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水素エンジンとモリゾウさんの挑戦【第1回】


2021年5月21日~22日に決勝が行われた、スーパー耐久第3戦NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース。
このレースに、世界が注目する1台のマシンがエントリーしました。
トヨタが開発した、水素をシリンダ内で燃やして走る「水素エンジン」を搭載した、カローラスポーツ。
今後の自動車業界を左右するであろうマシンで、過酷な24時間レースに挑むのです。

レース参加を決めてから4か月。驚くほど速いスピードでマシンを仕上げ、テスト走行でも大きな問題は発生せず、この日を迎えました。
世界初のチャレンジ。ドライバーも元F1ドライバーの小林可夢偉選手や、スーパーフォーミュラでのチャンピオン経験もある国内トップドライバー石浦宏明選手をはじめ、実力のあるドライバーを揃えてきました。
そのメンバーの一人に、トヨタのマスタードライバーであり、このチャレンジを決めた張本人、豊田章男社長の姿もあります。
自身がオーナーとして活動するチーム「ROOKIE Racing」のドライバー「モリゾウ」として参戦していることは、モータースポーツ界では有名。今回も、この大きなチャレンジに自らステアリングを握ります。

ニュースでも大きく取り上げられ、話題となった今回のチャレンジ。
一体、何が凄くて、なぜ今後の自動車業界を左右するチャレンジなのでしょうか?

この水素エンジンのチャレンジは、自動車産業、そしてモータースポーツの未来を左右する、とても大きなチャレンジとして個人的に注目しています。
車に興味のない方へも、モータースポーツを知らない方へも広く知ってほしいチャレンジなので、ぜひとも語りたい!とnoteを書き始めましたが、かなり長くなりそうなので数回に分けて投稿しようと思います。
レースの事だけでなく、今自動車産業が抱えている課題や、日本の技術を駆使してどのようにカーボンニュートラルを達成すべきか、と言ったお話も語っていきたいと思います。


ゴールは「カーボンニュートラル」

昨年あたりから、「カーボンニュートラル」という言葉をよく耳にするようになりました。
温室効果ガスである二酸化炭素を、自然界で処理できるレベルにまで減らすことを指します。正に「ニュートラル」にすること。

産業の発展に伴い、空気中に排出される二酸化炭素の量は年々増え続け、同時に大気中の温室効果ガスの量も増え、地球温暖化が環境に影響を及ぼすほどに進んでしまったのです。

温室効果ガスは、なくなってしまうと地球上の熱を保持できなくなり、人が生活できなくなるほど気温が低下してしまいます。氷河期と同じです。
しかし、増え続けると熱を保持しすぎて、温暖化を招いてしまいます。

二酸化炭素はヒトが呼吸する際に吐き出すものですが、産業によって排出される二酸化炭素の量はそれよりもはるかに多い。
身近な例を挙げると、火力発電によって燃料である石炭を燃やす際に排出されたり、ゴミを燃やす際にも排出されます。
そして自動車。エンジンを回すと排気ガスが出る。その中に二酸化炭素が含まれるので、その数が増える度に大量の二酸化炭素が排出されることになります。

このまま、二酸化炭素を排出し続けると…
春は今年のように早くから夏日になることが続き、梅雨が来ると梅雨前線が停滞し、災害級の大雨が降り川が氾濫。
やっと梅雨が明けたと思ったら、連日の酷暑。秋には大型の台風がいくつもやってきて各地に災害をもたらし、ようやく冬になると北部に大雪が降り、高速道路に立ち往生した車が溢れてしまう…。
ここ数年で起きた様々な現象は、地球温暖化による気候変動が引き起こしたものに他なりません。
加えて、私は寒暖差も気になる。朝晩は寒いのに、昼間は暑くなる現象は健康的にもよくありません。

カーボンニュートラルは、地球環境はもちろん、人の生活を守るために、一刻も早く実現しなければならない目標です。
当面の目標は2030年。それまでに一定の結果を出さないと、未来はもっと酷いことになる。
まずは、身近なところから二酸化炭素を排出しないようにすること。
人の呼吸を止めるわけにはいきませんから、産業で排出される二酸化炭素をできるだけ抑えることが必要です。

まず発電。
実は、原子力発電は火力ほど二酸化炭素を排出しません。しかし日本では、東日本大震災の時に発生した福島原発事故の影響で、原子力発電所の稼働に問題を抱えています。未だ多くの電気を火力発電に頼っているのが現状です。
二酸化炭素を排出しない、水素を原料とした燃料やアンモニアを使用する計画が進行中なので状況は好転していくと思いますが、未だ施設も完成していないところを見ると時間がかかる。

