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原宿カフェ「超特急開店」騒動記

「明日空いてる?いい物件が見つかったから一緒に来て。見に行こう。」

社長のトミーから、例によって突然そんな電話がかかってきたのは、昨年、2019年の初夏だった。「いい物件」というのは、オフィス物件ではない。かねてより密かにサーチしていた「居抜きのカフェ物件」だ。

ウチのオフィスが完全フリーアドレス&ペーパレスで、社員は働く時間と場所はオフィス内外含めて自分とチームで決められる、という話はすでにこのコラムでも書いた。設立から11年、社員数が500人を超えても執務エリアの面積も席数も増やさず来ており、その働き方の自由度と多様性はますます増している。そんな中、トミーが「新しいコンセプトの空間を創りたい」と言い出したのは、2018年の秋、社長に着任してまもなくだ。

彼が創りたいと言っていたのは、新しいオフィスではない。当時流行り出した「コワーキングスペース」でも「イノベーションラボ」的ものでもない。社員が社内外の人と対話したりネットワーキングしたり、時には止まり木的に仕事したりできる、「くつろぎの場所」だった。

「打ち合わせしましょうって誘われて、美味しいコーヒー出てきたら嬉しいよね。夜はお酒も飲みたいよね。居心地のいい場所はゆったりした気持ちになるし、人と仲良くなる。コラボレーションが自然と湧き出てくる場所って、ちょっとビジネス空間とは違う雰囲気なんだと思うんだ。なんか考えようよ。」そんなやわらかい話が最初だった。

確かに、食べたり飲んだりすることって人間の基本動作で、そこになんらかの癒しや喜びがある。だからこそ、社員を家族として大切に扱う多くの日本の企業に「社食」というものがあるのかもしれない。でもオフィスにほとんど社員が通わないウチの会社では、何かしてあげようと思ってもその手の福利厚生は提供できない。補助をお金でばらまくのも味気ないし、そもそも社外とのネットワーク力が鍵だと言っているのに、社員のためだけの場所だと拡がりがない。だったら、社員が自由に社外の方をお招きできる居心地のよい場所をつくり、使い方は利用者に任せちゃったらどう?という発想だ。

そんな感じで社食ならぬ「社カフェ」構想のイメージを少しずつ妄想していたところに、冒頭の物件情報が突然飛び込んだきた。物件は運だ!ということで、早速社内のメンバー数名と連れ立って、現地に向かった。

※ウチの社長のことをあまりご存知ない方はこちら(↓)

園児の歌声と風の音

ついた場所は原宿。◯十年ぶりの竹下通りを若干緊張しながら歩いて明治通りに出ると、東郷神社の鳥居の前に不動産屋さんが待っていてくれた。「ちょっとわかりにくいんです。ここから道案内します。」と彼は言った。

鳥居をくぐり、神社の境内の前をお辞儀をしながら通り過ぎて、細いクランクが続く裏通りに出ると、その一角に目指すビルはあった。エレベータで最上階の3階に降りると、生い茂る木々に囲まれた、幼稚園の園庭の子供たちを見下ろす広々としたテラスにでる。そこから開け放たれたガラス戸の中に入ると、ぶち抜きのスペースに、コンクリートと木目調の組み合わせでシンプルに作られたカフェがあった。

「ここ、予約制のワーキングカフェなんですけど、僕たちちょっと移転を考えているんで、もしよかったらこのまま使ってもらってもいいかなと思って。」とオーナーのお兄さんは言った。広々としたカフェカウンター、オープンな壁のないスペース。豊かな自然光、あふれる緑、青い空。静かに流れるボサノバ、外から聞こえる元気な子供たちの声。そして神社から流れ込むさわやかな風。一も二もなく直感で「ここだ」と思った。見回すとみんなの表情も同じに見えた。

「移転するとなったら、いつなら可能ですか?」と聞くと、「今カフェを営業してるので、閉じる準備しながら僕たちの行先探して・・・そうですねー、10月くらいですかね。」とお兄さんは言った。「もしご検討いただけるのであればぜひご連絡ください。」

この内覧を機に「社カフェ構想」はにわかに現実味をおび、トミーの勢いも増してきた。しかし他の物件の内覧をしても、原宿でみんなが感じた「これだ」を上回る感覚は正直ない。奥まった場所にある分、社用車の出入りが不便で、お客様の経営層をお招きするには不便では、という声も一部あったが、利便性よりも「社員が人を招きたくなる居心地のよさ」を重視したい、という軸は変えたくなかった。ロケ―ションと適度な広さが醸し出す「隠れ家感」も捨て難かった。

「原宿にしよう」と正式に決めたのは7月。速攻でプランの詰めにむけて動きが始まった。「10月に引き渡しなら、工事して12月にはオープンできるよね!」とトミーのやや無茶ぶりの檄が飛ぶ。全体プロジェクトリーダーは私の同僚で経営企画のカワヅ、並んでコンセプトリーダーは私。そこに総務部女子、経営企画部女子、IT部門男子といった多様なメンバー構成でチームはキックオフした。みんな自分の仕事をわんさと抱えながらのかなり重めの突発案件だが、その日のうちにプロジェクトのslackチャンネルが立ち上がり、ワークプランの作成が始まった。

っていうか、カフェ運営ってどうやってやるの?

