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F1 2022 プレビュー 〜グラウンドエフェクトカーをおおいに語る〜

昨年、劇的なエンディングを迎えたF1グランプリ。
あの興奮冷めやらぬまま、既に2022年シーズンは始まっています。
3/20の開幕戦まで、新車発表、合同テストと、ファンには楽しみが続きます。
なんと言っても、今年は車体のレギュレーションが大きく変わり、チームの勢力図が大きく変わる可能性があるのです。

マシンの大幅なモデルチェンジは本来2021年に実施される予定でしたが、コロナ禍の影響で1年延期となっていました。
国によってはロックダウンを行っていたため、ファクトリーが閉鎖されて開発を進めることができなくなったことを考慮したものです。

では、マシンのどこが大きく変わったのでしょう。
全てのニューマシンが出揃う前にいろいろ調べて学ぶうちに、これは語らねばならない!という要素があったので、今シーズン一発目の記事にしようと思いました。

2021年と何が変わったのか?

今シーズンからのマシンはどのように変わるのでしょうか?

※autosport web様の記事より。
タイトル画像もこちらのサイトより使用させていただきました。

こちらの記事で紹介されているマシンは、今年のレギュレーションの通りに主催者側が用意したショーカーです。

では、昨年のマシンとどう違うのでしょう?
2/9に発表されたレッドブルの新車「RB18」と昨年型とを比べてみます。

F1公式Instagramより


目立つ箇所はノーズ部。昨年型はコクピットからまっすぐ前に伸び、途中から急に下がっているのが、ニューマシンはコクピットから緩やかに下がるスマートな印象。
そして、ノーズやサイドポンツーン、リア周りに付随する細かい空力デバイスがなくなりました。
リアウイングも曲線を描く、今まで見たことのない形です。

昨年型のマシンよりもよりシンプルでスマートな印象。
曲線が多用されて美しいデザイン。このデザインは個人的には好きです。

そんな新しいデザインの狙いは、マシン後方に流れる乱気流を抑えること。

2021年までのマシンは、前を走る車の真後ろにつくと、後方乱気流「ダーティエア」の影響でマシンの姿勢を保つことが難しくなり、最悪コントロールを失うなどの影響が出ていました。
これでは、コース上での追い抜きが難しい。
順位変動はピットインのタイミングか、DRSを使ってストレートを利用するぐらいしかチャンスがありませんでした。

2022年のマシンは、車体から様々な空力デバイスをできるだけ排除し、ダーティエアをより少なくすることでマシン同士の接近を促し、コース上での追い抜きを増やそうという狙いのようです。

スピードスケートの団体パシュートや自転車競技など、複数人が集団を形成して走るレースでは先頭を交代しながら走るのですが、これは先頭を走る人が一番空気抵抗を受けやすく、後ろに続く人は空気抵抗を受けずに走れるため、体力の均衡を図るために協力しながら走っているのです。

F1マシンも一緒で、後方乱気流がなければマシン後方には空気抵抗がなくなり、真後ろに付くと前の車に早く接近できる。
これを「スリップストリーム(トゥ)」といいます。

この新たな狙いが当たれば、今年はコース上でより多くのオーバーテイクシーンを見ることができると思うのですが、効果の程は果たして…?

ダウンフォースについて

さて、車体上から空力デバイスをできるだけ排除するという事は、それだけダウンフォースが減ることに繋がります。

「ダウンフォース」とはF1ファンにとってはおなじみのワードですが、改めて説明しますと、空気の力で車を地面に押し付けることを言います。

前後にウィングがついているのはそのためです。
航空力学の応用なのですが、簡単に説明しますと、ウィングに当たった風がフラップを伝って上へ流れるため、力が下向きに働き、車を地面に押し付ける働きがあります。
車が地面に押し付けられる力が強くなればなるほど、高速走行時に車体が安定し、コーナーを速く曲がることができるので、ラップタイム向上に繋がります。

