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フィランソロピー活動へのアドバイス提供者向け資格、米国CAP。アメリカのフィランソロピー・アドバイザーの資格からみる、これからの日本に必要なこと。

SIIFインパクト・オフィサー/フィランソロピー・アドバイザー 小柴優子

 アメリカのフィランソロピー業界について学ぶことを目的に、CAP(Chartered Advisor in Philanthropy)という資格を昨年、取得しました。CAPは、日本では馴染みがなく、私は日本人取得者第一号だったので、ご関心のある方に向けて、CAPの概要と受験の感想についてお伝えしたいと思います。

 CAP(運営:アメリカン・カレッジ)は、フィランソロピー活動を行う組織や人にアドバイスを提供するフィランソロピー・アドバイザー向けの認定資格で、2003年から現在までに2,600人が取得しています。大学院レベルのコースがプログラムされていて、金融サービスの理学修士の単位として活用することもできるため、米国ではコミュニティ財団や金融機関のアドバイザーなどが取得する資格として知られています。

CAPの概要と学び

 CAP資格保有者がその知識を提供する対象となる顧客は、主に米国の富裕層です。この資格は、米国でフィランソロピー・アドバイザーの仕事に就くための必須条件ではありませんが、地域の課題に取り組む非営利団体に資金提供を行うコミュニティ財団(*1)のスタッフや、顧客のフィランソロピー支援に力を入れている金融機関の職員などは、取得することを推奨されています。特に近年米国で人気が高まっている「ドナー・アドバイズド・ファンド(donor-Advised Fund)」(*2)のプラットフォームとなっているフィデリティバンガードなどの金融機関の社員会社から取得を勧められるケースが多いようです。


(*1)コミュニティ財団とは、地域社会に対する知識を持ち、公共的関心を代表する者として選ばれた、市民により構成される役員会が運営する公共的な社会貢献機関であり、個人、企業、団体その他から寄付され、遺贈された多数の個別基金を管理する財団。出典
(*2)ドナー・アドバイズド・ファンドとは、寄付者はファンドに自分の口座をつくってお金を預けると、税金の控除が受けられ、資金を運用しながら、自分で時間をかけて寄付先や寄付額を指定することができます。節税効果が高いため短期間で多くのキャッシュを得た起業家などが活用しています。


 CAPのプログラムは「寄付」を軸に、次の3つの分野で構成されています。
①ファミリー(資金提供者)の財産を考慮したフィランソロピー計画の設計

②資金を受ける側(非営利団体など)の立場を理解した支援

③信託や金融のツール(米国)を活用したフィランソロピー戦略の立案

それぞれの分野がモジュールになっており、「1つのモジュールを学習した後、その分野のテストを受験し、合格点を獲得する」ということを3回繰り返し、最終的にCAPの資格を取得することになります。

米国人でなく、更には米国で活動しているわけでもない私がこの資格から学んだことは、寄付を実行するにあたって重要となる、米国における資金提供者(富裕層)、非営利団体、金融機関の3つのステークホルダーについての視点です。

 近年米国では、寄付者が自分の死後も含めて自分の人生における寄付について計画的に実施するプランド・ギビングが盛んに行われており、これが米国でシニア層の寄付を加速させる一つの要因となっています。数十年という長期間にわたる寄付活動の計画・実行は様々なプレイヤーが連携してはじめて成り立ちます。フィランソロピー・アドバイザーは、様々なステークホルダーの立場を理解しながら、寄付者である依頼主の意向に沿って、適切なアドバイスを提供します。例えば、フィランソロピー・アドバイザーの依頼主は1人だとしても、その依頼主には家族や親族がおり、その家族間の人間関係や個々の価値観を考慮した上でフィランソロピーのアドバイスを提供することが求められます。また、依頼者が起用しているファイナンシャルアドバイザーや税理士等の専門家と協働することが求められます。
そして依頼主が寄付をする団体側に、どのような寄付の受け入れ方があるのか理解したうえで、依頼主と寄付を受ける団体にとって適切な形で寄付が行われるようアドバイスを提供することも業務の範囲となります。様々なステークホルダーの立場を理解してフィランソロピーのアドバイスを提供するには、CAPのコンテンツの学習は必要だったと感じます。

「新しいフィランソロピー」に対応する日本版CAPを

 一方で、CAPを受けて気が付いたのは、この資格はフィランソロピーの中でも「寄付」にかなりの重点を置いている点です。昨今の超富裕層は、寄付に限らない多様な手段を用いたり、よりテーラーメイドのアドバイスを求める傾向にありますが、それに対応するスキルや知識の習得を目的とした講座内容ではないように感じました。

