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鰻屋さんとVIPな子ども

親よりも祖父母の方が子どもに甘い。
というのは定石だと思うけれど、それは我が家も同じだった。
特に幼少期は父方も母方も離れた場所に暮らしていて
会うのは長期休暇の一時期のみだったのだから
甘さもひとしおだったのではないかと思う。
(甘いのにひと塩とはこれ如何に)

母方の祖母の家に行っている期間は大抵1週間程度だったはずだけれど、
その間暇にならないように、けれど体力を削り過ぎないように
動物園やら水族館やら遊園地やらがスケジューリングされていて
私は言われるがまま楽しめば良かった。
まことにVIPな話である。

それだけでもVIPなのに更にVIPな話がある。
それは、鰻。

昨今は絶滅危惧種と言われているので
あまり食さないようにしているけれど、私は大の鰻好き。
それは子どもの頃からだった。

子どものくせに贅沢!と言われるかも知れないけれど
鰻のかば焼きってあまじょっぱいあの独特のタレのせいもあって
子どもの舌にも充分に美味しいのよね。
想像しただけで涎が出る。

昼間は仕事に出かけている祖父にとって
孫をもてなすチャンスは祖母に比べて少ない。
だからなのか何なのか、
私が祖父母宅に行く時期には鰻屋さんの中でも
近所で美味しいとされているお店を探して連れて行ってくれる。

「おじいちゃんの職場の人が教えてくれたお店なんだって。
 あなたが来るからって調べておいてくれたのよ。
 その人は社内でもグルメな人って有名でね?」
とちょっとどや顔で私に言うのは祖母の方で、祖父は
「美味しいか?」
とニコニコ聞くくらいだった。
祖父は、私が付き合いのある親戚の中で1番無口だった。

祖父が連れて行ってくれるお店は
今思い返してもかなり美味しかった。
グルメな同僚に聞いて調べてくれたと(祖母が)言っていたし、
多分、相当値が張るお店もあったのではないかと思う。
子どもにかける金額じゃない。
誠にVIPである。

滞在期間の間に1回から3回連れて行ってくれる鰻屋さん。
そんなに食べて飽きない私も私だけれど
祖父は
「前回と今回どっちが美味しかった?」
と確認して私の好みを探り
次回はより私の好みに合いそうなお店を探しておいてくれたりする。
何度も言うがVIPが過ぎる。

当たり前だけれど食べログなどない時代のお話である。
今ほど外食が身近でもなかったはずだ。
あれだけ違うお店に連れて行ってくれたのは
愛情以外の何物でもないなと元VIPは思い返す。

連れて行ってくれるお店はどれも美味しい。
でもちゃんと違った。

皮がパリッと仕上がっているお店、
身がふわっふわなお店、
タレが甘い寄りだったりしょっぱい寄りだったり、
ご飯と身の量のバランスも違う。

「この前のお店の方が好き」
「今日の方が好き」
帰りの車の中で聞かれるまま答えると
「まー、高級なものが分かる舌だこと」
と祖母に笑われたので、きっと私が美味しいと言った店は高かったのだろうと思う。

そしてそんな高いお店に連れて行ってもらっているのに
私はその大好きな鰻を必ず一切れ残して帰った。
祖母の家に一緒に暮らしている白猫にお裾分けするために。

飼い猫でも外にウロウロしているような時代の話である。
今なら「ダメじゃん!」と分かるけれど
当時は大好きな白猫さんに私の大好物を分けるのは最大級の愛情表現だったのである。

タレは身体に悪いから全部洗い流して
皮はのどに詰まったらいけないから剥がしてそっと器の中に入れると
割と何でも食べるタイプだった元野良の白猫は
グルグル喉を鳴らして食べた。

祖父は、猫(というか小動物全般)が得意じゃない。
けれど、私が鰻を毎回一切れ残すのを非難したりしなかった。
「自分の好物をあげるなんて、優しいわね」
と言う祖母も含めニコニコ眺めていた。

「美味しいもの」の中にも好みの濃淡がある
ということを私が知っているのはこの経験があるからではないかと思っている。

同じ名前のメニューを頼んだはずなのに
お店によって味は違ったし、値段も違った(らしい)。

美味しいと感じるものはそれなりに高いけれど
高ければ必ずしも自分の口に合うとも限らない。
そういうようなことを肌で学んだのではないかと。

それは何を表明しても否定されず非難されず
「あなたはそう思ったのね」
と受け入れてもらっていたから学べたことではないかとも思う。

上京して自分の稼いだお金でちょっといい鰻屋さんに何軒か行った。
浜松の友人の家に遊びに行った時も有名店や友人の好きな店に案内してもらった。
やっぱりどこも美味しくて、お店ごとに味が違った。
そこそこにお値段も高くて
子どもの頃のVIP具合を再確認もした。

私にとって今のところ人生で最高に美味しかった鰻屋さんは
まだ肌寒い春の日に連れて行ってもらったその休暇2軒目のお店だった。
身は肉厚でふんわりとしていて、
でも皮は柔らかすぎず、
タレは甘めでごはんにかかっている量も最高。

最早私の記憶の中にしか存在しそうにないその味を思い出す時
私は「美味しい」と「VIPな子どもの私」を舌の上で転がしている。

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