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アフリカのインパクト投資が熱い!

SIIF インパクト・エコノミー・ラボナレッジ・デベロップメント・オフィサー
織田 聡

みなさんはアフリカでのインパクト投資と聞いてどんなイメージを思い浮かべますか? 砂漠の中の見渡す限りの大規模太陽光発電でしょうか。あるいは畑に水を行き渡らせるためのポンプでしょうか。

この夏、アフリカでインパクト投資に関連する2つの国際会議が初めて開催されました。
一つ目は、7月13日~14日、南アフリカ共和国の南端ケープタウンで開催された”Africa Impact Summit”で、もう一つは9月4日~6日、ケニアの首都ナイロビで開催された”Africa Climate Summit”(アフリカ気候サミット)です。筆者は前者Africa Impact Summitにオンラインで参加しました。
またその合間の8月、筆者はナイロビを訪れ、アフリカのスタートアップ企業に投資を行うベンチャーキャピタリストとともに、(ソーシャル・スタートアップを含む)スタートアップ企業を視察する機会を得ました。
そこで今回のブログでは、アフリカにおけるインパクト投資の動向をお伝えしたいと思います。


■Africa Impact Summit

多くの皆さんがご存じ通り、インパクト投資の国際的推進団体である Global Steering Group for Impact Investment (以下GSG)は、主要各国にNational Advisory Board(国内諮問委員会、以下NAB)を持っています。うち、サブサハラ(サハラ砂漠以南)アフリカ4か国(南アフリカ共和国、ザンビア、ナイジェリア、ガーナ)のNABが共催するかたちで初のAfrica Impact Summitが行われ、アフリカにおけるインパクト投資の現状と今後の課題について2日間の日程でディスカッションが展開されました。[1]

同会議に参加し、アフリカのインパクト投資の特徴として筆者が強く感じた点をいくつか述べますと:

(1)  インパクト投資の領域が密接にSDGsに直結していること
Africa Impact Summitの席上、投資領域として多く取り上げられたテーマが、貧困の削減、医療水準の向上、農業・食料問題の解決、衛生的な飲料水の確保など基本的な生活にニーズ(basic human needs)に即し、また国連が定めたSDGsに密接に関連していることです。この点、先進国のインパクト投資の主要なテーマである適正な価格での住宅(affordable housing)や地域再生(regional revitalization) などとは発展段階が異なる点を感じます。
この、アフリカでの投資領域をSDGs側の視点で整理したデータが、国連開発計画(UNDP)が随時更新している”SDG Investor Platform”[2] に記載されています。このサイトによれば、サブサハラ・アフリカ[3]でのSDGs関連の投資機会案件が167件あり、最も必要とされている投資領域は
・食料と飲料(SDGsテーマ #2、#6)
・インフラ (同 #9、#11)
・医療   (同 #3)
・教育   (同 #4)
・再生可能エネルギー、代替エネルギー(同 #7)
などとなっています。

(2)公的セクターの資金の重要性
アフリカにおけるインパクト投資は先進国でのインパクト投資に比べリスクが大きく、また投資に必要な資金を民間セクターからのみで賄うことが困難な状況にあります。そのため、政府開発援助の資金や、アフリカ開発銀行などの開発金融機関の資金をインパクト投資に取り込むという、ブレンデッド・ファイナンスやキャタリティック・キャピタルの重要性もアピールされていました。

(3)農業分野の重要性
皆さんの多くはアフリカ農業国の集まりだと思っているのではないでしょうか。実際、国ごとの違いはありますがアフリカでは人口の5割ないし6割が農業に従事していると言われています。[4]それにもかかわらずアフリカでは農地の大規模集約化の遅れや気候変動などから農業の収量生産性は低く、地域全体としては穀物など主要農産品の多くを輸入に頼っています。[5] アフリカがかつての東アジアと同様に“離陸”するには農業所得の向上が非常に重要といえます。

その状況を打開するため、アフリカ各地で農業生産性向上に向けたスタートアップ企業の必要性とそれを支えるインパクト投資の必要性が強調されていました。そしてその時代のニーズに呼応する形で、様々なスタートアップ企業がアフリカ域内各国で勃興しています。一例をあげると、スマホを用いて農業資材や肥料の非効率なサプライチェーンを短縮する企業や、小規模農家向けに太陽光発電を用いた灌漑ポンプを割賦販売する企業などが多様な国々で設立されています。