 世界の潮流を見るとフィランソロピーの手段は多様化しており、近年では事業を成功させた起業家がビジネスマインドをもって自身で社会的事業を起こしたり、インパクト投資や、インパクトファンドを通じた社会企業支援等の活動も盛んにおこなわれており、必ずしも「フィランソロピー=寄付」という構図ではなくなっています。私たちが提携しているロックフェラー・フィランソロピー・アドバイザーズ等のフィランソロピー・アドバイザリー機関は、このような先進的なフィランソロピーに対応した多様なアドバイスを提供しています。

社会課題が山積した日本においても寄付だけでなく、より多様な手法で取り組むことができるフィランソロピーの普及がより重要だと考えており、私たちが「新しいフィランソロピー事業」にあえて「新しい」とつけたのは、グローバルなトレンドを分析して日本におけるフィランソロピー活動において、以下の3つが大切だと考えたためです。
①課題を構造的にとらえる
②社会的インパクトを追求する
③多様で柔軟な資金提供を行う
これら3つについての知見をもち、実践できるプロフェッショナルこそが現在の日本において必要なフィランソロピー・アドバイザーの役割ではないかと思います。

フィランソロピー・アドバイザーの新たな担い手と可能性

 SIIFもフィランソロピーアドバイザリーを提供しており、実際に富裕層へのアドバイザリーを提供したり、海外の事例などの調査を行った結果、多様なフィランソロピー・アドバイザリーの形が見えてきました。その中で、フィランソロピーのアドバイスは、ロックフェラー・フィランソロピー・アドバイザーズやSIIFのようなソーシャル・セクターの人材や団体だけが活かせるスキルなのではなく、米国のCAP保持者に金融機関の職員が多いように、資金提供者と日頃接点のある人にも役立つと感じています。

社会貢献を始める人を支える専門家、フィランソロピー・アドバイザー

 例えば、富裕層に資産運用のアドバイスをしているプライベートバンカーや士業の方などが、日本における社会課題や、それら課題に取り組む団体、その団体の選定方法等を把握し、富裕層に社会貢献活動に資金を提供するためのアドバイスを包括的に提供できるようになるとどうでしょう。多くの場合、フィランソロピーは、その人の根本の哲学を映し出す活動になることが多いため、プライベートバンカーがフィランソロピーについての知識があると、顧客である富裕層の資産運用だけではなく、顧客の価値観に基づいた資産管理や社会貢献活動についてもアドバイスもできるようになります。これらが包括的にできるプライベート・バンカーは、より顧客の意向に寄り添うことができるといえるのではないでしょうか。

 富裕層の移民を増やしたいシンガポールでは、節税措置を設けるとともに、プライベートバンカーに対して認定資格を設けていますが、そのプログラムの中にフィランソロピー・アドバイザーのカリキュラムが組み込まれているそうです。これは富裕層の資金を社会的事業に振り向けることを意図した国策であり、富裕層が住みたいと思える国を目指すためにも、シンガポールでは、資産運用・管理やフィランソロピーの制度を充実させているのです。

 日本でも、フィランソロピー・アドバイザーが育成されることで、ソーシャル・セクターへの人材の流入が促されたり、公益に充てる資金についての助言ができる人が増えることで世の中のお金の流れが変わることが望めるのではないでないかと考えます。

個人の資産を、様々な形で社会課題解決を実践する人材に繋ぎたい

 また、日本でも一般企業からソーシャルセクターに転職したい人の窓口として、日本版CAPなどの資格が機能することにも可能性を感じています。日本には、NPOに資金を集めるファンドレイザーという資格がありますが、NPOサイドの関係者が取得することが多く、資金提供者側とのつながりが持ちにくい現実があります。そのため、ファンドレイザーと協働する、資金提供者と繋がる人の資金を呼び込むことができる人が増えることが大事だと考えます。

 SIIFでのフィランソロピー事業により、個人の資産をフィランソロピー活動に活用したいと考える人は日本にも多く存在することがわかっています。日本は今もなお世界で3番目に富裕層の数が多い国であることを考慮すると、フィランソロピーに使われる可能性のある資金は世界的にみても決して少なくありません。だからこそ、それらの資金を公益事業に投入するためには、資金提供者と公益事業者をつなぐ役割として知識を持った人材の育成が必要とされており、資金を提供する側のことを体系的に構造的に学ぶことができる資格制度のようなものが日本国内にも広まり、包括的なアドバイスを提供する土壌が根付くことで、新しいフィランソロピーのエコシステムも形成しやすくなるのではないかと感じています。


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