父の思い出

いや、思い出って言ってもまだ元気なんですけどね

父は小学校の教員でした
今とは違って先生も夏休みをちゃんと取れた時代

キャッチボールしたり、日曜の朝、近くの小高い山にサイクリングした記憶もありますよ

でも、いちばん記憶に残っているのは故郷の周辺で一番高い山への登山
小学校高学年の頃、夏休みのある日、父とふたりで登山
ある年は、その山を祀る神社の裏側から
ある年は、もう少し上の温泉街から
夏休みなのに雪渓が残るその山へ登り、帰りは温泉に浸かってバスで帰る――当時父はまだ自家用車を持っていなかったので

自分にとって年子の妹とも、年の離れた弟とも共有されることのない自分だけの特別な思い出だったのです

が、しかし……

成人し、いつのことだったでしょう?
帰省して、父と飲み交わし、昔話としてこの思い出を話したのです……忘れがたいよき思い出として……

父は笑って言いました

――あの頃、ちょうど二学期にあの山への登山っていう行事があって、小学生の体力ならどのへんで休憩を取るのがいいか下見に行っていたんだ……と

知らなければ、どんなに幸せだったことでしょう?

いつか――何年先になるかわかりませんが――父の葬儀の時には自分が喪主として挨拶することになるでしょう
その時には、父の「いかにも先生らしいエピソード」としてこの話をしよう、と決意した二十代前半の頃の思い出

あの夏も、今夜も、いつか来る父の最期も、きっとビールと一緒に


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