ただし、車体にウィングなどの付加物をつけると、それだけ空気抵抗が増すことにもなります。
レーシングマシンを作る際は、ダウンフォースと空気抵抗(ドラッグ)のバランスが重要になってくるのです。

例えば、新幹線はあらかじめ敷設されたレールの上を目的地に向けて高速に走るだけですし、カーブも緩やかなので、より空気抵抗を抑えたデザインになります。
しかしレーシングカーは角度のきついカーブもあるサーキットを周回するため、タイムを稼ぐためにはダウンフォースが重要な要素になってきます。

ウィングの大きさや形はこれまで何度もレギュレーションが変更され、細かく規定されてきましたが、より空気抵抗を生まずにきれいにウィングへ風を当てるため、レギュレーションの範囲内でマシンの各所に様々なデバイスを付けるようになりました。
それがなくなってしまうと、ダウンフォースが十分得られず、マシンが安定せずにラップタイム向上に繋がらないばかりか、かえって危険です。

失ったダウンフォースをどこから得るのでしょうか?
新しいマシンの大きな特徴は、マシン下部からダウンフォースを得るというのです。

そう。「グラウンドエフェクトカーの復活」です。

グラウンドエフェクトカーとは?

1969年代後半、前述のウィングが初めてF1に登場します。

よりダウンフォースを得るために、車体は「葉巻型」から「くさび型」へ進化し、ウィングも前後に取り付けられるようになりました。

その後、レギュレーションでウィングの高さ、形、大きさが規制されるようになると、なんとかしてより多くのダウンフォースを得ようと研究が進みます。

そんな中、画期的なアイデアを思い付いたのが、ロータスの創始者にしてチーム代表のコーリン・チャップマン。

「そうだ!マシンそのものをウィングにすればいいじゃないか!」

1977年に登場した「ロータス78」。
登場するやいなや活躍が目立ち始め、その後に登場した進化型「ロータス79」でチャンピオンを獲得します。

このロータス78こそ、F1で初めて登場したグラウンドエフェクトカーです。
ではその秘密はどんなところなのでしょう?

このマシンのサイドポンツーンの底は、飛行機の翼を逆向きにし、車体底面に付けたような形をしています。

以前、「チコちゃんに叱られる」でも「飛行機はなぜ飛ぶの?」というお題がありました。
いつものごとく、岡村さんをはじめスタジオのゲストは誰も答えられず、チコちゃんに「ボーッと生きてんじゃねぇよ!」と叱られたのですが、チコちゃんが教えてくれた答えは「例えるなら翼の下は風船から空気が出ようとする感じで翼の上は[ストロー]で吸い上げられる感じだから」というものでした。

つまり、飛行機の翼は上下で気圧の差ができるため、推進力をつけると揚力が発生し、機体が浮く、というもの。
ロータスのチャップマンは、この航空力学の考え方をF1マシンに応用したのです。

車の底と地面との間の狭い空間を通る空気は圧力が増すため、マシン上部に流れる空気よりも早く後ろへ通り抜けます。
その性質を生かし、飛行機の翼を逆向きにしたような形を車の底に取り付けてやれば、マシンの底に入り込んだ空気が「ストローで吸い上げられる」ようにマシン後方で上に押し上げられ、車を下方向に押し付ける力が増します。
しかも、車の横にフタをしてやることにより(サイドスカート)、多くの空気が車の横部分から逃げることなく後方に流れる。

こうして、より多くのダウンフォースを得られたマシンは「ウィングカー」とも呼ばれました。
この機構が他のチームにも解明されると、皆がこぞってそれをマネして、F1マシン全体のスピードやラップタイムがより向上し、ウィングカー全盛期がやってきます。

※ロータス78の詳細。ウィングカー開発の経緯や戦績が紹介されています。

私がウィングカーを知ったのは90年代。
今宮さんの著書「パドックパス」を読んで知った時に衝撃を受けました。
マシンを速くするためにこんなアイデアを思いつくなんて!
それ以来、F1マシンのテクノロジーに惹かれていきました。
当時はハイテク技術が次々に登場した時期だったので、なおさらですね。