(4)薄い日本のプレゼンス
これはアフリカのインパクト投資の特徴ではありませんが、Africa Impact Summitにオンラインで参加し。日本の影の薄さを感じることになりました。このAfrica Impact Summitではリアル、オンライン合わせて300名の参加がありましたが日本人は筆者を含むオンラインの2名のみでした。[6] 昨今、アフリカが「最後のフロンティア」として持て囃されていますが、インパクト投資の範疇となると日本での関心はまだまだ低いと言わざるを得ません。[7]

■ケニアでのスタートアップ企業訪問

筆者は2023年8月22日朝から25日までケニアの首都ナイロビに私的に滞在しました。この期間を活用し、アフリカのスタートアップ企業にベンチャーキャピタル出資を行っている株式会社アンカバードファンド(代表取締役寺久保拓磨氏)と、ソーシャル・スタートアップ支援企業のCarpeDiem株式会社(代表取締役海野慧氏)が共催するアフリカ視察ツァー[8]に途中から合流し、ケニアのスタートアップ企業10社と、現地在住日本人が運営するNGO一箇所を訪問しました。[9]


[1]日本からケープタウンまでは実は最短一回乗り換えで行けるのですが、さすがに2日間のカンファレンスのために片道24時間をかけるわけには行かず、オンライン参加しました。
[2] https://sdginvestorplatform.undp.org/market-intelligence アフリカでの事業展開を考える企業にとっては有用な情報源。
[3] 現在、国連や様々な国際機関での統計分類ではアフリカ大陸をNorth Africa とSub-Sahara Africaに分け、North Africaは中東と併せてMiddle East and North Africa(MENA)として地域分類する手法が一般的。
[4] アフリカの農業、食料に関する記述は、平野克己(2022)「人口革命 アフリカ化する人類」朝日新聞出版 (ISBN 978- 4022518323) を参考にしている。
[5] 筆者は2017年に初めてルワンダを訪れたとき、食料品価格の高さに驚いたことがある。
[6] 英国留学中の日本人大学院生
[7] 日本のビジネス社会でのアフリカに対する関与は、鉱物資源開発やインフラ整備などの大規模事業案件が先行し、スタートアップ主体のインパクト投資への日本企業の関心はまだ高くないものと推測される。
[8] “Deep Dive Camp in Africa 2023”
[9] 注:訪問先の中にはソーシャル・スタートアップ企業には分類されない企業もある。


表1 ケニアで訪問したスタートアップ企業、NGO

これら訪問先のうち、社会、環境へのインパクトという点で特に重要と考えるスタートアップ企業2社を取り上げ、最後にNGOに触れたいと思います。

(1)SunCulture
アフリカでは電力会社によるグリッド送電網が農村地域まで敷設されていないケースが多く、農家はディーゼルエンジンを回して地下水を汲み上げています。ただ、ディーゼルエンジンは温室効果ガスを排出するため、今でも旱魃や洪水など気候変動の影響を大きく受けているアフリカの農業環境をますます悪化させることになりかねません。また近年の世界情勢によりディーゼル燃料価格も高騰しています。

そこでSunCultureでは、太陽光発電と地下水を汲み上げる電動ポンプをセットにした「アグロソーラー灌漑キット」を小規模農家に販売しています。オプションにより価格は増減しますが、概ね$800(約12万円)。ただケニアの小規模農家にとってその金額は決して安くはないためSunCultureでは3年間の割賦販売を行っています。返済が完了すればキットは農家の所有物となり、農家は収量、収入の増加をまるまる享受できるようになります。また、収量ひいては収入の変動が大きいという農家の特性を考慮し、SunCultureでは月々一定額の返済ではなく、月々の収入に応じた返済を求めています。[10]

私たちが訪問したSunCultureのユーザーでは、アグロソーラー灌漑キットの導入によって収量が1.5倍に増えたとのこと。ケニアのみならずアフリカ全域での課題である農業生産性の向上にSunCultureが寄与していることが窺がえます。


[10] この返済の仕組みをRevenue-Based Financeと呼びます。


SunCultureの事業の特徴として、カーボンクレジット[11]を活用し、その売却代金を原資としてアグロソーラー灌漑キットの価格を値下げしていることを挙げたいと思います。スタートアップが起業し投資家の資金を集めていくうえで、公的セクターによる外部不経済の内部化がいかに重要かを、SunCultureの事例を通じて認識することができました。
 
(2)ARC Ride
ケニアはもちろんアフリカの多くの国では、オートバイが旅客運送と物流で大きな役割を果たしています。そして多くの個人が事業主としてオートバイの旅客運送と物流で生計を立てています。[12]一方で旧来のガソリンオートバイでは温室効果ガスの排出を防げません。