不動産契約の準備、社内の稟議プロセスを進めながらまず声をかけたのは、ウチがオフィスやワークスペース設計・施工において全面的にパートナーを組んでいる明豊ファシリティワークスだ。同社は、シグマクシスのオフィスだけではなく、1995年以降これまで、現会長の倉重さんが手がけた会社の全てのオフィスにおいて「日経ニューオフィス賞」受賞を一緒に獲得している、辣腕のデザイン・PM会社。高いPMO能力が売りだが、「施主の想いやコンセプト」を着実に形に落として空間に反映するというソフトの部分に、私達は圧倒的な信頼を寄せている。

「へー、今度はカフェですか。原宿?それはまた面白そうですね」と付き合いの長い担当のタカイさんは電話口で笑った。そして溌剌女性PMと共に、各種業者さんのリーダーを引き連れて早速現地調査に現れた。

居抜きとは言え、そこで仕事もできるようにするには、やり直さないといけないことは沢山ある。照明の照度調整、ネットワークの敷設、プロジェクターやマイクなどのAV機器。社員が自由に出入りするためのセキュリティ、家具や什器の見直し、建具の再調整、ひいては配電盤と配線の再設計などなど。当然、利用シーンや運営プロセスとセットで考えないと仕様が決められない。コストは極力コントロールしたいものの、コンセプトを考えると安っぽい場所にもしたくない。ただ図面を引いてつくればよいわけではないところに空間づくりの難しさはあるわけで、明豊さん側、当社側の山積みの宿題を一緒に整理し、それぞれの作業に取り掛かった。

さて、カワヅも私もこれまで数々のオフィスづくりに携わってきたが、今回の一番の問題は「カフェ」という飲食サービスに関わる部分だ。厨房やカウンターはあるが、それをそのまま使って足りるのかどうか?どうサービスを設計して施設に落とせばよいのか?スタッフの手配はどうしたらよいのか?とにかく何もわからない・・ということで、7月終わりに門をたたいたのがソルト・コンソーシアムだ。

社長同士がお友達というご縁だが、企画・運営を手掛けている店は軒並みハイグレード。こんなド素人二人でカフェやりたいなんて相談にいって大丈夫か?と、苦笑いしながら西麻布の奥にあるオフィスを訪ねると、取締役自らイロハから考え方を教えてくれて、一緒に運営を設計してもよいですよと申し出てくれた。ここでも持ち帰りの宿題がわんさと積みあがったが、強力なパートナーを得て、光が見え始めた。

ソルトさんが集めてくれたプロジェクトチームは、自社のサービスマネジメントのリーダー、厨房機器屋さん、コーヒー豆屋さん、ビールメーカーさん、そして食器屋さんという、私達が日ごろお目にかからない業種のみなさん。ちなみに明豊さん側は同社のPMを筆頭に、デザイナー、電装屋さん、建具屋さん、大工さん、AV機器屋さんというチーム。というわけで、ウチのメンバーを含めてのキックオフは、いでたちも含めてまさにダイバーシティを絵にかいたような雰囲気になった。

「僕たち自身つくったことのないものをつくろうとしています。でもつくって終わりではなくて、利用する社員と一緒に空間を”育て続ける”、そんな場にしたいので、みなさんのアイデアを組み合わせて社員みんなが喜んで使ってくれる場にしたい。」カワヅはそうキックオフで挨拶したが、それは私達全員の気持ちでもあった。とにかく心地よい場所にするために全力を尽くそう。その想いを共有して、工事が始まったのは、予定より引き渡しが伸びた結果11月18日だった。

家具、食器、酒、とにかく決めて決めて決めまくる

スペースづくりのプロジェクトは、家づくりと同じ。どんな生活をしたいかをイメージしながら、予算と納期の組み合わせで各論の意思決定をし続ける。現場の施工と並行して私たちもあらゆるものを決め続けた。

