休眠預金で奥能登にインパクトを生み出す
休眠預金の資金分配団体として2020年、SIIFが採択した「地域活性化ソーシャルビジネス成長支援事業」分野の6団体。今回は奥能登で中間支援に取り組んできた株式会社御祓川(みそぎがわ)、代表取締役社長の森山奈美さんと、地方創生について語り合いたいと思います。株式会社御祓は石川県七尾市で20年の実績を持つ民間まちづくり会社。今回は休眠預金を利用して、能登町の興能信用金庫とタッグを組み、江戸時代の「頼母子講(たのもしこう)」をモデルにした「TANOMOSHIプログラムで地元企業支援事業を展開します。
左)株式会社御祓川 代表取締役社長 森山奈美さん
中)社会変革推進財団 専務理事 青柳 光昌
右)社会変革推進財団 インパクトオフィサー 小笠原 由佳
休眠預金の活用制度には注目していました
小笠原 今回、休眠預金の資金提供団体に採択させていただいた理由として一番大きいのが、興能信用金庫さんと中間支援会社の御祓川さんが組むという「座組」の魅力です。われわれインパクト投資を推進する組織として、少しでも資金の流れがインパクトに向くと、社会課題の解決のスピードが速まると思っています。だから、地域の信用金庫と中間支援を行う会社が共同で取り組むということは、ものすごく魅力的でした。そして株式会社として中間支援されている御祓川さんの実績と興能信金さんの取り組みにも大きな魅力を感じています。森山さんは、そもそも休眠預金制度はご存じでしたか?
森山奈美さん(以下、敬称略) 休眠預金のことは制度づくりから注目していました。実は休眠預金の資金分配団体(SIIFの立場)にも、手を挙げたらどうかと言われていましたが、「小さな世界都市を能登からつくっていく」という、うちのミッションとは違ってしまうので、さすがに手が出せなかった。でも、SIIFさんが地域活性化を事業テーマにソーシャルビジネスの成長支援をする実行団体を募集しているのを見たとき「これは申し込まなければ!」と思っていました。そうしたらちょうど、興能信金さんから「奥能登地域にまちづくり会社を作りたい」という話があって、提案されたのが休眠預金の活用だったんです。
小笠原 そうだったんですね!
森山 ただ御祓川のようなまちづくり会社を奥能登で独立して設立するのは、資金調達も難しい。作った後も「なにで稼ぐよ」というところが見えなかった。これまでやってきて七尾市でも持続可能にするのが難しいのに、「それを奥能登で?」と。実業もやりつつ中間支援的な役割も果たすということであれば、いけるかなとは思いましたが。
御祓川の設立の経緯も、もともと地元の中小企業の人たちが資金を出し合って作っているんですよ。ソーシャルビジネスとかESG投資といった言葉がなくても、田舎の中小企業の人たちは、昔から地域をどうするかを考えて事業してきた。よっぽどソーシャルビジネスなんですよ。だから、あえて「うちはソーシャらん」って言ってます(笑)。
小笠原 休眠預金の公募要項をみたとき「出さなきゃ」と思われたのは、その理念が近いということですか?
森山 そうそう。持続可能な形にしていくことが何より大事。いちいちソーシャルビジネスと言わなくても、そういう世の中をつくることを私は能登からやっていきたいなと思っています。
11月19日 記者発表会の様子(里山まるごとホテル)
能登には外からの人を受け入れる「まれびと文化」がある
小笠原 今回はインパクトを出していこうという取り組みになっています。貨幣では測ることが難しいけれど、地域にとってすごく重要で、なくなってはいけないものが地域におけるソーシャルインパクトだと私は理解しています。森山社長が「この事業で発信していきたい」と思っていることは何ですか?
森山 ある意味の世代交代みたいなところもあると思うんです。地域を支えてきた地元のビジネスを、別の文脈で位置付けて未来につなげていくのであれば、ちょっと価値観を変えなくちゃいけない。高度経済成長とバブルの流れから、経済成長を重視する価値観は田舎にも浸食してはいますが、循環型社会をつくり、お互いのつながりを重視する価値観はまだまだ残っています。ただ、外からやってきてビジネスをしたり、新しい世代に事業を引き継いていったりするときに、それらを「異質なもの」と捉えられることもあるんですよ。
外から入ってくる新しいものを地域側も受け止めることで、地域の持続可能性が上がっていく。古いもので固定して保存するのではなく、新しいものを入れて動的に活性化しながら保存するというのが大事だなと思っています。それが今回の一期生でいうと、移住者としてビジネスをやる人であったり、親から受け継いだ人だったりするんですよね。
小笠原 活性化させながら維持していくことが大事なんですね。外から来るものを拒むか、受け入れるかは分かれ道ですが、受け入れられる秘訣はなんでしょうか。
森山 能登がやりやすいと思うのは、「まれびと文化」があることですね。渡来するものを神として祀ったり、外から来るものは良いものだとする考え方が根付いている。ムラ社会ですが、閉じた村ではない。古来から地形的に外に開かれて、ほっといても大陸から入ってきますからね。そういうDNAがある。だから、外の人と内の人をうまく接続させたり、内の人が作り上げた文脈にいかに外の人を位置付けるか。それが、コーディネートなんだと自覚して、意識してやっています。
青柳 実際、現地に視察に行ってみて、本当にいいところでした。体験型宿泊施設「木ノ浦ビレッジ」にはワーケーションで2人ぐらい都会から来ていました。森本石油さんにも行ってみたけど、ガソリンスタンド以外の機能を多様に持っている。今回の4社は森山さんがお声がけしたんですか?
