一人になった

3月の中頃、彼女さんとの同棲を解消した。
喧嘩したわけでも仲が悪くなったわけではない。
僕の方から彼女さんにお願いして、
「ちょっとだけ一人にして欲しい」と頼んだ。
いつもは僕の意見を尊重してくれる彼女さんが、
泣きながら必死に抵抗してくれたのを見て、
ちょっとだけその選択を後悔した。

彼女さんに対しての不満は全くなかった。
彼女さんと一緒にいる時の自分が嫌だった。
付き合って8ヶ月にもなるのに、倦怠期が来るどころか
彼女さんのことが日に日に好きになっていっている。
それだけならいいのに、最近、彼女さんからの優しさを求め始めていた。
基本的に彼女さんは恥ずかしがりなので、「好き」とか「愛してる」みたいなことは絶対に言わない。
彼女さんがそういう気分になった時だけ、自分からくっついたりしてくるけれど、僕から行くと、適当にあしらわれる。
でも、僕のメンタルが本当に落ち込んだり、本気の相談をしている時は、すごくすごく優しい。
それが彼女さんのベースなのを知っているし、普段の照れ隠しで冷たくされる感じも可愛くて好きなので、それで何の文句もなかったし、それが適度な距離感を保ってくれていると思っていた。


毎月10日は付き合って○ヶ月記念日で、
だからと言って何か特別なことをしたりしなかったり。
大体はいつもよりちょっとだけおいしいものを食べに行ったり、いつもよりちょっとだけ長く散歩をしたり、とか。
何でもかんでも記念日にして祝うようなカップルにはなりたくないと言っていた僕と彼女さんの必死の抵抗。
決してのぼせあがることなく、けれど嬉しさを抑えきれないそんな一日。

記念日で必ずやっているのが、僕からの彼女さんへの告白。
付き合って1ヶ月のタイミングで、僕が日頃の感謝を伝えたら、それが2度目の告白みたいになってしまい、
彼女さんに「もしかして、彼氏ちゃんは毎月告白してくれるの?」って冗談で言われたのがきっかけ。
それ以来、毎月ちゃんと感謝を伝えつつ好きな気持ちを告白していた。
彼女さんも、毎月それが一番の楽しみだって言ってくれていたし、今月も用意していた。
けれど、今月はそれが出来なかった。
彼女さんから告白されたから。


すごい恥ずかしそうにしながら、声も震えて泣きそうになりながら、まだ付き合ってなかったんだっけ?と思ってしまうくらい緊張しながら告白をしてくれた。
あんなにまっすぐ目を見て、彼女さんから「毎日幸せです。」って言われたのは初めてで。
その時から僕は壊れてしまった。

彼女さんはこれまでの人生で、告白をしたことがなくて、
今まで付き合って来た人達には全員告白「させてた」。
彼女にとって、僕と付き合うまでの一年間は地獄だったらしい。彼女さんが、ずっとヒントを出し続けてるのに、全くうんともすんとも言わない僕。
今までで一番「手強かった」らしい。
頑なに告白をしてこなかった彼女さんが、人生で初めての告白をしてくれたことだけでも嬉しいのに、
「幸せ」って言葉がもっと嬉しかった。
だから、その瞬間から、彼女さんのことしか考えられないくらい彼女さんに依存しそうになってしまった。

一日中彼女さんとずっと一緒にいたくなって、
ちょっとでも離れるのが嫌になってしまった。
もちろん、我慢したし言葉にもしなかった。
自分にとっても一番良くないし気持ち悪いことだから。
だけど、「幸せ」って告白された時のことがずっと残っていて、彼女さんの横顔を見るだけで抱きしめたくなっていた。
そして、そういう自分が気持ち悪くて仕方なくて、だんだん耐えきれなくなっていた。