そこで注目されているのが「クリーンエネルギー」。
風力発電や、ソーラーパネルを使用した太陽光発電の施設が次々と建設されています。

ものづくりにおいても電力は不可欠。様々なシーンでクリーンエネルギーが使用されるようになると、二酸化炭素の排出量は徐々に抑えられていくでしょう。
欧米ではクリーンエネルギーに早くから着目し、日本よりも多く用いられています。
ほぼ絶え間なく一定の風が吹く海の上に風力発電機を設置したり、広い土地にソーラーパネルを設置したり。
日本でもこの取り組みは始まっていますが、欧米よりも国土がずっと狭く、台風が押し寄せたりするため、より多くのクリーンエネルギーを得るためには課題がたくさんあります。簡単にクリーンエネルギーにシフトするのは難しい。
再び原子力に頼らず、より多くのクリーンエネルギーを得ること、そして既存の施設でできるだけ二酸化炭素の排出量を減らすことが今後の大きな課題なのです。

ずいぶん難しい話になってしまいましたが、キーワードは…
・排出する二酸化炭素を減らすことが急務!
・「クリーンエネルギー」=風力発電やソーラー発電は欧米でさかん。
・日本は二酸化炭素を大量に排出する火力発電に頼らざるを得ない。

ここを頭の片隅に覚えてもらって、次に行きましょう。

日本の強みを生かしたカーボンニュートラルを。


さて、自動車の話です。
多くのガソリンエンジンやディーゼルエンジンを積んだ車が道路上を走っているため、走るだけで二酸化炭素を排出してしまうのは説明した通り。

ただ、世界中の自動車業界も早くから対策は取っています。
カーボンニュートラルを実現するための最有力候補は、電気でモーターを回して走る電気自動車(EV)です。
電気を動力としますから、走っても二酸化炭素は全く排出されません。

欧米では、ここ2~3年の間で多くの企業が「EVシフト」を宣言しています。
ガソリンエンジン車の開発を取りやめ、より多くの電気自動車を市場に送り出す計画です。
一部の国では、2040年までにガソリンエンジン車の販売を廃止する動きも出ています。

日本もこれにならってEVシフトを加速させれば、街中を電気自動車がたくさん走るようになり、二酸化炭素の排出量は劇的に減るでしょう。
しかし、販売台数はまだまだ少なく、車体価格も高価。このままでいいのでしょうか?

日本自動車工業会の会長でもある、トヨタの豊田章男社長は、昨年12月に行われた自動車工業会の会見で、今後の自動車業界が立ち向かうカーボンニュートラルの方法について、様々な提言をしました。

これが、目からウロコなことばかり。クルマ好きにとっては実に納得のいく内容だったので、ここでご紹介します。

すべてを紹介すると長くなってしまうので、かいつまんで。
そして、この記事では豊田社長を親しみと尊敬を込めて「モリゾウさん」と呼ぶことにします。

まず、前述した発電のお話。
欧米、特にヨーロッパはクリーンエネルギーに熱心に取り組み、全体でみてもかなり大きな割合を占めています。

例えば日本では火力発電が約77%、再エネ(再生エネルギー)とか原子力が23%の国であります。片やドイツとかフランスは、この火力発電が例えばドイツですと6割弱、再エネと原子炉47%、フランスは原子力中心になりますが、89%が再エネ&原子力で、何と火力は11%ぐらいです。
ですから、大きな電気を作っている事情を絡めて考えますと、例えば当社の例になってしまいますが、「ヤリス」というクルマを東北で作ってるのと、フランス工場で作るのは同じクルマだとしても、カーボンニュートラルで考えますと、フランスで作っているクルマの方がよいクルマってことになります。
※2020年12月17日 自工会 豊田会長記者会見より

自動車を作るときにも多くの電力を使用します。
火力発電にほとんどの電力を頼る日本では、同じ車を作ってもヨーロッパと比較すると二酸化炭素の排出量は明らかに多い。
カーボンニュートラルが目標なのに、これでは本末転倒な話です。

ひとつの例としてモリゾウさんが挙げたのが、電気自動車を作るときのお話。
電気自動車を作る際に、搭載するバッテリーの充電、放電試験をするそうなのですが、自動車に搭載されるバッテリーは、一般家庭で使用する電力量を1週間~10日ほど保持できるそうです。
大型のモーターを回して大きな車を動かすわけですから、それなりの電力量が必要です。その試験を何台分もの車で行うと…相当の電力量が必要になり、火力発電に頼る日本ではどれだけの二酸化炭素が排出されるか…
また、EVシフトが進めば、車を走らせるだけの電力が必要になる。今の発電量では、電力が枯渇してしまう危険性をはらんでいます。