しかしウィングカーには欠点がありました。

空気を横に逃がさないサイドスカートを取り付けることにより、マシン底部を機密構造にする必要があるため、車高を安定させる必要がありました。
そのためにサスペンションのセッティングを固くする必要があり、運転中のドライバーへの負担が大きかったと言われています。

また、サイドスカートが破損したり、バンピーな路面を走行して車高に影響が出てしまったりすると、空気の流れが制御できなくなり、バランスを失った車が大事故を起こす要因にもなりました。

それが原因で死亡事故も発生したため、1983年にウィングカーは禁止となり、マシン底部を平らにする「フラットボトム規定」が始まりました。

しかし、F1マシンのデザイナーたちは気づいてしまった。
「フラットにするのはマシン後方のここまでだから、ここから空気を跳ね上げるパーツをつければ、ダウンフォースを得られるのでは…?」

マシン後部を跳ね上げるような構造(ディフューザー)にすると、ウィングカーほどではないですが同じような効果が得られ、ダウンフォースが増すことが解明されたため、瞬く間に各チームに広がったのです。

しかし、レギュレーションでディフューザーを禁止することはありませんでした。
これは個人的な考えですが、技術の進歩によりマシンが複雑化し、且つエンジンの出力が年々上がってきたため、急にダウンフォースを削ってしまうと逆に危険になるからなのではないかと思います。
それにサイドスカートもないので、急なマシンの挙動変化も起こりにくい。

しかし、1994年に発生した死亡事故の後から、マシンのダウンフォースを削るとともに、エンジンの排気量も削減され、マシンのスピードはある程度減ることになりました。
その際、マシン底部の中央にスキッドブロックという木の板を取り付ける「ステップドボトム規定」が採用され、形を変えながら昨年まで使用されてきました。

禁止こそされませんでしたが、ディフューザーの大きさや形はレギュレーションで細かく規制されることになります。
しかし、各チームはその抜け穴を突いて新しいデバイスを開発し、また禁止され…の繰り返し。
F1マシンのデザインは、レギュレーションでの縛りと、デザイナーの発想の転換によるイタチごっこの連続でもあります。

そして、マシンデザインが大きく変わった2022年。

様々な試行錯誤、デジタル上でのシミュレーション、風洞実験を繰り返し、車体上部の部品を少なくする代わりに、あのグラウンドエフェクトカーが復活を果たしました。
当然70〜80年代のウィングカーとは異なりますが、40数年の時を超えて技術は飛躍的に進化し、安全性も考慮された次世代のグラウンドエフェクトカーが採用されることになったのです。

新しいマシンのデザインは、サイドポンツーンの始まりのあたりが広く取られ、スリットがついています。
ここから多くの空気を車体底部に取り入れ、緩やかにせり上がる底部を抜けると、よりダウンフォースが増す仕組みです。
マシン上部の付加物を取り去る代わりに、マシン底部からより多くのダウンフォースを得ることによってバランスを取ることが考え出されたわけです。

ダーティエアを減らすための素晴らしい発想の転換。
2/23のバルセロナ合同テストには、全チームの新車が出そろう予定です。
早くこの美しいマシンが走る姿が見たいですね。

※F1公式Youtubeには2022年レギュレーションマシンの解説動画もあります。
英語ですが、ダーティエア削減のことやグラウンドエフェクトの事も語られています。
また、ウィングの効果と歴史についての動画もありました。興味のある方は見てみてくださいね。

さて、2021年はF1について2本の記事をアップし、多くのかたに読んでいただきましたが、2022年はもっとF1についても投稿していきたいと思っています。
毎戦書けるかはわかりませんが、できるだけ記事にしたいと思いますので、今年も楽しんでいただければ嬉しいです。

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