例えばプロジェクター。窓が大きく日差しが入るので輝度照度が高くないと厳しい。でも余裕のある高スペックは買うとべらぼうに高い。「う~ん、倉庫にこの前本社で外した古いの残ってるよね、それでいけるからもってこよう」。椅子は本社でもこだわる物品。なんだかんだで仕事は座ってすることが多いので、それをケチると社員の体がしんどくなる。数があるから空間の雰囲気にも影響する。「シグマクシスは椅子にはカネの糸目をつけない会社」と明豊さんは経験上思っているので、デザイナーはこちらの反応を面白がりながら高いものから見せてくるが、そこはそろばんはじきながらぐっと我慢。デザインと機能のバランスで適度なものを選び、既存の椅子もクッションを変えて生かした。

特に悩んだのはエスプレッソマシンだ。これまた上を見るとキリがないのだが、中途半端なマシンだとコーヒースキルを持つスタッフのモチベーションはもちろん、味にもインパクトする。そもそも美味しいコーヒーを出したいねということから始まっているので、ここは頑張った。かなりしっかりした存在感のあるコーヒー機材がスタバ風にカウンターに並ぶとなると、その横にあるディスプレイ冷蔵庫が業務用のままだといただけない・・・ということで、フロアに並ぶ冷蔵庫とワインセラーもデザイン性のあるものに買い替えることにした。想定外ではあったが、このあたりがコンセプトとの整合性で実は譲れないところ。

パーティはどれくらいあるのか?夏はスムージー出したらお客様喜ぶのでは?そんな議論から製氷機の仕様も論点になった。パーティ運営スタイルによっては食洗器もいれないときついが、お皿をどれくらい自前で持つのか?グラスはガラスなのかガラス様の割れない素材にするのか?冷蔵庫はそのまま譲られた家庭用でどうにかなるのか?・・・そんな細かいリストを価格表とにらめっこしながら崩し、小ぶりの厨房の中に入れる機材を選んで、テトリスのようにセッティングしていく。

頭が痛かったのはゴミ問題。回収業者がなかなか決まらないという思いもよらない壁にもぶつかった。通常のオフィスビルではビル側がゴミの回収業者と契約しているため、テナント企業が自社で探すことはないのだが、ここでは自分で処理しなければならない。飲食スペースで、さらに原宿の裏道でトラックの出入りが不便な場所。受けてくれるという企業があっても社内審査が通らないなど、様々な事情でとにかく難航した。経営企画のマリエちゃんが50件近くしらみつぶしに電話をかけまくり、1か月以上苦戦した末決まった時には、バックヤードはゴミの袋でパンク寸前。関係者一同万歳したのを忘れない。

いろいろあった中で特に思い出深いのは、メニュー決めだった。12月初旬、ほぼ施工が終わった頃、指定された夕暮れ時にカフェに行くと、運営してくれるソルト・コンソーシアムのメンバーが、ずらりとカウンターに並んだグラス、カップと共に正装で迎えてくれた。

着座すると、資料の順番にコーヒー各種、緑茶、玄米茶、ほうじ茶、スパークリング、ワイン、サーバーに入れるクラフトビール数種が次々と供された。一つひとつの特徴、良い点悪い点、ストーリーをソルト社の取締役が説明してくれる。コーヒーはコーヒ豆屋さんが、ビールはビールメーカーの人が解説を加えてくれた。美味しいかどうか、高いか安いかというよりも、一つひとつの持っている背景や価値を理解しながら、実際に使う食器を使って試飲し、お客様に供するときのシーンをイメージして選ぶ。

なるほど。飲食サービスも「体験価値」なんだ、口に入るモノの良しあしだけではなく、空間、サービス、関わる人、コミュニケーション、そしてストーリーとの組み合わせで表現される空間全体に価値があるんだと改めて認識し、ここに至るまでのプロセスを体験できたことに感謝した。そして、ちょっと酔っ払った。

利用のルールは最低限度に。使う人に任せよう

さて、ここまで結構なスピードで走り続け、完成間近というところまできていたが、最後、最も大事な仕事が残っていた。社内への告知だ。オフィスでもラボでもない、突然現れた原宿の小さなカフェの趣旨を全社にどう伝えるのか?結局みんなが喜んで使ってくれなければなんの意味もない。カフェ運営段取りの最終化と社内へのコミュニケーションが最後の仕上げだった。

まず告知するには名前がいる。プロジェクトメンバーで候補を出し、「X-base (クロスベース)原宿」と名付けた。コラボレーションを意味するX、シグマクシス(SIGMAXYZ)のX、土台、基地という意味だ。まず、みんなが新しい場所に慣れて、自分なりの利用シーンを思い浮かべられるように、社員限定ソフトオープン期間を設け、1月下旬にグランドオープニングレセプションをすることに決めた。サプライズ全社告知は、12月初旬の全社クリスマスパーティで行った。