その日、寝る前の時間で、「相談がある」って切り出して、
「このままだと彼女ちゃんに依存しちゃいそうなので、ちょっとだけ一人にして欲しい。」とお願いした。
彼女さんからしたら寝耳に水で、すごく困惑された。
普段は僕の意見をまず受け入れて尊重してくれる彼女さんが、すぐに感情的になって、「絶対いやだ。」と言った。
経緯と理由をゆっくり伝えたけど、ほぼほぼ聞いてくれず、
泣きながら「いやだ」と言われ続けた。
普段しっかりしている彼女さんが駄々をこねる子供みたいになってしまっていた。
そこまで感情的になるくらい、離れるのが嫌だって言ってくれたことが、また嬉しかった。
すっ、と僕の意見を受け入れて、
あっさりと離れてくれると思ってたから。

彼女さんを説得して、彼女さんのご両親にもお話をして実家に帰ってもらうことになった。
ご両親も優しい人達だから、大して理由も聞かずに、「全然大丈夫よ。こっちでうるさくなったらお返しするけど。」なんて冗談を言いながら受け入れてくれた。

数ヶ月ぶりに一人になったら、寂しくなってしまい、
最初の2日間は寝れずに泣いていた。
ますます彼女さんのことを考えてしまって、
何のために離れたのか分からなかった。
連絡をしようとしてはやめ、を何度も繰り返した。
一番我慢してくれてるのは彼女さんなのに、それで連絡を取ったら、彼女さんの努力を無駄にしてしまう。

結局僕は2週間耐えきれなかった。
彼女さんに「会いたい」って言ってしまった。
離れたいって言った張本人なのに。
実家に迎えに行って、彼女さんの部屋で彼女さんに謝った。
一人は耐えきれないし、一緒にいると甘えてしまいそうになるし、どうすればいいかもう分からなくなっていた。
彼女さんもすごく不機嫌になっていて、
「自分から言い出したくせに」「もっと相談すればいいのに」とか色々言われた。

「だいたい依存依存って言うけど、好きな人と一緒にいたいとかってそんなに悪い?」

「迷惑って私が一言でも言った?」

言葉に詰まった。

「現に、彼氏ちゃんは私が嫌って言ったことはしてないんだけど。」
「彼氏ちゃん、私がゲーム一生やめてって言ったら止めるの?」
「私の言うこと何でも聞いてくれる?」

さすがにそれは無い。

「じゃあ、大丈夫だよ。ちょっと私のことが好き過ぎるだけだよ。」

彼女さんは、大真面目な顔でそんなことを言ってくれた。
それどころか、

「本当は、離れるって言われた時に言ってあげられれば良かったんだけど、あの時はあまりにも急で言語化出来なかった。私も悪かったと思う、ごめん。」

と一旦謝られた。
もう彼女さんは止まらない。

「だいたいこの間は一週間くらいゲームにどっぷり浸かって私のことないがしろにしてたくせに、『彼女ちゃんに依存してる』ってどの口が言ってんだ。」

「ちょっと忙しくて疲れてて、『誰かに甘えたいなー』くらい誰にでもあるだろ。」

4つ年下の彼女さんに説教される図。
飴と鞭がうまいので、叱るだけでなく、

「私は彼氏ちゃんが甘えてくれるの嬉しいよ。年齢とか気にせず接してくれてるのが分かってすごく嬉しいし。」

と慰めてもくれた。

彼女さんに諭されて、
数週間うじうじ一人で悩んでいた件が
「ただ忙しくて疲れていただけなので大丈夫」という結論に落ち着いた。
それからは彼女さんに出来るだけ甘えて見ることにしている。
嫌な時は拒否されるし、ほぼほぼ受け入れられることは無いけれど、
そういう素振りを彼女さんに見せるだけで、自分の中の気持ちが落ち着くことも分かってきた。
彼女さんからは甘えん坊扱いされ、僕もそれを否定できない。
けど、そういう気持ちにさせたのは、あんなに真っ直ぐな「幸せ」って言葉だということ。
あの言葉だけで、こうなってしまうんだから、
あの言葉を忘れなければ、これからもずっと彼女さんのことを好きでいられると思う。

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