渋谷のホテルと足助の重要文化財(建造物)が共働でやってみたこと -フラワーインスタレーション「align -時代をつなぎ未来へむすぶ-」-
私が2019年(平成31年度)より主担当として関わっている国指定重要文化財「紙屋」旧鈴木家住宅(愛知県豊田市足助町)。
2023年、この文化財建造物の所有者である豊田市と、東京都渋谷区のブティックホテルのTRUNK(HOTEL) CAT STREET(以下「TRUNK」)の官民連携によって、全国的にも珍しいプロジェクトを実施することができました。
このプロジェクトは、築240年以上の歴史を持つ旧鈴木家住宅の主屋を舞台として、足助地区に自生する植物を使いながら、季節を感じさせる空間を演出する試み。
高校時代からの親友で、TRUNKのフラワーデザイナー神谷周くんとの共働により、実現に至りました。
企画展タイトルは、国指定重要文化財旧鈴木家住宅フラワーインスタレーション「align -時代をつなぎ未来へむすぶ-」です。
この記事では、プロジェクトの一連の流れを振り返りながら、今後の重要文化財建造物の活用可能性について、考えてみたいと思います。
🌳🌳🌳🌳🌳🌳🌳🌳
▶︎今回の企画に至った背景について
【会期前(〜2023.10.31)】
愛知県豊田市足助町にある旧鈴木家住宅は、江戸時代中期より15代続いた大商家。地元の方々からは、今でも屋号の「紙屋」の名で呼ばれ、親しまれています。
建物自体は、昭和の時代から長らく空き家となっていましたが、平成22年に15代鈴木家当主より豊田市に寄贈。その後、詳細な建物調査の過程を経て、平成25年には国の重要文化財に指定されました。
現在は、築120〜260年以上経過した全16棟の文化財建造物を保存活用するために、2014年(平成26年度)より工事を進めています。
この工事、現時点で工事完了予定は2030年(令和12年)という、100年に1度の一大事業なのですが、令和5年8月4日からは、全16棟のうち主屋1棟の一般公開を先行して始めました。
引き続き、残り15棟の工事を同時並行で進めながらも、この文化財建造物をいかにして有効活用していくべきか、実際の施設運用を通して検討を重ねていくことにしたのです。
実はこうした文化財建造物は、特に国が指定した重要文化財級の建物となると、さまざまな制約があって、そう簡単に活用ができない実情があります(詳しい説明は後ほど)。
そのような制約のなかでも、できる限りこの旧鈴木家住宅の空間を活かそうと考えた際に思いついたアプローチのひとつが「装花」のインスタレーションを行うことでした。
植物の水気・水やりの問題や、装花の固定の仕方の問題など、考慮すべき事柄はいくつかありますが、基本的にはある程度自由度のある活動ができて、かつ黒色を主体とする土壁の空間にも装花は映えるだろうと考えました。
そこで、長年に渡り花関係の仕事に携わっている高校時代からの親友の神谷くんに相談してみたところ、「できるんじゃない」と快諾をいただき、具体的な準備を進めていくことになったのです。
現在、神谷くんはTRUNKのフラワーデザイナーを務めており、当然、BtoB(企業間取引)として、お互いの上司にも稟議にかけていく必要がありました。
幸いなことに、東京都渋谷区と愛知県豊田市という距離感や、ブティックホテルと国指定重要文化財建造物というジャンルの違いも乗り越え、晴れて共働でプロジェクトを実行させてもらえることになりました。
その決め手のひとつは、「ソーシャライジング」を企業コンセプトに掲げているTRUNKの目指す方向性と、国から「SDGs未来都市」に選定されている豊田市の目指す方向性が、お互いに相通ずるものがあったからなのかもしれません。
文化財建造物で官民連携を行う事例は少しずつ増えてきていますが、民間企業が国指定重要文化財(建造物)で装花のインスタレーションを行うのは、全国的にも初めての試みではないかと思います。
神谷くんと何度も打合せを行うなかで、今回のインスタレーションで取り組みたいこととして、以下の4点が見えてきました。
今回のプロジェクトにあたり、足助の山々に自生する植物を見定めるため、会期の約4か月前(7月上旬頃)に事前のフィールドリサーチのうえ、会期2日前よりインスタレーション用の花材調達を行いました。
足助の山々に自生している植物は、どうしても12日間という会期に耐えることが難しいものが多いようでしたが、アケビ、ユズ、ツルウメモドキなどの実物や、秋の季節を感じるススキやエノコログサ、また装花全体の印象を整える役割として苔、木の樹皮、植物のつるなどを調達することができました。
さらに東京で事前準備した花材や、名古屋の花き市場で調達した花材含めて、最終的には計25種類(つる、樹皮、苔を除く)の花材をつかったインスタレーションとなりました。
企画展タイトルは、今回の展示空間となる旧鈴木家住宅が3間続きの奥行きある建築空間だったことからもインスピレーションも受けて、メインタイトルを整列・調整・提携などの意味をもつ「align」、サブタイトルを「時代をつなぎ未来へむすぶ」としました。
▶︎企画を実行してみて起こった出来事
【会期中(2023.11.1〜2023.11.12)】
2023年11月1日(水)より、旧鈴木家住宅主屋にてフラワーインスタレーションの会期が始まりました。
例年、11月中は足助の景勝地・香嵐渓にて「香嵐渓もみじまつり」が毎日開催されており、連日多くの観光客でごった返します。
その影響で近隣の足助の町並みにも観光客は多少流れてきますが、香嵐渓の集客数と比べるとその差は歴然。この紅葉の時期に、どうすれば少しでも多くの観光客に足助の町並みにも立ち寄ってもらうことができるのか?
