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欧州旅行記❽「グラッィエ、グラーツ」

 ポーランド、チェコを抜けると、徐々に、冬から初春に向かう様に暖かくなり始めた。南に向かっているのだ。旅の間ほとんど晴天と言えるほどの晴れ間を見せなかった欧州の空も、心無しか青い様に感じる。それでもグラーツに到着した晩は、寒い雨が降っていた。

 その夜、cagatayという男が泊めてくれる。なんと読むのだろうか。彼は音楽の教員らしかった。彼の家のチャイムを鳴らすと、ゆっくりと写真通りの髭面の男が現れた。ハロー、ユキだ。よろしく。良ければ、ボロ雑巾でも貸してくれないか。俺のトランクはびしょ濡れだ、こんなじゃ上がるのは申し訳なさすぎて。そう伝えると、彼は驚いた顔で、そんな事気にするな、と言った。結局しっかり拭いて、上がらせてもらった。
cagatay、チャータイの家は実に素晴らしかった。相当古そうな石造りのアパートは、中に入ると中層階なのに天井が高い。そこには、彼の絵やギターや、愛する音楽にまつわる色々が所狭しと並んでいた。乱暴に壁に穴を開け通された音響配線で、家中必ず音楽が響く。何か日本の曲を、と言われて、nujabesを流した。
便所の壁には、天井から床までびっしりと、旅人のメッセージが書き込まれている。私も、書き足させてもらった。今でも、彼の家は憧れの家だ。
結局、二日酔いで延長させてもらった一晩を含め、二泊彼の家で眠らせてもらった。最終日の朝、三階か四階のアパートの階段を、私の馬鹿みたいに重たいトランクを、彼は一緒に下ろしてくれた。

When Yuki rang the bell for me to open the door, I was quite sick and lying in bed, and I was like "hopefully he is an easygoing surfer". When I opened the door, first thing he asked was : "my suitcase is a bit wet, it is raining outside, do you have something so I can dry it before I take it in" ! and he was not "just" asking it, he actually did it!
Yuki yuki yukiii,
I am terribly sorry that I was sick and could not be a proper host to you. But you are such a nice guest, maybe the most easygoing surfer I have ever met so far! Helpful and full of positive energy.
He is an extremely polite and nice person. So I strongly warn you hosts out there, if you are hosting Yuki, host him well or I will find you, surf your couch and who knows what I will do!
Good luck with the rest of your travel, and see you next time here or in Japan! :)
All the best to you

チャータイ、チャータイ、チャータイ、次のホストの家で、このメッセージ読んで、感動したよ。君は最高のホストだった、間違いない。五番線のバスのホームからは、君の家の窓が見えた。日本に来てくれ、僕も随分変わった。酒でも飲もうぜ。ありがとう。

街は折しも、カーニバルを迎えていた。バスには色取り取りの仮装に身を包む人が溢れている。巨大な帽子や、大きな鼻、マントや仮面。さざめく笑顔の中、次のホストの事を考えると、チャータイと比べてしまい、気が沈んだ。次の宿は、どんな人なのだろうか…バスを降りると、背の高い碧眼のヨーロピアン、サイモンが立っていた。
そこからは、怒涛の様な様々な経験が続く。サイモンは、チャータイに引けを取らない、素晴らしいホストで、ニコニコしながら、広いとは言えないグラーツの街を連れ回してくれた。森林に興味があるのだ、と話すと、グラーツ大学に連れて行き、植物園に連れて行き、街で一番お勧めできる場所なのだ、と見晴らしの良いレストランの展望デッキに案内してくれ、、、彼の家の屋上に用意されたヨーロッパ式のサウナ、ご家族総出で用意してくれる夕食、企んだ表情で連れて行ってくれた夜の街、、チャータイが理想の家を持ったホストなら、サイモンは理想の心を持ったホストだった。今でも、彼らの街にもっといられれば良かったと思う。

Yuki and I spend 2 very nice days togehter.. Yuki is a very open minded person and I look forward to see him again! Highly recommended CS traveler..

グラーツ出立の日、サイモンは素晴らしい朝食と珈琲をご馳走してくれ、駅まで車を出して送ってくれた。彼と彼の家族ほど親切で、旅人に尽くしてくれるホストはいなかった。カウチサーフィンは、先日久しぶりに開くと、コロナの影響で経営が傾き、利用者に寄付を募っていた。迷わず、年間プランに登録したが、これで随分とサーファーもホストも少なくなるのだろう。今でも、いつまでも、サイモンの様に旅人を迎えられれば、と思う。本当にありがとう。

 グラーツは小さな街だ。それでも、欧州文化首都として、数々の観光名所を持っている。街は小高い丘から見下ろすと、全体が赤茶けた瓦屋根が延々と続き、その一枚一枚を鱗として纏う、体をうねらせて飛び立つ竜の様に見えた。もう一度どこに行きたい?と問われれば、必ずグラーツを答えるだろう。景色や文化だけではなく、そこに住む人々が本当に素晴らしかったから。

グラーツから走り始めた電車は、徐々に高度を上げていく。見える景色は、雪を湛えた雄大なものに変わった。スキーのストックや板をザックに縛り付けて乗り、降りる人々が増えた。四人席のコンパートメントの向かいに、白髪白髭の老夫婦が座る。紳士的な彼らも、腕を組み、静かな接吻をしながら、雪山へ降りていった。この国では、誰もが若いままなのだった。

グラッィエ、グラーツ。2014年3月3-7日。

#旅行記 #ヨーロッパ #オーストリア #グラーツ

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