これにプラスして、モリゾウさんは軽自動車を例に挙げました。

例えば軽中心のダイハツさんは現在その電動化比率とか非常に低いのです。ところがこの軽というクルマはいわば日本の国民車ですね。
そのモビリティである軽自動車しか走れない道、その軽自動車しか相互通行できない道が日本には85%です。
※2020年12月17日 自工会 豊田会長記者会見より

恐らく日本国内で最も走っている車、軽自動車。
燃費もよく、大人4人乗ってもびくともしない。税金も車検費用も抑えられ、それ以前に車体の価格が安い。
しかし、軽自動車のサイズで電気自動車を作ることは、今の技術では非常に困難です。
車に乗せるバッテリーの小型化が進んでいないからです。

「N-WGN」が大ヒットしたホンダが発表した「HONDAe(イー)」。
ホンダ初の電気自動車。Fit並みのサイズを実現しましたが、軽のサイズでの電気自動車の実現は困難だったといいます。

今後、技術革新が進めば小型で大容量のバッテリーを開発できると思いますが、2030年には間に合いそうにありません。そうなると、既存の技術でカーボンニュートラルを達成しなければならない。

みなさん方にぜひお願いなんですが、「ガソリン車さえなくせばいいんだ」という報道をされることが、「カーボンニュートラルに近道なんだ」というふうに言われがちになるんですが、ぜひともですね、日本という国は、やはりハイブリッドとPHV、FCV、EVというその中で、どう軽自動車を成り立たせていくのか? どう今までのこのミックスで達成をさせていくのか、そっちの方に行くことこそが日本の生きる道だと思います。
※2020年12月17日 自工会 豊田会長記者会見より

日本の自動車業界は、戦後から大きな技術革新をいくつも遂げてきました。
ひとつの例として、トヨタが世界に先駆けて実用化させた「ハイブリッド車(HV)」。
HVとは、エンジンとモーターのいいとこどりをしたもの。エンジンの回転数を極力抑え、モーターでアシストしながら、少ないガソリンで航続距離を延ばす技術です。
トヨタは1997年にあの「プリウス」を発売。今販売されているプリウスは大きく分けて4代目です。
私の愛車もプリウスですが、今まで乗っていた排気量1.8リッターのガソリン車に比べ、給油回数が劇的に減りました。月に1回満タンにしていたのが、2か月に1度ほどで済みます。
とかく燃費ばかりが取り上げられたプリウスですが、燃費がいいと言うことは、それだけ二酸化炭素の排出量も少ない、ということになります。

モーターの力を借りて低燃費を実現させたHVですが、タッグを組むエンジンも劇的に進化しています。エンジンだけで走っても、数年前の車よりもずっと低燃費なのです。
各社、HVや「プラグインハイブリッド車(PHV)」のラインナップが充実してきましたが、未だエンジンのみ搭載した車も多い。

では、そんなエンジンを使ってどのようにカーボンニュートラルを実現させるか?
今研究が進む技術に「e-fuel」があります。

水素と二酸化炭素を使って、ガソリンに代わる新しい燃料を作り出そうとしています。
水素は、燃やしても水が排出されるだけ。その上空気中の二酸化炭素を使用して燃料を作るのですから、排出される二酸化炭素分をチャラにできる。夢のような燃料です。
しかしまだ研究段階。今のところ、1リッター500円もするそうです!!
ガソリンがだいたい1リッター130~140円程度。かなり高級な燃料です。
ただ、e-fuelはガソリンに混ぜて使用することができるので、混合比率を少しずつ変えていけば、二酸化炭素を徐々に抑えることが可能です。

モリゾウさんは、こういった技術を生かしたカーボンニュートラルが、日本の自動車業界が進む道であると説き、EVシフトへ進む流れに警鐘を鳴らしました。

この項も長くなりましたが、ポイントは3つです。
・EVシフトは大量の電気を使用するため、今の日本では課題がたくさん。
・国民車「軽自動車」をEV化させるのは非常に困難。
・HV等の既存技術を使うことが日本の生きる道。

今回はここまで。お付き合いいただき、ありがとうございます。
次回は、カーボンニュートラル達成に向けたモリゾウさんの答え「水素エンジン」と、挑戦の場に選んだレースについてお話していきます。

※画像は下記サイトより使用させていただきました。
※CMでお馴染み、トヨタイムズのサイトでは富士24時間レースについて密着取材しています。動画もあるので興味がある方は是非ご覧ください。


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