これが、旧足助町時代(豊田市との合併前)から続く、まちの課題のひとつでもありました。
そこで、若年層も多く訪れる香嵐渓もみじまつりの期間中に、多世代の方々に香嵐渓だけでなく足助の町並みにも訪れてもらえるよう、このフラワーインスタレーションがひとつのきっかけになればという狙いもありました。
幸いなことに、まず会期の出だしには新聞社(中日新聞、豊田経済新聞)や地元ケーブルテレビ(ひまわりネットワーク)など、複数のメディアで取り上げていただきました。
特に中日新聞に掲載された日には、記事を見て旧鈴木家住宅に来訪されたという方も多くいらっしゃっいました。やはり、地方ではまだまだ新聞の影響力が強いんだなと、あらためて実感した出来事でした。
▶︎ひまわりネットワーク「とよたNOW」2023年11月2日 ニュース【インタビュー動画あり】
また、豊田市を拠点とするローカルアイドルStar☆T(すたーと)の和久田朱里さんも、会期始まってすぐに観に来てくれていたようです。その他にも、普段は文化財建造物には訪れそうにないお客さんもチラホラ。
こうしてInstagramに投稿してみたくなるぐらい、映える空間を文化財建造物で演出できたことの証左にもなっているのではないかと思います。
会期3日目には、フラワーインスタレーションで彩られた空間のなかで、「香道」の体験イベント【紙屋鈴木家スタディーズ「香木の香りを楽しむ ~聞香サロン~」(以下「聞香サロン」)】を開催しました。
香炉で香木を焚き、心落ち着かせてその香りを聞く、茶道や華道に並ぶ日本の三大芸道のひとつである香道。
実は、紙屋鈴木家の歴代当主も、志野流香道の免許皆伝を受けるほど、香道に深く傾倒していた歴史があります。
聞香サロンの開催にあたっては、こうした紙屋鈴木家の歴史的背景をきっかけとして、香炉の使い方や香木についてのレクチャーを受けながら、実際に香木の香りも楽しめるという、香道を知らない方でも気軽に参加できる内容となるよう心がけました。
元々、こうした香道の体験イベント自体は、旧鈴木家住宅での開催を見据えて、3年ほど前から私たちが試行を重ねていた取り組みでした。
神谷くんと今回の企画について事前打合せをしていた際、「可能であれば別のイベントともコラボレーションしたい」という彼の意向もあったため、フラワーインスタレーション会期中に香道の体験イベントも組み込むことにしたのです。
この聞香サロンは、愛知県名古屋市にあるお香専門店、春香堂の4代目次期当主の小川栄一郎さんを講師にお招きして、実施しました。
フラワーインスタレーションで彩られた空間のなかでの聞香体験に、参加者の方々も皆さんご満足いただけたようですし、講師の小川さんからも「こんな素敵な空間でやらせてもらうのはこれまでにない経験で、非常に光栄です」と感謝のお言葉もいただけました。
また、この聞香サロンを開催している最中、足助の町並み内に住んでいるおばあちゃんたち3人連れが、手押し車を押して旧鈴木家住宅を訪れました。
そのうちの1人のおばあちゃんが開催概要のキャプションを見ながら「もっと(神谷くんが写っている)写真を大きくせにゃいかん」などと独り言をつぶやいていました。声を掛けてみると、どうやら神谷くんのことを知っている方のようです。
実は、今回のフラワーインスタレーションをきっかけに、偶然にも発覚した事実があります。
それは、神谷くんがかつて足助の町並み内にあったホームランという焼きそば屋(1995年頃に廃業)の甥っ子にあたるということでした。
自分も約4年半ほど足助で仕事をしてきたなかで、ホームランというお店の名前は誰かから聞いたことがありましたが、まさか高校時代の親友が足助に繋がりがある人間だということは今回の企画を立ち上げるまで(当の神谷くん本人さえも)全く知らず、大変驚きました。
話しかけたおばあちゃんは、ホームランの大将の奥さまで、どこかから噂を聞きつけて、甥っ子の活躍を見に来てくれたようでした。
お友達とともに装花の前で記念写真を撮って、喜んで帰っていかれたおばあちゃんたち。
勇気を出して新たなことにチャレンジすると、思いがけない縁が再び繋がっていくこともあるんだなと、今回の企画が教えてくれました。
ちなみに、今はなきホームランですが、足助の国道153号線沿いにあるモグモグキッチンというお店で、「昭和の足助焼きそば」というメニュー名で、かつてのホームランの焼きそばの味を再現しているそうです。
今回の企画で足助に来てもらったついでに、神谷くんにも昭和の足助焼きそばを食べてもらいました。実際にどこまで当時の味を再現できているのかは定かではありませんが、味が濃くて野菜いっぱいの個性ある美味しい焼きそばでしたよ。