もう一つ決めたことがある。運営を支えるオペレーションはしっかり設計するが、利用者からみた利用ルールを最少化するということだ。「X-base原宿はオフィスではなく社内外コラボレーションスペース」というコンセプトだけを掲げ、あとのお約束は、セキュリティを守ること、予約プロセスを遵守すること、丁寧に清潔に使うこと、ざっくり言えばそれくらいだ。

カフェのソフトドリンクはフリーで、アルコールを供するパーティも可能。食べ物を持ち込んでもよいし、各自でケータリングやウーバーを頼んでもよい。スタッフに頼めばお皿でサーブもしてくれるし、希望すればソルト社の手掛ける店から熟成肉のステーキなんかもオーダーできる。X-base 原宿のスタッフにも、サービスレベルを上げためにやったほうがいいことは自分たちでどんどんやってほしい、改善が必要なら提案もしてくれと頼んだ。

そして、12月下旬、X-base 原宿は予定通りにオープンした。

空間に魂を吹き込むのは、そこで過ごす人の創造性

私達はオープン時に、このスペースを開設したことをプレスリリースもせず、webにも一切情報を公開しなかった。もっとアピールすればよいのにという声もあったが、あえて静かにスタートしたかったのだ。

まだそこから何も生まれていない状態で「箱つくりました!」とにぎにぎしく発表するのがなんとなく野暮に思えたのと、まずは来場したゲストの方から「いい場所だね、次は〇〇もつれてくるよ」と言っていただけるような、つながりが自ずと生まれる空間に仕上げること—-それを大事にしたいと思った。

体験そのものを通じて丁寧かつスローに伝えるべきことだってあるし、「宣伝しないからこそきちんと伝わる物事もある」と私は思っている。「そのさんって、そう見えて実は広報マンっぽくないよね」と長年の付き合いのメディアの人達に言われるのは、この辺りに原因があるのかもしれない。

ではなぜそんな私が今回、このコラムでX-base原宿について書こうと思ったかというと、そこにしっかりと私達らしい空間ができあがってきているからだ。

現在、X-base原宿は、驚くほど多様な企画で活用されている。あれやこれやの説明を敢えて社内にしなかったので、ソフトオープン当初は恐る恐る数人ずつ社員が訪れるという日が続いた。でも一度来ると「原宿、こんなだよ、いいよ」と広めてくれる。「こんな集まりやりたいけどできる?」とアイデアが出て相談がくる。

「自律性」「創造性」ということをカルチャーの土台にしているだけあって、そういうところはウチの社員は反応がはやいのが特徴だ。1月のグランドオープンを終えると、社外向けのセミナー、コミュニティの集まり、懇親パーティ、組織の全体会議、お客様を入れてのキックオフやプロジェクトの討議が繰り広げられ、「本日の貸し切り情報」が店のスタッフから全社slackチャンネルに流れ続けるようになった。時間によっては、気分転換したい社員がカウンター席に座って静かにコーヒーを飲みながら仕事をしていたり、プロジェクトの移動の間に立ち寄って、チームで軽く打ち合わせをしていたりもする。

軌道にのってきたころにコロナ禍が来て、さすがに緊急事態宣言下ではクローズを余儀なくされたが、窓が全開にできて換気がよいこと、スタッフがこまめに消毒してくれること、ゆったり座れば三密が避けられることから、宣言が明けたあとは逆に使い勝手がよい場所になった。

現場スタッフたちも、チャキチャキの店長を筆頭に日々工夫を重ね、店を盛り上げている。特に最若手20歳のタカハシはラテアートの腕を上げまくっているので、彼女がいる日に来場されたら、ぜひラテを頼んでみてほしい。今日のコラムの表紙のような、可愛いらしい作品を作って驚かせてくれるはずだ。

コンセプトさえハッキリすれば、あとは関わる人の自律性に委ねるほうが生み出される結果は大きくなる。「わかりやすさは競争力」と会長の倉重さんはよく言うが、そのコンセプトはシンプルであればあるほど明確になる。実際、出入りする人達全てがその上に自分のイメージを乗せながら、空間に魂を吹き込んでいる。初めて内覧した時の「これだ」のイメージはリアリティになり、物件は居抜きだったが、中身は生まれ変わった。

そんなわけで、突発的に発生した「超特急プロジェクト」は無事に完了して、カフェは軽快に自走しているのだが、最近一つ気になっていることがある。原宿の活況をみて、トミーがまた次なる物件探しをひそかに始めているという関係者筋の情報だ。大方予想はしていたものの、次はもうちょっとしっかりゆとりをもってやりたい。しばらくは聞いてないことにしておこうと思う。

X-base原宿行ってみたいなという方、ぜひウチの社員にその旨お伝えください。お越しをお待ちしております。

(C&C / 内山その)

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(Wired対談@X-base 原宿)

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