そこで、温室効果ガスを排出しない、廉価な電動オートバイをボダボダライダーに提供しようとのパーパスを掲げて作られたのがARC Rideです。同社は電動バイク組み立て用の部品をインドから輸入し、ナイロビ市内の工業団地でノックダウン生産します。また、同社で組み立てたオートバイ専用のバッテリーを開発。そのバッテリーを返却し、代わりに充電済みのバッテリーを受け取れる、ARC Ride専用の無人ステーション(コインロッカーのようなもの)をナイロビ市内に60か所設置しています。ボダボダライダーは日銭商売なためARC Rideでは3年の割賦で電動オートバイを販売し、完済後にオートバイはライダーの所有物となります。

創立者のJoseph Hurst-Cort氏(右下写真)は元々英国の外交官として産油国のナイジェリアに赴任していましたが、同地で莫大な石油収入が政府を腐敗させ国民を収奪していることを目撃し[13]、「石油に依存しない社会をアフリカに作りたい」とのパーパスを持つようになり、ケニアにてARC Rideの設立に至ったとのこと。[14]


[11]カーボンクレジットとはCO2など温室効果ガスの排出削減量を主に企業間で売買可能にする仕組み
[12]ボダボダドライバーといいます
[13]アフリカの豊富な鉱物資源が政府の腐敗を助長し国民の厚生に寄与していない構図は以下の書籍に詳しい:トム・バージェス(2016)、喰い尽くされるアフリカ、集英社 (ISBN 978-4087816136)
[14]日本の上場企業でホンダのサプライヤーである武蔵精密工業㈱がARC Rideの理念に賛同し出資している。


同社もSunCultureと同じく、カーボンクレジットを元手に電動オートバイの価格を手頃な水準にしようと努めています。SunCultureに続き、カーボンクレジットが、スタートアップ企業の事業存立に重要な役割を役割を果たしている実例を目のあたりにすることができました。

(3)Moyo Children Centre
上記2社のスタートアップ企業は(外部不経済の内部化という政策を活用して)ビジネスとして社会課題の解決を目指しています。一方、今回のDeep Dive Camp in Africa 2023の最後に訪れたMoyo Children Centreは、NGOとして家庭環境の不平等、機会の不平等という問題に取り組んでいます。このセンターは1999年に松下照美氏がケニアで設立し、現在は看護師出身の佐藤南帆氏が代表を引き継いでいます。具体的には、親がいない、或いは親からDVに遭っているなどの理由でストリートチルドレンになった子どもたちを保護し、共同生活の場を提供するとともに、就学支援、給食支援、ドラッグリハビリテーションも行っています。放置すれば社会のアウトキャストになりかねない子どもたちに手を差し伸べ、彼らが自ら未来を切り拓いていくことを支援しています。

同センターの活動は、ビジネスを通じた社会課題解決とは異なる寄付に基づく「共助」であり、ビジネスではなかなか対処できないような不平等の是正には、このような地道な共助活動が必要なことを痛感しました。暗い過去を持ちながら未来への希望を語る子どもたちの目の輝きを見て、ソーシャル・スタートアップ企業訪問の後にこのようなNGOを訪問できたことは有意義だったと思います。[15]


[15] 20人強の入所者に将来の目標を尋ねたところ、過半数がエンジニアと答えていたのが印象的でした。



■Africa Climate Summit 2023

私がナイロビを訪れた翌9月4日、奇しくもナイロビで史上初となるAfrica Climate Summit 2023が開催されました。こちらの会議には国連事務総長や各国要人も参加したため日本でも多く報道されていました。
この会議の大きな目玉はカーボンクレジットの拡充です。SunCulture やARC Rideの例から分かるように、今後世界的な規模でカーボンクレジットの規模が拡充されていけば、温室効果ガス低減に寄与するスタートアップの起業や、それらスタートアップ企業へのインパクト投資が拡大していくことは容易に想像できます。しかもそのトレンドは世界的な規模で見られることになると思われます。

■おわりに

今回は、日ごろ日本ではあまり馴染のないアフリカを取り上げてみました。誤解を招く書き方かも知れませんが、アフリカは社会課題の宝庫であり、それらのアフリカの課題解決に寄与するインパクト投資は急速に伸びるものと考えられます。一方で、ケニア一国の訪問ではありましたが、カーボンクレジットがスタートアップ企業の収益改善、ひいてはインパクト投資の呼び水になることを目撃したことで、インパクト投資成長のためには公的セクターに対する政策提案が非常に重要である点を認識することができました。
私の勤務するSIIFの事業領域は国内ではありますが、海外での状況を注意深くウォッチすることの重要性に今更ながら気づいたことを記して、このブログを終わりたいと思います。

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