今回の企画にあたり、わたしたちが特に気を遣っていたことのひとつが、会期の長さでした。
通常、結婚式の装花として使われる生花は一日限りでその役割を終えますが、今回のフラワーインスタレーションでは、12日間という長い期間の展示に耐えうるデザインにしなくてはなりませんでした。
今回のフラワーインスタレーションでは、部分的にドライフラワーや枝などを散りばめつつも、花材のほとんどを生花にして、日々変化していく植物の様子もひとつの見所として鑑賞してもらえるような花材選定が行われています。
毎日の水遣りを欠かさず行いながら、会期中の生花の見栄えを極力維持していくよう努めましたが、会期後半にかけても来場者の方々からの反応は非常に好評でした。
紅葉の季節ということもあり、植物が枯れていく様を愛でるという文化的素養が身についた方が、多く足を運んでくれたのかもしれません。
▼会期6日目の様子
▼会期9日目の様子
▼会期10日目の様子
12日間という会期中の旧鈴木家住宅来場者数は1,605人。一般的な文化財建造物の民家の場合、1日100人以上の来場者がコンスタントに訪れることはあまりないのではないかと思います。
大変多くの方々に喜んでいただけたようで、とても嬉しいです。
▶︎重要文化財(建造物)の積極的な活用に向けて
【会期後(2023.11.13〜)】
今回、部分的な一般公開が始まった旧鈴木家住宅で何かできないかと考え、企画したフラワーインスタレーション。
あえて「装花」というアプローチを選択した最も大きな理由は、装花が国指定重要文化財の各種制約をクリアでき、かつ、普段文化財にあまり興味関心を持たない方でも楽しんでもらえるような魅せ方ができる、数少ない手法のひとつだと考えたからでした。
国が指定した重要文化財は、原則として昔の建物の形態を変えてはいけないとされており、その結果、現行の食品衛生法や博物館展示基準などをクリアすることができないことが多いです。
平成31年度の文化財保護法改正で、従来は「保存」の意味合いが強かった文化財について、「活用」も重視していく方向に法律上は舵を切ることになりました。
しかし、実際の文化財の現場では、文化財関連のステークホルダーらの意識がまだまだ変わりきっておらず、従来型の保存ありきの指導や設計が行われている現状があります。
文化庁の制度的にも、建物ごとに「保存活用計画」という方針を策定すれば、柔軟な建物利用が可能なように謳われてもいますが、その実、現場ではさまざまな横やりが入って、結果的には、建物を有効活用するための改修に至ることは少ないです。
(こうした実情も影響してか、昨今の文化財建造物の先駆的な活用事例は、「文化庁」管轄の国庫補助金ではなく、「内閣府」「国土交通省」「農林水産省」など、むしろ文化財が専門ではない省庁が管轄する国庫補助金を使った事例が多いのは、とても皮肉なところです。)
こうしたハード面の根本原因により、ソフト面では、積極的な飲食の提供ができず、かつ、元々はその建物内で使われていた道具(文化財として取り扱われた瞬間に「民具」「美術工芸品」「古文書」となる)にさえ使用制限がかかってしまう重要文化財(建造物)。
あまりにも活用の幅が狭まってしまう従来型の重要文化財(建造物)の施設運用に対して、現行の法令や基準を守りながらも、新たな建物の使い方を創造していかない限り、本当の意味での「保存活用」には繋がらないのではないかと、個人的には思っています。
今回、渋谷のホテルという、一見すると地方の重要文化財(建造物)とは全く正反対のキャラクターを持った民間事業者さんと連携することができました。
その意義は、今後の旧鈴木家住宅、ひいては全国の重要文化財(建造物)の未来を考えるうえでも、とても貴重なチャレンジになったのではないかと思います。
この度、国指定重要文化財旧鈴木家住宅フラワーインスタレーション「align -時代をつなぎ未来へむすぶ-」をご覧になっていただいた来場者のみなさん。また、この企画を実現させてくれたTRUNKのみなさん。
そして、築250年近くになる建築空間に素敵なフラワーインスタレーションを添えてくれた神谷くんと、先輩を慕って身ひとつで手伝いに駆けつけてくれた西くんに、あらためて心から感謝いたします。
▼重要文化財(建造物)に関するnote記事
▼豊田市の掲げる「共働」によるまちづくり
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?