森山 興能さんと相談して2市2町、それぞれ1社ずつお声がけしました。
小笠原 そのネットワークを持たれているのが素晴らしいですね。
青柳 能登スタイル事業をやっていたのが大きいですよね。ほとんどの地元の会社と顔がつながっている。
※「TANOMOSHIプログラム」第1期には、里山まるごとホテルを運営する「百笑(ひゃくしょう)の暮らし」、穴水町のガソリンスタンド「森本石油」、体験型宿泊施設「木ノ浦ビレッジ」、老舗酒造「数馬酒造」の4社が参加
里山まるごとホテル
木ノ浦ビレッジ
森本石油
数馬酒造
中間支援ビジネスで自立することの難しさ
森山 そうですね。どことも知らない間柄じゃない。事業範囲を能登全域に広げて十数年経ったので、それが利いてきている。ありがたいことですね。
青柳 御祓川さんは、「中間支援」というビジネスで食べていけているのがすごい。中間支援という機能を持つ団体さんの場合、行政からの補助金や業務委託が収入のメインになってしまうことが多いですが、財務的に自立して、継続している。株式会社としてやっているのもユニークだし、結果につながっていますよね。森山さんは実家が地元で事業されていたことに加えてご自身でも勉強されてきた。思いだけではなくスキルや経験、育ってきた環境があるところがユニークなところですね。
森山 地元の事業者が出資してつくったという会社の成り立ちもありますよね。そもそもうちが投資をしていただいてつくっているので、株主に毎年、インパクトを見せていかなくてはいけない。財政的な面ではそれほど示せていないのが実状なので、なんとか能登留学のSROI(社会的投資利益率)を見せたいと思ったんですよ。収支だけで見ると胸の張れる結果ではないけれども、皆さん方のおかげで能登留学のような事業ができて、それが「これだけ能登のためになっている」ということをちゃんと見せたかった。それが出来て、やっと役に立てている感が出せた。能登スタイルで能登の商品を売るという事業もありますが、それは能登全体でみると本当に微々たる数字。でも、能登留学は能登の会社の組織改革や事業推進に直接かかわることができた。これが広がれば、地域が元気になれると本当に思えたんですよね。
青柳 投資してくれた地元の方は、地域にどういう社会的インパクトを出してくれるのかを期待していますよね。見せ方としてSROIもありますが、実際に都会から若い人が来ると、刺激を受ける。変化の種になるんですよね。そういうことがあちこちで起きると、いい仕事しているってことになりますよね。そういう中間支援のつくりかたや成り立たせ方があるんだなと思いました。
「TANOMOSHIプログラム」が広がることが大事
小笠原 SIIFに期待することや、イメージが変わったことはありますか?
森山 ここまで手厚く伴走してくれるんだっていうことに驚きましたよ。
小笠原 記者発表は本当にうまくいきましたよね。森山さんの人脈が大きいですが。
森山 広報でここまで一緒にやってくださったのは初めてです。定期ミーティングはほかでもやりますが、「馬が合う」感じがしますね(笑)。地元だけの評価ではなく、レイヤーを上げた視点での評価を示してくれるのはありがたい。うちらは能登しか見てないから「能登をどうやって持続可能にするか」という視点だったのが、SIIFさんとのやり取りで実は「TANOMOSHIプログラム」が他地域にも広がることが大事なんじゃないかと思えた。やっぱり、「社会変革推進」ですものね(笑)。
小笠原 なんかヘルメットかぶっていそうで嫌なんですけどね(笑)。興能信金さんとも話をさせていただき、一つ一つのピースをつなげられたなと思いました。
森山 申請書をつくる段階からSIIFさんの事前相談でからアドバイスがあり、資金を入れるだけでなく、その後どう事業をつなげるかが大事なんだよと言われ、ブラッシュアップしてもらいました。そういう巻き込み力はあって、何かやらなくちゃいけないときは、大事な人が集まってくるんです。
小笠原 すばらしい。2年半くらい、ゆっくり一緒に走れるのが楽しみです。
目指すは「地域金融機関のインパクト化」
森山 信金という機能そのものが、地元の人が必要だと思ってつくられた組織なので、事業者さんの目線で必要な支援が出てくるのが本来の姿になると思います。だから興能信金さんが奥能登の中間支援組織になることを私は思い描いています。
小笠原 われわれもこの企画を立ち上げたときの最初の目的は「地域金融機関のインパクト化」なんです。地域に密着している信金や信組が社会的インパクトを出すために投資や融資をする世界がつくりたい。それが企画の大元だったんですよね。ただ、最終的に、地域の資源を使って事業を作り、その出口に信金などがあればいいというストーリーになった。だから御祓川さんの提案はもともと、そこにピッタリしていたんです。
森山 本当にそうなんですよね。信金は今、金融事業だけになっていますが、元をたどれば事業者の視点で生まれた機能。本来は事業をやるときの覚悟やリスクを取る感覚が必要なんです。
青柳 興能信金から4つのパートナー先に担当がつくので今後、若い彼らがどう変化していくのか。これからの信金のあり方を考えてもらって、変化が2年後3年後に起きればと考えています。もともとの信金の役割を若い世代が考えて担っていってもらえるといい。
森山 成長するには揺さぶりをかけないといけないですからね。そこは腕がなりますね。