『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』は、「失敗の教科書」としても一見に値する作品

『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』を遅ればせながら見た。ドキュメンタリーとしては、ナレーションもなく必要最低限のテロップに、ライブやレッスン風景の映像とメンバーインタビューをメインにして極力鑑賞者の主観に委ねるような作りになっていた。とはいっても、「どのシーンを使うのか?誰のどんな発言を使うのか?」という点にも制作の意図が介入しているわけで、そこは十分恣意的なのだが。

前評判を聞く限り、これまで表沙汰にしてこなかった暗部も洗いざらい公開してるのかと思ったけれど、まあこんなもんかなって感想。ひとつ意外だったのは、すでに不協和音の時点で平手友梨奈とキャプテン菅井友香の間にディスコミュニケーションが生じていたということ。

その後に発生する、平手の欅坂から距離を置きたい宣言、ツアーの休業、脱退という「センター不在の穴をいかに埋めるか」の試練に対して、このグループはことごとく失敗してきたんだなと痛感した。自分は日向贔屓なので、そういったシーンでは「佐々木久美だったら、どうやってこの難局を乗り越えるるのか?」という視点で見てしまった。
(ちなみに3年目のデビューは未見)

欅の代理として急遽決まった武道館公演、長濱ねるの兼任解除から卒業といった試練を乗り越えるたびに成長していった日向とは真逆の道を歩む欅坂。

欅凋落の原因は、運営・メンバーともに強すぎた平手友梨奈への依存体制に尽きる。映画を見る限り、メインにインタビューされていた一期生の中でまともに平手離れができているのは小林由依だけなんじゃないか。そして、「10月のプールに飛び込んだ」のMV撮影に平手が不参加だったことの説明もあいまいなまま。現場でスタッフが「平手は参加できないと言ってた」と告げるのみで、本人からの説明はない。
(その後メンバーには本人から説明があったのかもしれないが、我々には知るよしがないので映画の描写のみで判断する)

しかし、あそこはメンバーにも対外的にも、本人の言葉でしっかり説明をするべきだろう。あのスタッフの説明だけでは、受け取る側によってさまざまな意味に取られかねない。「確証のない話ほど拡散して、本人も知らない自分ができあがる」というのはエキセントリックの歌詞だ。

あいつがああだって言ってた こいつがこうだろうって言ってた
差出人のない噂の類(たぐ)い 確証ないほど拡散する
(中略)
本人も知らない僕が出来上がって 違う自分 存在するよ

という具合に、これはイヤミでもなんでもなく本作には「他山の石」とすべき失策が言葉の節々から読み取れるので、失敗の教科書としての鑑賞にも堪えうる。

それと最後に述べるが、欅坂の歴史を語るときは決まって「満身創痍でセンターを努め上げた平手友梨奈」という美談ライクに語られるが、あれは普通に未成年の労働搾取一歩手前じゃないのか。よく平手の両親から訴訟起こされなかったな、と思うくらいだ。

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