかくの幸せが台無しになってはいけないので、カップ

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