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インパクト投資はモデルづくりから実証のフェーズへ「SIIF戦略2022~2025」3つの課題領域でのインパクト創出とインパクト・エコノミー・ラボの創設

SIIF 常務理事 工藤七子

 インパクト志向のビジネスや投融資が日本でも徐々に広がりつつある中で、SIIFは2025年度までの中期戦略を策定しました。 

 これまでの役割として、インパクト投資の知見を広め、認知を上げ、モデルとなる事例を作り、インパクト測定の手法を普及していくことなどを担ってきましたが、これからはモデル作りのフェーズを超え、実証のフェーズに入っていくと捉えています。そして、培ったインパクト投資のモデルが、本当に社会課題の解決や新たな価値創造を起こせているのか――その実証に注力して、具体的な戦略を実行していきたいと考えています。

  振り返ると旧SIIF創立時の2017年年度調査では、約780億円だったインパクト投資市場の規模は、2021年度調査では約1兆3000億円に成長しました。経済格差や環境危機が叫ばれる中、社会課題に目を向けることは短期的な流行ではなく、不可逆な流れだと誰しもが捉えているでしょう。

 関心が高まる 一方で、名ばかり、形だけのインパクト投資が増えていくことも懸念されます。既存事業の看板を付け替えて後付けでインパクトの可視化をするだけではなく、どういう課題を解決するかを明確にして投資することがインパクト投資の原点です。インパクト投資の真価が問われる今、新しい経済が実際に社会変革に繋がることを示す象徴的な事例を作り、示す――ここに、今後4年をかけて注力していきたいと考えています。

SIIFとして本質的なインパクトを実証する事例・実績づくりに挑む

 2025年までの全体戦略として掲げた3つの施策があります。1つは、本質的なインパクトを体現するシンボリックな事例・実績づくりに、われわれ自身が挑戦していくこと。2つめはそこから得られた知見を実践知に高めていくこと。そして3つめは新しい経済を志向する多様な実践者たちとともに学習する場を作っていくことです。

全体戦略の3つの施策

これから注力する3つの課題領域を設定する

 1つめに掲げた事例・実績づくりを具体化するために、3つの課題領域を設定しました。これまではインパクトを生み出す可能性があれば領域を問わず支援してきましたが、今回あえて「ヘルスケア」「地域活性化」「機会格差」という3つの課題領域を設定し、組織としての資源を集中的に注ぎ込み、変化を起こしていきたいと考えています。

注力する3つの課題領域

 この3つの領域に絞るにあたり、常勤理事から管理部門のメンバーまで全社員で議論を重ねました。そこで、最も重視したのがメンバーのインテンショナリティ、つまり強い関心や意思です。この課題に深くコミットして取り組みたいという強烈な意思をどれだけ持てるのか。それがすべての原点だと思っています。その上で、社会での重要性、インパクトビジネスとの親和性など、さまざまな判断軸を統合して、最終的にはこの3つの領域に決定しました。

 特に3つめの課題「機会格差」は、SIIFとしてどう取り組めるか議論が白熱したところです。貧困問題の解決というと、現在貧困に陥っている人を救う福祉的なアプローチを想定しがちで、インパクト投資とは親和性が無さそうと最初は思っていました。しかし、「なぜ貧困が起きるのか」に着目すると、そこには構造的な課題が存在します。例えばシングルマザーの貧困問題も、子育て世代の女性の働きにくさや女性の低賃金労働という経済的構造が一因としてあります。この構造 に着目することで、顕在化している課題を解決するだけでなく、問題を生み出している経済活動の側からインパクト投資によってできることもあるという議論になりました。

 具体的なアクションとしては、各領域で今年度中に「ビジョンペーパー」を発行します。それぞれのテーマで課題の構造分析を行い、課題解決の道筋である「セオリー・オブ・チェンジ」をつくることが出発点です。各領域で社会の構造的な変化を起こすような「レ バレッジ・ポイント(大きな変化を起こす梃子の力点)」の仮説を立て、象徴的な事例を創出することを目標にしたいと思っています。

 インパクト投資家にできることは本当に一部ではありますが、課題を特定して社会変革を起こすためにも、変化を起こす為に必要な行動を丁寧に分析していくことが重要です。

知見を組織として蓄積する「インパクト・エコノミー・ラボ」を創設

 具体策の2つめは、新たな部門として「インパクト・エコノミー・ラボ」を設置することです。これが「実践知づくり」、「場づくり」を具現化する舞台装置として機能します。これまで個々に取組んできた実践知の収集や、ネットワークづくりを1つの部門に集積し、蓄積する仕組を作っていきます。所長にはこれまで事業本部長としてはたらくファンドなどインパクト投資の実践と知見化・対外発信を担ってきた菅野文美が就き、5人が研究員として活動する予定です。

 インパクト・エコノミー・ラボの役割は、①グローバルな最先端の知見との結節点、②実践知と形式知を組み合わせて新たな知識を創造、③学習する組織のオーガナイザー、④さまざまな担い手やルール・制度に影響を与えるリーダーであること。この4つの機能を果たすと想定しています。

 これまで属人的だった知識やネットワークをラボに落とし込み、3つの課題領域の現場で試行錯誤から生まれる実践知を取り入れる。さらに、グローバルな最先端の知見と組み合わせたものを、新たな実践知・形式知としてラボから現場にフィードバックする。こうした相互作用を起こすこともラボの大きな役割です。ここで集積したものは、SIIF内部に閉じるのではなく、さまざまな外部組織や個人と共有し、使えるものに構築していきたいと考えています。また、今年度中でSIIFのインパクトレポートを発行しようと計画しています。

 2025年までの中期計画では、新しい経済が実際に社会変革につながることを示す象徴的な事例を作ることが挑戦的なテーマです。単にインパクト投資のムーブメントを作るのではなく、私たち自身が、いわば“地上戦”として、インパクトを出すことに挑戦していきます。目指すのは、そこで生まれた1本の木が成長し、最終的に豊かな森になること。私たち自身のチャレンジの過程をほかの実践者と共創・共有し、得られた学びを実践知として社会全体に広げていきたい。この新たな挑戦に1人でも多くの方が共感し、「新しい経済」をともに創造していただけることを期待しています。 

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